#17 お着替えと巧妙な罠
鬼灯上弦
華炎よりも前に屋敷へやって来た新人メイド。明るく朗らかな性格で、まさに太陽のようなメイド。誰に対しても敬語ながら、それでいて親しさを感じさせる巧みな話術の持ち主。接客チームの期待の星。苦労人気質で、いつも妹に振り回されている。
華炎よりも年上で、専門学校を卒業。
髪の色は茶色。
・性別 女性
・年齢 19歳
・血液型 A型
・誕生日 10/11
・趣味 会話、読書
・苦手なもの 下ネタ、暴力
・家族構成 父、母、妹
『ほーむーらー? まーだー?』
「ま、まだです! ちょっと待っててください十六夜さん!」
『はーやーくーしーてー。はーやーくーしーてー』
「子供ですかあなたは! 今苦戦してますから、静かにしててください」
『それなら私が手伝ってあげる。だから今すぐこのドアを開け――――』
「やかましい! 静かに待ってくださいよ!」
『だって待ち遠しいもの。一分一秒でも早くあなたの姿を見たいわ』
「ええいっ、本当に聞き分けのない子供みた――――うわ見た目よりスカート短い!? くそっ、どうにか下げて誤魔化さなきゃ……!」
『あー! スカートを長くするのは許さないわ!』
「知りませんよそんなこと!」
ああもう! これだからレディースの服は! 男である僕が着ることを想定してないから、色んなところがつっかえることつっかえること。いや、どこがとは言わないけどさ……
しかし反面、高級素材のとてもいい手触りはとても気持ちがいい。僕の着ていた男子制服とは比べるべくもない。だからこそ、思うことがある。
「誰だよお金かけてこんなコスプレ制服作った人は……!」
この白黒+赤色の制服だが、これは十六夜さんが突然持ってきた女装のための衣装である。僕の制服は別にあるし、そもそも女子生徒用の制服を着るのはこれが初めてだ。……レディース衣装そのものは、もう何度も着てしまったというのが実に笑えないけど。まぁそれはいいとして。
十六夜さんに頼み倒されてこのように着ているわけだけど、普通に考えてこの制服は色々とおかしいのだ。コスプレ衣装は普通そこまで着心地は優先されず、そして素材も高級素材で作られるものではない。なのにも関わらず、こんな高級コスプレ衣装が手元にあるということは……
「作ったのはどれだけ酔狂な人なんだ……」
本当にお金をかけ、この衣装を作った変わり者がいたということだ。あれか。俗に言う『変態に技術と資金を与えた結果がこれだよ!』というやつか。
それを買ってしまう十六夜さんも十六夜さんだ。お金持ちの感覚はこれだからよく分からない。
「……まぁいいや。最後にこのリボン結んで……」
とりとめのない思考をしつつも、しかし僕は着実に制服を身に纏っていった。スカートを穿き慣れてしまったのが心底憎らしいが、おかげで大した苦労もせず着用することができた。
最近はズボンを穿くことすらなくなってきたような気がしないでもないが、それは涙を飲んで見て見ぬふりをしよう。そうしよう。
「よしっ。こんなもんかな……」
姿見の前で細かいところを確認し、どこにも変な点がないことを改める。
「……恥ずかしいから次はニーソックスじゃなくてスパッツにしようかな」
太ももとスカートの間の肌が見えてて恥ずかしい。人によってはこの「ぜったいりょういき」とやらにフェチズムを抱くそうだが、実際に身に着けてる側としてはとても恥ずかしく思う。次がないことを祈りつつも、一縷の反省を抱きつつ点検を終えるのだった。
『ほーむーらー! まーだーなーのー!?』
「ああっ、今開けますから。そんなに騒がないでくださいって!」
大声で僕の本名言うんじゃないよ! バレちゃったらどうすんのさ! 僕は外で待機しているであろう十六夜さんを招き入れるため、大慌てでドアを開けた。
「ほら、もう入っていいですよ」
「わ…………」
十六夜さんがドアを開けた僕を認識した瞬間、あれだけ騒いでいたのに一言だけ発して急に黙りこくった。え、何? そんなにしーんってされると不安になるんだけど。
「あの、十六夜さん? どうかしましたか?」
恐る恐る尋ねると、十六夜さんはぼそりと何かを呟いた。
「…………いいわ」
「へ?」
いい? 何が?
