#18 花の雨。桜の雲
村雨紫炎
村雨焔の妹。本編にはわずかしか姿を見せていないが、焔の夢に数年前の姿が登場。焔を「兄様」と呼んだ。
自ら「ブラコン」と称して憚らず、四六時中兄の焔にくっつく。丁寧な言葉遣いとため口が混ざった独特の喋り方をする。
深紅に紫がかった髪を持つ。
・性別 女性
・年齢 15歳
・血液型 AB型
・誕生日 5/19
・趣味 焔といちゃつくこと、有名デザート店巡り
・苦手なもの(ブチ壊したいもの) 兄妹じゃ結婚できないと抜かす道徳&倫理
・家族構成 父(故)、母(故)、兄(行方不明)
一陣の春風が吹きました。
まさに春一番と言うべきそれは私の真っ赤な髪を揺らし、ばさりと一帯の空間に緋色を知らしめさせました。鮮やかな緋色が風の中に踊ります。髪型が崩れないよう片手で抑えつつも、風が目にしみて私は目を細めました。
――――そして、一拍遅れて桃色のカーテンが降りてきます。
私は目の前に来たその一部を掴み取り、重ねた手の上でソレを眺めました。
「わぁ……」
桃色のカーテンの正体は、ピンク色が可愛らしい桜の花びらです。
春の象徴にして我が国の国花である桜は、遥か昔から日本民族の深層意識にてその存在を大きく見せていました。こうして花びらを見つめていると、心の奥深くから桜を想う気持ち、桜を通して日本人という在り方を見せつけられているかのようです。
しばらくそのまま愛でていたいとも思いましたが、残念なことに花びらはまたもや風に吹かれてしまい、また中空へと舞い上がってしまったのでした。
「あー……」
残念、と思いながら舞い上がる花びらの軌跡を眺め、そして気付きました。
桜の花びらが降りてきたピンク色の奔流に押し流され、視界から消えてなくなります。しかし、私の視線は桜のあった空間に縫い付けられたままです。
いいえ、そうではありません。
私は、私の目は、花びらの消えていった、更にその向こうの空間の光景に目を奪われていたのです。
「綺麗……」
先程から太陽の光が直接射し込んでこないことが不思議でしたが、その答えが今分かりました。
「これが全部、桜なんですね……!」
見上げた頭上の景色。
そこには、満開の桜たちが太陽の光を遮るほどに咲き誇っていたのです。道の両脇に植えられたソメイヨシノの木々が向かい合い、アーチ状に枝を伸ばし、私たちの頭上に桜の天幕を作り出していました。
降る桜の花びらを『花の雨』と形容するのなら、それは『花の雲』というべきでしょうか。ふわふわした綿あめのように、桜の花が所狭しと天に咲いていたのです。
私は幻想的な光景に目を奪われ、ただただ立ち尽くすことしかできませんでした。
「……日本に、こんな桜の名所が隠れてたんですね」
私は我知らず、ぽつりと独り言を口にしました。写真でしか見たことはないのですが、ここにある桜は名所として紹介される、どのスポットにも引けを取っていないように思えたのです。
辺りに人はおらず、その言葉を聞きとった人は誰も居ない……はずでした。
「まあ、場所が場所だからな。おいそれと入れねぇとこが名所ってのもおかしな話だろ?」
「え……?」
どなたかが、私の呟き声をしっかりと聞いていらっしゃっていました。聞かれていた、という恥ずかしさで顔が熱を帯びますが、心を落ち着かせて声のした方を向きました。
「けど、往々にしてあるだろ? 『隠れた名所』ってのは。あたしはここがそうだと思うんだが……お前はどう思う?」
「……そうですね。私もそういうものはあると思います。沢山の花が咲く素敵なお庭とかなら殊更に」
「ははっ。分かってんじゃねーか。そーいう奴は好きだぞあたし」
「光栄です」
そこにはレディーススーツをラフに着崩し、ボサボサに髪を無造作に伸ばした一人の女性がいらっしゃいました。彼女は一人称に『あたし』を使い、言葉遣いもどこか投げやりというか、男性のようなしゃべり方をしています。
「おっと、自己紹介がまだだったな。あたしは【美波良子】。間違っても『よしこちゃん』だなんて言うなよ?」
美波良子……それがなんとなくだらしない印象を受ける女性のお名前でした。
それにしてもよしこちゃん、ですか。キラキラネームの多い昨今では少なくなりつつある、◯◯子という前世代的な名前ですね。
