#19 カエン・イン・チハルミネ
今日は投稿時間をずらしての投稿です!
嘘です、予約投稿忘れてただけです。ごめんなさい
美波先生に案内されるまま、私は千春峰女子学院の第一校舎の中を進んでいきます。
校舎の外装は古風なデザインと現代的なデザインを組み合わせた前衛的なものでしたが、校舎の中身も似たり寄ったりです。しかし前衛的ながら新旧が上手くマッチングしているところを見るに、相当名のある建築デザイナーが手掛けたのでしょうか。流石お嬢様学校、予算たっぷりですね。
と、そんなことを考えなから校舎を歩いていたら、廊下の突き当たりに近い教室の前で美波先生が立ち止まりました。
教室の番号は2-A組とあります。
……なんかこう、私の勝手な妄想で申し訳ないのですけども、こういうお嬢様学校ってクラス分けはやれ『月組』だの『太陽組』だの、『紫陽花組』とか『桜組』だとか、そんなお洒落な分け方をするものだと思ってました。その点割と普通なんですね、千春峰女子学院は。
まあこんなとりとめのない思考は置いといて。
美波先生は私の方を振り返り、気だるげにその教室の方を指差して言いました。
「ほれ、ここが今日からお前の教室になるところだ」
どうやらこのA組が私がお世話になる教室のようです。美波先生がわざとらしく立ち止まったものですからそうなのかな~とは思いましたが、本当にそうだった様子。
そして美波先生は続けて、
「今ので場所は覚えただろ? あたしはもう案内してやんねぇからそのつもりで」
と、人の悪い笑みを浮かべて付け足しましました。オロオロする私の姿を見ようとしたのかもしれませんけど、本当にここまでの道のりは覚えてしまったので全くノープログレムです。
「あ、はい。問題ありません」
そう言ったら、美波先生は面白くなさそうに口を尖らせます。さながら悪戯が成功しなかった悪い子のように。
「……ちぇっ、物腰落ち着いてて反応がつまんねーなお前」
「何を期待していらっしゃるのか小一時間問い詰めたいとこですけども……いっぺん表出ます?」
「お、なんだよそういうこと言えんのか。豊葛のお嬢の付き人って言うから、もっと無愛想でノリが悪かったり無駄に堅かったりするもんかと思ってたんだが」
どうにも先生は男子高校みたいなノリを期待していたようですね。飛び出そうになった「それで本当にアンタ教師なのか」という疑問をぐっ飲み込み、当たり障りないよう誤魔化しました。
「えーと、ちょっと私は特別というか、特例で付き人に認められているというか……」
「おん?」
「あーいえ何でもありません。気にしないでください」
美波先生は煙に巻かれたことに疑るような目を向けてきましたが、しばらくもしない内に「まあいいか」と言って僕から視線を外しました。
「んじゃま、あたしは先教室ン中でお前のこと話しとくから、呼んだら入って来い」
「わかりました。お願いします」
「あいよー」
ガラガラとドアを開けて教室に入る美波先生。私は廊下の壁に体を預け、HRを始める先生の声を聞き流しながら考えます。
「おーす、おはよう。久しぶりだなお前ら」
『御機嫌よう、美波先生』
ここ、千春峰女子学院は四月の初日から始業となっています。新入生だけは四日からの入学ですが、二年生と三年生は三月限りで春休みが終わってしまうのです。なんと春休みの短いことか。普通の学校出身である私からすると、そう思わずにいられません。
ちなみに私のいた学校では四月の第二週の初日から学校でした。
「短い春休みが終わっちまったなー。あたしゃ休みの間はずっと酒飲んでたんだが、短すぎてまともに楽しめやしなかったよ。あー休みが欲しい。お前らももっと休みが多くてもいいと思わないか? え、思わない? あっそ……」
この千春峰に在籍されている嬢様ですが、3-C組にその身を置いているとのことです。三年生のフロアは一つ上ですので、会おうと思えばすぐに行けますね。あまりそんなことはないとは思いますが。
三年生のフロアが四階で、二年生がその下の三階、今は誰もいませんが一年生が二階という構造で、進級するほど上へ上がる仕組みです。千春峰そのものの立地もいいので、学年が上がるごとに言い景色が望めると聞きました。
「それじゃあHRを始めたいと思うが――――その前に、一つ連絡事項がある。よく聞いとけよー」
しかし、この千春峰女子学院。設立にはちょっとした曰くがあるんだとか。
千春峰が建てられたのは明治時代。日本最高の女子教育学校を作ることを目標に掲げ、長い年月と莫大な費用をつぎ込み、ストレスと疲労で担当者の胃を幾度も潰したその末に完成したというのです。当時は女性の社会進出もまだまだな時代だったから、そんなご時世に女子学校を建てるのはさぞ大変だったでしょう。
胃のやつに関しては胃潰瘍で胃が何度も潰れたのか、それとも胃が潰れて担当者ごと何度も潰れたのかのかは分かりませんが、私は前者であることを望んでます。
「聞いて驚け! なんと、うちのクラスに転入生が入ってくることになったぞ!」
「まあ素敵! 転入なんてとても希なのに、それがわたくしたちのクラスにいらっしゃるなんて!」
「転入生、ですか。どんな方なのでしょう?」
「この学校の転入試験って結構難しいって聞いたことあるけど、それをクリアした人がいるんだー。すごいなぁ」
「いいじゃんいいじゃん盛り上がってきたじゃん! どんな子どんな子~? あたしキョーミあるわぁ~!」
「テンニューセイ? なんですのそれ? 食べられる物ですの? スキヤキギュードンヤキニクテーショクですの?」
「相変わらず何言ってんだこの腹ペコ留学生は……」
そしてその『曰く』ですけれど、こんな話があるんです。