「……可愛いわ……」
「い、十六夜さん……?」
十六夜さんから、語彙力が消えた。あと顔が怖い。目が据わっててとても怖い。獲物を前にした獣みたいな顔をしている。
「可愛いわ、華炎」
「いや、今の僕は焔ですけどね」
普段なら間違えない名前を間違えている辺り、相当動揺している様子だ。
「その美しさに天女さえも恥じ入るほどの姿をもっと細かく微細に具に見たいから入るわよ」
「え? あ、はい。どうぞ……」
かと思えばいきなり語彙が復活し、一息に全部言ってのける十六夜さん。なんだか復活したというより、どちらかと言うと暴走しているような気がしないでもない。
十六夜さんはずんずんと部屋の奥まで進み、早く来いと手招きをした。
「は、はいただいまー」
獣のようにギラついた目をする十六夜さんを見て、僕は半ば本能的に悟った。
――――あっ。これ酷い目に遭うやつだ――――
―――――――――――――――――――――――
トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
―――――――――――――――――――――――
…………と、思っていたのだが、何だか予想とは百八十度違う方向へと転がっていったのだった。
「ふむふむ。ちゃんと予想図通りになっているわね。いい仕事をする、とでも言っておこうかしら。今後も贔屓にする価値はあるでしょう」
「え、ええっと……十六夜さん? 何をされていらっしゃるのですか?」
「動かないで。ちゃんと調べられないでしょ」
「アッハイ」
何をしているのか尋ねたところ、ピシャリと遮られてしまった。真剣な声色で言われてしまえば何の反論もできない。見たところやっていることもおふざけやセクハラ(?)とは無縁な作業であるため、本当に真面目に何かの仕事をしているようだ。
「この制服が似合っているのだから、きっとあの服も合うはずよねぇ……」
……ときどきビーストアイを向けてくるのが怖いですけれど。
「首元は苦しくない? ……そう。リボンで苦しくなる人もいるから 発注ミスには気を付けていたけど、その心配はなさそうね。スカートは…………まぁ、妥協して長く改造するとしましょう。私は不服だけど」
「……あの、本当にどうしたんですか? 昨晩に何か悪いものでもつまみ食いしました?」
「は?」
「ナンデモナイデス」
あまりにも不思議な出来事であったため、問わずにはいられなかった。あれだけギラギラした目をしてるのに、手を出してこないなんて十六夜さんらしくない。いつもならハイエナの如く執拗に弄り倒してくるのに、どうしたことだろう。
受け答えが冷静なことから、どうやら本当に正気らしい。質問した瞬間に凄まれたけど。
……しかし、本当に何をしているのだろうか。十六夜さんが暴走せず仕事らしきものをしているということは、何か重要なことなのかもしれない。
こう見えてやる時は徹底的に、そしてとことんまでやる人だから、仕事をするときはとても真剣なのである。もしかするとそのパターンなのかもしれない。
「どう? 着てて気持ち悪いところはないかしら?」
「え?」
「何かこの服で変えたい点はないの? 何でもいいわ。各部位のサイズでも、改造したいところとかでもいい。何かない?」
十六夜さんはこのコスプレ衣装に何か不備がないか確認しているようだった。それがどうして仕事に結び付くのかはよくわからなかったが、僕に意見を求めているのは間違いないらしい。
特にケチをつけるような不備があるわけではない。が、それでも意見を求めているとなれば、ちょっと個人的な要望でも言ってみようかな。
「えっと……じゃあ、このリボンの色を赤色にできますか?」
「赤色? わかったわ。色違いの予備があるから……ほら」
……あっさりと通っちゃった。というか予備があるのか。用意がいいというか、なぜそんなものまであるのというか。まあ、あるのなら使わさせてもらおう。
僕は手早く元の黒色のリボンから赤いリボンへと付け替えた。
「うん……こんなものかな」
「あら。結構いいじゃない。緋色の髪にはとても似合うわね」
姿見で見てみると、やっぱりこっちの方がしっくりくる。十六夜さんの言う通り、髪の色にあってるからだろう。
「それじゃあ後はスカートの長さ調節ね……私としてはもっと短くしてやりたいのだけれど」
「嫌です」
「……まあ、今回はあなたのためのものなのだから、それで妥協してあげるわ」
えらくあっさりと引き下がる十六夜さんなのであった。さっきから僕に対して流石に譲歩し過ぎなのでは? 裏があるとしか思えないんだけど、これ。ああ、これは大きな揺り戻しが来るぞ。しかも滅茶苦茶でかいやつ。