お歳はセレンさんと同じくらいでしょうか。まだ二十前半か中頃に見えます。となると、ご両親があえて時代に逆らってつけたお名前だったりするのかもしれません。
「……なんか変なこと考えてねぇか?」
「滅相もありません」
考えが顔に出ていたようです。危ない危ない。
具体的には年齢を推測したぐらいからでしょうか、思考が察知されたのは。やっぱり女性に対して年齢の話題と思考は厳禁のようです。
……セレンさんもそうですけど、どうやって人の考えを読めるんですかね。やっぱり女の人って摩訶不思議。
「んで? 桜見てボーッとしてたうぬは何処の者じゃ?」
そんなことを考えていたら、美波さんがやけに古風な言い回して私に尋ねてきました。
ああそうです。美波さんが名乗っているのに、私がまだ自分の名前を言っていませんでしたね。
私は咳払いを一つ挟み、できる限りの笑みを張り付けて自らの名前を口にしました。
「初めまして。私は村時雨華炎と言います。よろしくお願い致します、美波さん」
「おう、よろしくな」
美波さんはそう言うと、私にクルリと背を向けて歩き始めます。目指す先は桜並木の向こう。
古めかしくも新しさが同居した野心的なデザインの校舎。その凝ったデザインは、千春峰という巨額の財力を手にするお嬢様学校だからこそのものなのでしょうか。
「あたしに付いてこい。案内してやるよ」
「はい。お願いしますね」
私は美波さんの言う通り、後から彼女を追うように歩きました。
「おっと、言い忘れてたな」
しかし程なくして美波さんは立ち止まり、再び私の方を向きます。彼女は満開の桜たちと、その奥に見える建物をバックにこう言いました。
「ようこそ転入生、この【千春峰女子学院】に」
……そうです。美波さんは、『美波先生』なのです。そして私は、この千春峰の新たなる生徒。今日からこの学校に籍を置く者なのでした。
「んじゃ、さっさと行くかぁ~」
気取ったような言い回しが恥ずかしかったのか、美波先生はほんのり頬を赤く染めながらそそくさと歩いていってしまいました。あの様子を見るに、さっきの言葉は新入生や転入生に送られる決まり文句のようなものだったのでしょう。
先生の背中を追いつつ、思い巡らせます。こうして桜の木の下にいると、改めて本当にこの学校に通うことになった現実感を感じました。
使命をもって入学することの重責感。もう逃れられることのできない恐怖感。そして、ほんの僅かな未開の地へ赴くかのような期待感。さまざまな感情がない交ぜになった不思議な感覚が、これでもかというほど実感することができます。
「……お腹痛い……」
……主に胃にクる痛みによって、ですけど。
ストレスに悲鳴をあげるお腹を叱咤し、私は急いで美波先生の後を追いかけたのでした。
◇ ◇ ◇
【千春峰女子学院】
明治時代に財閥の支援を受けて設立された、大変古い歴史を持つお嬢様学校である。
偏差値は当然ながら上位層。全国一位ではないが、その教育の質は勝るとも劣らないとされている。
全国の女子校の中で三本の指に入るほどの名門であり、多くの資本家や実業家の娘が門を叩く高倍率な学校でもあった。
政界の重鎮。外資系企業の社長。世界的アーティスト。メジャーリーガー。名門貴族の家長。そんな人間を親に持つ者がほとんどである。
しかし、勉強ができるのであれば出身は問われないのがこの学校の特徴。一般家庭の出であっても努力を重ねて学力が身に付いてさえいれば、国の奨学金や学校が出す補助金で授業を受けることができるのである。
それ故にお嬢様学校でありながら、中流階級の家庭の子供も決して少なくない。
そんな千春峰女子学院であるが、敷地の中は男子禁制。女子校なのだから男子がいないのは当然としても、教員や事務員、更には清掃員すら女性という徹底ぶりだ。
早い話が、千春峰女子学院の中には誰一人として男性がいないということである。
男性が乙女の園の敷地に踏み入ることができるのは、学園祭などの限られた時間の中で、在校生から招待された一部の保護者やフィアンセのみだろう。国の重役であっても、男性は気軽に立ち入れないのだ。
間違っても、関係のない男性が敷居を跨げる場所ではない。
…………はず、だったのだが…………
「あの、十六夜さん……本当に行かなきゃだめですか?」
