#20 愉快なご学友の皆様
この20話で十六夜に次ぐ、二人目のメインヒロインが登場します。
このヒロインに限らず、二章ではこれから先にメインキャラクターとしてフォーカスされるほとんどのキャラクターを出す予定なので、定期的に人物紹介を挟みながら投稿していくことになるでしょう。
女子校潜入の始まったガリトラ☆をお楽しみくださいませ!
~第二章のタイトルを【女子校生活と千春峰】に変更しました。(以前は女子校生活と豊葛十六夜)~
「まあ! 村時雨さんは十六夜お姉さまの付き人をしていらっしゃるのですか?」
「え、ええ。成り行きで」
「すごーい。それまでは何やってたの?」
「特にこれといったことは……今までは普通の共学校に通っていました」
「え、じゃあどうやってお姉さまとお知り合いになられたの?」
「うーんと……お嬢様から秘密にするよう仰せつかっていますから秘密ということで……」
「カエン=ムラシグレ! わたくしに何かオススメの日本料理はないんですの!?」
「はーい腹ペコ留学生はこっちにきましょーねー」
「あーれー」
「あ、あははは…………はぁ」
千春峰の皆さん、ちょっと個性的すぎやしませんかね…………?
私は笑顔の裏で、こっそりとため息をつくのでした。
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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
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自己紹介を済ませてHRが終わった後、私は2-Aの皆さんから質問攻めに遭っていました。それはもう比喩ではありません。本当に総勢三十人ちょっとくらいの『皆さん』が大挙して私の席へ押しかけてきたのです。
皆が一様に行動している様はサバンナにおけるヌーの大移動か、治安維持部隊に抗議して詰め寄るデモ隊を彷彿とさせます。と、現実逃避気味に考えていたのがついさっきのこと。
今は私の机を皆で囲んでいて、本当に一分の隙もないほど完全包囲されていました。
正直に言って怖いです。逃げ場がありませんし、なんだか私が悪いことをしたかのような感じがして冷や汗が出ます。
……まあ、実際にはこうやって本当に質問されているだけなんですけどね。
「あ、そうだ。村時雨さんにはまだ私たちの自己紹介してなかったよね」
「まあ、それは失礼しましたわ村時雨さん。名前も教えず聞いてばかりでごめんなさい」
「ああいえ、お気になさらず。でも、自己紹介していただけると助かります」
「だってさー。出席番号順でウチらの自己紹介しない?」
「そうですね、私も木暮さんの案に賛成します」
「わたくしもそれで構いませんわ。よくってよ」
「じゃあ決まりってことで。順番に自己紹介するけど、今全員覚えなくていいかんねー」
「はい。ありがとうございます」
どうやらクラスの皆さんが順番に自己紹介してくれるようですね。こうやって一人一人が自分の名前を言ってくれるのは助かります。私はいっぺんに覚えるのが得意なものですから。
私は席に座ったまま、というか座らされたまま、三十人分の自己紹介を聞くことになりました。
「ではまず私から。私は明智蜜姫と申します。以後お見知りおきを」
「えっと、私は上杉恋心って言うの。私は普通の家の出だから自慢できるものはないけど、これからよろしくね」
「黒田観鈴。よろしく」
………………
…………
……
「――――はい、皆さんありがとうございました。大体覚えられたと思います」
「どいたま~」
「お気になさらずとも構いませんわ。よろしくお願いしますね、村時雨さん」
そんなこんなで自己紹介が終わりました。お陰さまでほとんど全員の名前とお顔を覚えることができました。ありがとうございます。
――――そんな中で一人だけ偽名で本当にごめんなさい。
心の中で小さく謝罪をしつつ、それを気取られぬよう極力社交的な笑みを浮かべました。
「あ、そういえば思ったんですけど」
「ん? どしたの?」
「皆さんはお互いのことをご存じのように見えますが……全員面識があるのですか?」
自己紹介やその前の一連の会話の中で、A組の皆さんは既にお互いを知っているように見えました。
私は皆さんより一、二時間ほど遅れての登校でしたのでその時に自己紹介を済ませたとも考えられますが、それにしてはぎこちなさというか、クラス替えしたばかりのよそよそしさを感じられません。
まるで去年から仲間であったかのような雰囲気は、到底ついさっきクラス替えをしたようには見えなかったのです。
「ああ、そういえば村時雨さんは存じていませんでしたね」
「え?」
何のことでしょうか。
そういえば忘れてた、みたいな顔をしているので千春峰では周知のことなのかもしれません。あんまりパンフレットとか読んでなかったものですから、そういうローカルルールもあまり知らないんですよね。
「千春峰女子学院には、クラス替えというものは無いんです」
「クラス替えが、無い?」
「ええ。なんでも、その方が三年の間に深く固い絆が結ばれるだろう、という理由なんだとか」
「へぇー。一年生から三年生までずっと同じクラス、という学校はあまり聞いたことないですね」
クラス替えがない、と。なるほど、それなら皆さんが知り合いなのも当然ですね。
私は感心して何度も頷きながら教えてくれた人にお礼を言いました。
「ありがとうございます」
「どういたしまして、村時雨さん」
ちなみに親切に教えてくださった黒髪の方は、名前を姫小路綾姫といいます。
物腰柔らかくおっとりした空気を纏ったその姿は、まさしく『大和撫子』といった風情でしょう。
今の日ノ本の国でこんなお人がどれほど残っていることか……