この千春峰が建てられた頃、女子校の設立にあたって多大な資金援助を行った財閥がありました。その財閥はとてもとても大きな一門だったのですが、戦後の財閥解体によって影も形も無くなってしまったそうです。今や名前すら残っていません。
そして財閥が無くなってしまった後、支援者がいなくなった千春峰は経営難に立たされてしまいます。しかし、そこへまたもやとある財閥が千春峰の援助を名乗り出ました。その財閥は財閥解体を生き残った一族で、かつての支援者であった財閥と敵対関係にあった者たちでした。彼らは競合していた敵がいなくなったことで、その勢力を更に拡大しようとしていた訳ですね。
苦しかった千春峰は断腸の思いでその援助に頼るしかなかったのです。端から見れば、その行為はまさしく『寝返り』に見えたことでしょう。
……それがこの学校にある『曰く』でした。
「よーし。場も適当に盛り上げたとこだし、入ってこーい」
ちなみに千春峰をぶんどる形で支援をして今も後ろ楯となっている財閥ですけど、名を【豊葛グループ】と言うそうです。
「……あん? どうした、入ってこい」
「あら? トラブルでしょうか?」
「まじうけるー……いや、全くうける要素ないケド……」
「一体どうしたんですの? 問題がアリオリハベリですの?」
はい。あの【豊葛グループ】です。お嬢様のご両親が経営してる、あの財閥です。今も千春峰最大のスポンサーをやっているそうです。
ちなみに私がこうして転入試験を受けることなくここにいられるのも、そういう要因があるからだそうなんですって。……言い訳のしようもないほどバリバリに癒着してるじゃないですかヤダァ……
ああ、この話おしまい! これ以上はダメです! 閉店ガラガラガッシャンです! 十六夜さんには一体どれだけのコネクションがあるのか末恐ろしくなりま――――
「さっさと来いって言ってんだろーがおめーよー!」
ズバシンッ!
「いったァァッ!?」
ひにゃー!!
頭ぶたれました! 頭蓋にまで衝撃が響きましたよ今! 脳細胞が千単位で死滅しました! どないしてくれるんですか!
そう思いながら振り替えると……
「あれ? 美波先生?」
「おう、美波良子先生だぞ」
そこにはついさっき教室へと入ったばかりの美波先生がいらっしゃいました。どうしてすぐ戻ってきたのでしょうか。
「どうしたんですか美波先生? 教室に入ってすぐ戻ってくるなんて」
「は? あたしが教室に入ってから三、四分は経ってるぞ?」
「え?」
あれ、おかしいな。なんだか時間認識に大分差があるような……私の感覚ではついさっきのことなのに、いつの間にか数分も経過していたようです。考え事をしていたせいでしょうか。
「……まあ、転入して最初の挨拶ってのは緊張するもんだからなぁ。そうなっちまうのも仕方ねぇことだ」
「えっと……」
すいません美波先生。緊張するどころか図太く考え込んでいました。現在進行形で半分くらいリラックスしてます。
「お前の自己紹介を盛り上げるために場を作っといてやったんだ。さっさと来い」
「あ、はい」
そう言うと美波先生は再び教室に引っ込んでいきます。
私も最後に身だしなみがきちっとしていることを確認し、深呼吸を一つ挟んでから教室へ足を踏み入れました。
「――――失礼します」
その瞬間、教室の中にいた三十人の目線が私に突き刺さる感覚を覚えました。誰もが私のことをじっと見詰めているのです。
「赤い――――髪?」
「え、染めてるの? いや、それにしては自然色というか……」
「まあ、とてもお綺麗な髪ですね」
「緋色の髪って、まさか……」
「赤い? アカミマグロですの? え、違う?」
……お、思ったよりも緊張しますね。お嬢様のお屋敷で先輩メイドさんたちに挨拶したときもそうでしたけど、こうやって視線を一身に浴びているとかなりプレッシャーを感じます。
ええい、負けるな私! 何がどうしてこんな目に遭わなきゃならないんだという思考は捨てるのです!
さぁ、まずは第一声から!
「は、初めまして! この度千春峰女子学院に転入することになりました」
ここは敢えて名前を言いません。倒置法というやつです。そうやってできるだけ印象づけていく戦略でした。
……どうしてここにいるか、というのは関係ありません。確かにとんでもないところにいることは事実です。しかし、私は自分からこの運命を踏みに行きました。見え見えな地雷であることを承知して、その上で引っ掛かりに行こうと思ったんです。
「得意なことは家事全般。好きなことはお料理です。あ、それと音楽にも興味があって、ボーイソプ……んっん! ソプラノとかもいけちゃいます!」
やっぱりというか、教室も例の前衛的な内装でした。しかし、廊下と違う点が一つ。教室という空間にいる三十人近くのお嬢様たちから発せられる、慎ましくおしとやかな空気が辺りに充満していました。
彼女たちは普通の学校の生徒たちと違い、転入生である私に対して野次気味に質問を飛ばしてきません。誰もが私の次の言葉を待っているかのようです。そういった態度や所作、立ち振舞いの一つ一つから高貴なオーラが染み出していました。
私はそんな空気に呑まれないよう、精一杯の笑顔を浮かべて元気に自らの名前を言いました。
「今日からお世話になります。村時雨華炎です! よろしくお願いしますね!」
プロローグと地の文が違うのは、プロローグは『村雨焔』という人格からみた視点で書かれていて、19話は『村時雨華炎』の視点から書かれているからです。
擬似的に人格が分離しているので、ものの見方や価値観に齟齬が生まれているんですね。
※11.5話参照