「何を今更恥ずかしがっているの? 行きたいと言ったのはあなたじゃない」
「いや、それはそうですけど……女子校はいくら何でも無いんじゃないですか?」
「転入試験免除。学費免除。身分保障。転入申請優先。戸籍偽装。ここまでお膳立てして、あなたが心置きなく学べられるようにしてあげたのは誰だったかしら」
「くふっ。返す言葉もございません……」
今朝の早朝。より具体的には、午前6時頃のこと。【月の館】にて千春峰の制服を纏った僕は、同じく千春峰の制服を身に着けた十六夜さんとお話をしていた。
議題は今日から通うことになる千春峰女子学院について。というか、僕が一方的に決められた千春峰への転入にささやかな抗議をしていたのである。
「何度も何度も言いますけどね、どうして男である僕が女子校の、しかもお嬢様学校に通うことになるんですか?」
このようにして、僕は何度目かも分からない抵抗運動をしていたのだった。それが例え、登校日初日の朝だとしても。
無論抗議は今回だけではない。千春峰への転入を言い渡されたその日から、数日間に渡って同様のことをしてきた。しかし、その結果がどうであったかは今の状況でよく分かるだろう。
「決定事項よ。今さら覆せないし、私がどうこうできる範疇をとうに越えているわ」
「ぐぎぎぎぎぎ…………!」
十六夜さんが言っていることを察するに、僕の転入にあたって相当な無茶をしてきたらしい。
豊葛十六夜個人が持つコネクションを駆使し、まともなお金を持っていない僕を千春峰に通えるように手配してくれたのだ。しかも、試験すらないというオマケ付きで。
十六夜さんは、業界にひしめく様々な御仁のお力を借りて僕の転入手続きを行ってくれていたのである。僕が『嫌です』なんて言っても、十六夜さんが承服しないのはごく当然のなり行きとも言えた。
これほどの助力を得ておきながら無駄にすれば、十六夜さんの信用は地の底に落ちるであろう。分かってはいた。分かってはいたが……
「……女子校はどうかと思うんですよぅ」
一番の問題はそこだった。
これが共学であったなら、僕が抵抗することはなかったであろう。だが、現実に僕が行くことになったのは千春峰だったのだ。
はっきり言おう。
僕は十六夜さんが手を尽くして学校に通えるようにしてくれたことについて、これ以上ないほどの感謝を抱いている。
学校に通えるということが何よりも嬉しいし、しかもそれが多額のお金を必要とするお金持ち学校であれば尚のことだ。受ける授業も相当なものに違いない。どれほど感謝しても足りないくらいだ。
しかし、千春峰は女子校であった。女子校であるからには、男である僕は入学することはできない。ではどうするか?
――――困ったことに、十六夜さんは僕を女装させようと言ったのである。
僕の女装がほぼ完璧なのは屋敷で実証済み。だから女子校でも問題ないでしょ、という理論だ。僕としては思い止まってほしかったけど。
「というか何故女子校をチョイスしたんですか? 男子校とは言わないまでも、共学校とかありますよね? どうしてよりにもよって女子校?」
そう聞いたら、十六夜さんはこう言ったのだ。
「……色々と都合がいいのよ。その方が」
と、答えになっていない答えを宣ったのである。
そしてそれを最後に、十六夜さんは僕の抗議にとり合ってくれなり、ついに僕は女装登校を余儀なくされたのである。
そう。僕が十六夜さんに抗議していた頃には、賽はとうに投げ入れられた後なのであった。
◇ ◇ ◇
――――長かった回想を終え、私の意識は現実へ。いつの間にか俯いていた顔を上げて、後者の方へと目を向けました。
先を歩いていた美波先生はボケっと突っ立っていた私を置いて、随分と先にいます。美波先生は私の様子に気付いていないのか、ポケットに手を突っ込みながら鼻歌交じりに歩いていました。なんというか、歩き方が不良そのものですね。しかも一昔前の男子にあるタイプの。あれで学ラン着て竹刀肩に担いでたら様になったことでしょう。元ヤン教師がお嬢様学校に相応しいかどうかはともかくとして。
「――――じゃなくて、早く追い付かなきゃ!」
私は美波先生に叱られないよう、駆け足で付いていくのでした。
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