「……立てば芍薬――――、とはこのような方にぴったりな言葉ですね」
「え?」
「いえ、何でもありません」
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。という言葉です。美人な女性を誉める言葉ですので、覚えておくといいかもしれません。
それはさておき。
心の中で無駄な思考を打ち切り、私は姫小路さんにまた一つ尋ねました。
「美波先生は行ってしまいましたけど、この後はどうするのでしょう?」
私が簡単な自己紹介を終えた後、美波先生はいきなりHRをお開きにするやいなや、そのまま止める暇もなくどこかへと去ってしまったのです。
仮にも登校初日の二年生初日だというのに、ろくな伝達事項の一つもありませんでした。お陰さまで私はこの後に何があって、何をどうすればいいのか全く分かりません。
行動方針が完全に迷子でした。
姫小路さんは小さく苦笑いの表情を浮かべて言います。
「まあ美波先生のことですからね……」
まるで昔を懐かしむかのような口ぶりでした。
その言葉に同意するかのように、クラスの皆さんも首を縦に振ります。
クラス替えはないそうですから、多分担任も変わらないんですよね。そうなると去年の担任は……
「……もしかして、去年から美波先生と……」
「ええ、美波先生は去年から私たちの担任の先生なんです」
なるほど、道理で姫小路さんがあんな顔をした訳です。去年からずっとあんな感じだったのなら、きっと大いに苦労していたことでしょう。
姫小路さんは咳払いを一つ挟み、この話はおしまいとばかりに話題を戻しました。
「それはそうと……次に何をするのか、でしたね?」
「あ、はい。そうです」
去年の辛い出来事を蒸し返すのも悪いので、そのまま私は姫小路さんのお話を聞くことにしました。
「私たちはこれから移動ですよ」
「移動?」
姫小路さんが言うには、こういうことらしい。
私たち二年生と三年生の在校生には始業式があるようです。
始業式とは文字通り新しい学期がスタートすることを宣言し、生徒たちにその自覚を促す朝会の一種のようなものです。
ここは生粋のお嬢様学校ですから、そんなものがなくても自覚はあると思いますが。
……じゃあなんでそんなものがあるのか、とは言ってはいけません。学校の宿命ですから。
私たちはその始業式に出るために、これから講堂に往かなくてはならないのだとか。
「講堂ですかぁ……前いた学校じゃ体育館でやってたんですけどね」
「あら、そうなんですか? 体育館でやる集会ってどんなものなのです?」
「え? 体育館で集会とかやったことないんですか?」
「ええ、恥ずかしながら……」
「…………」
いや、それ恥ずべきところではない気がしますよ? むしろブルジョアお嬢様だー、って思いましたよ? 所得階層の格差というものを見せ付けられた気がしましたよ?
そもそも講堂がある学校の方が少ないのに、小学校の頃からずっと講堂で集会をやってきたというと、幼少から貴族学校に通っていらしたのでしょうね……
これが本物のお嬢様ですか……
きっと姫小路さんは悪気があって言ったのではないのでしょう。そんな嫌味な人物でないことは、僅か数分の間でも会話すれば分かります。
ただ不思議そうに、首をかしげながら疑問符を頭に浮かべる姫小路さんを見て、私はそう思いました。
周りの人を見れば、姫小路さんか私と同じ反応をしている人たちの二グループに分かれていました。考えることはみんな同じ、といったところですか。
私はそんなことを頭の片隅で考えつつ、姫小路さんとお話を続けました。
「講堂の場所は分かります?」
「いえ、私は今日初めて千春峰に来たので、構造とか道とかさっぱりなんです。オープンキャンパスとかも行ったことがなくて……」
制服を渡されて「ハイ転入」などと宣告されたもので……
というか私男ですし。オープンキャンパスとか行けませんし。
すると、姫小路さんは朗らかに微笑んで一つの提案をしてくれました。
「分かりました。それでしたら私が案内しましょうか?」
「え? いいんですか?」
「ええ。勿論ですよ」
その提案はまさしく私にとっては渡りに船です。これを受けない手はありませんでした。
「ありがとうございます姫小路さん!」
「うふふ、どういたしまして」
お礼を述べると、姫小路さんは屈託のない笑みを浮かべます。
そんな顔を見ていると、私もつられて笑顔になりそうです。姫小路さんとは、そんな不思議な力のある人でした。
「では、早速参りましょうか」
「はい、お願いします」
私が席から立ち上がると、自然と教室のドアまでの道にいた人たちがさっと横に避けて道を作ってくれます。
姫小路さんは道を開けてくれた人たちに腰を折ってからそこを通っていきました。
私も避けてくれた人たちに礼を述べ、姫小路さんと同じ道を通ります。
それが切っ掛けだったのでしょうか。私たちが教室を出ると、クラスの皆さんも移動の準備を始めました。
私は横目でそれを見やり、それから先導してくださる姫小路さんの背中を追うのでした。
「赤い髪の【村時雨】……名前から『時』を抜けば【村雨】…………考えすぎならいいけど、さ……」
教室の隅で、金髪の少女がそう呟いたことも知らず。
来週のガリトラ☆は、いつも通り月曜日の午前0時に投稿を予定しております。
……しておりますが、次々回に関しては主のリアル事情で執筆が難しい期間に入ったことにより、金曜日に投稿されない可能性があります。
そうなると恐らくそのまま投稿が月曜にまでズレるやもしれませんが、よろしくお願いします。
……ストックを貯めとけばいいと何度も主も考えているのですが、遅筆故に中々貯められないのが現状。
そんなどうしようもないここの主ですが、どうぞお付き合いくださいますよう、よしなに。