そんな世紀末な未来予想を描く僕の心情など露知らず、十六夜さんはスカートの話を続ける。
「スカートの長さの延長だけれど、そういう業者に頼んでも一週間かかるかもしれないわよ?」
……ふむ。まるでまた僕がこのコスプレ衣装を着るかのような発言だな。できることならコスプレ女装とかしたくないんだけど……そうもいかなさそうなのがつらい。
僕はもう一度この制服に袖を通すことがない未来をこっそり祈りつつ、スカートの改造に意見を上申した。
「スカートの改造ですけど、それなら僕一人でできると思いますよ?」
「一人で?」
「はい。スカートくらいだったら一日二日もあれば、自分の好きなように弄れるかな」
「相変わらずオーバースペックにも程があるわね……」
「家庭教師の人が優秀だったもので」
裁縫に関してはお料理やお掃除程ではないにせよ、それなりの教育と特訓を受けてきた自負がある。ボタンのつけなおしなんて、目を閉じててもできるほどの自信はあった。もっと言えばぬいぐるみの修繕の腕だって褒めてもらったことがある。
そしてその上で制服の改造など、容易ではなくても難航な訳ではない。素材があればの話だが。
十六夜さんはミニスカを求める欲望と、それを封じ込める超自我の間で揺れ動いていたが、苦虫を嚙み潰したかのような顔でこう言った。
「……明後日には作業を終わらせなさい」
「はーい。ちゃっちゃと仕上げてきますよー」
仕上げても着たくないけど、とは言わなかった。
「それじゃあ、今回の発注に不備は一切なし、と……よし。後はこのアンケートに寄付を一緒にして送ればいいわね」
……寄付? それってもしかして……いや、何も言うまい。大人のダーティーな事情に首を突っ込むのはやめておこう。精神が汚染されかねない。
アニメ製作プロジェクトの監督たちの暴走とかだけでお腹一杯です。
あーあー、聞こえなーい。具体的な金額をぶつぶつ呟く十六夜さんの独り言なんて聞こえなーい。
「これでよし、ありがとう焔くん。おかげで新しい繋がりができ――――んっん! 何でもないわ。これで私の用事は済んだわ」
「そーですねーお疲れさまでしたー」
聞いてません。そうとも、聞いてなんかいないさ。十六夜さんが汚い社会でよろしくやっていることも、僕は聞いてないし聞きたくもない。
そんなことを現実逃避気味に考えていた。そんなのだったからだろうか。最後に言い放たれた十六夜さんの言葉を正確に理解できなかったのは。
「じゃあその制服はあげるわ。四月からあなたの新しい制服なのだから、大事にすることね」
「わかりまし…………」
ん?
「そうそう。言い忘れていたのだけれど、四月からあなたが新たに転入する学校はこれよ」
十六夜さんは懐から一冊のパンフレットを取り出し、それを僕めがけて投げつけた。それをキャッチした僕は怪訝に思いながらもその表紙を見て……凍りついた。
「これ……は…………!!!」
その表紙にデカデカと書かれていた文字はこう。
――――【千春峰女子学院】――――
何かの間違いだと信じ、そんな希望にすがりつき、パンフレットを捲った。そして知ってしまった。十六夜さんの言ったことは、間違いでも嘘でも何でもないのだということに。
捲ったページには、僕の着ている制服と全く同じものの写真が一面に飾られていた。リボンや細部のディテールの色は違えども、それは間違いなく僕が着ているものと全く同じだったのである。
この服は……このコスプレ衣装だと勝手に思い込んでいたものは、紛うことなく本物の制服だったのだ。
「いざ、よい……さん?」
僕は顔を上げ、部屋を去ろうとしている十六夜さんを見つめた。十六夜さんはわざとらしくも、蠱惑的な笑みを浮かべながら言い放つ。
「転入おめでとう。村時雨華炎ちゃん」
嘘でしょ? そんなことってあるの?
だって…………
千春峰は、【女子校】なんだよ?
僕は唖然としながら、十六夜さんを見送ることしかできなかった。
鬼灯下弦
姉と共に屋敷に働きに来た新人メイド。寡黙で静かな理知的な人物ーーーーと思わせておいて、そうではないビックリ箱人間。ものぐさで喋るのが億劫なだけである。
およそ全ての種類の美術品の手入れができるという技能を持っており、その能力は屋敷内においても唯一無二と言っていい。
……が、その長所を補って余りあるほど性格のクセが強すぎる。毒舌&脳内ピンクだったり、語尾に「なの」がついたり……
華炎よりも年上で、専門学校を卒業。
茶色の髪を持つ。
・性別 女性
・年齢 18歳
・血液型 O型
・誕生日 10/10
・趣味 ■■■■、■■■■■■(姉の上弦の要望により削除)
・苦手なもの 自分のペースを乱すやつ
・家族構成 父、母、姉




