#14 Q.春休み何してました? A.メイドしてました
華炎「下着だけはヤダ下着だけはヤダ下着だけはヤダ下着だけはヤダ……」ブツブツ
通りすがりの下弦「ほう、あの赤髪メイド。遂に私と同じ露出プレイに目覚めたか……なの」脳内ピンク特有の突飛なヱロ思考
「お嬢様ッ! 華炎ですッ、村時雨華炎です! 遅ればせながら参上いたしましたぁ!」
お庭でセレンさんから『お嬢様に呼ばれている』という伝言を受け取り、全速力で、しかしはしたなくない速さでお嬢様のお部屋までやって来ました。
シックなドアをノックして自分の名前と用件を告げます。ドア越しにも伝わるよう、騒々しくない程度に大きな声で。
「遅かったじゃない、華炎」
「も、ももも申し訳ありませんお嬢様! 春の陽気に中てられたのか、ついつい思考が変な方向に捻じれに捻じれてしまい、お嬢様の下へ参じるのが遅れてしまいました! 全て私の責任ですセレンさんは悪くないんです本当に申し訳ありませーーーーん!!」
ドアの向こうから咎めるような声が聞こえた瞬間、私はその場で額をこすりながら土下座をしました。廊下であろうとも構いはしません、全身全霊で平伏謝罪です。向こうで仕事をしている下弦さんからジト目で見られていても躊躇はしません、とにかくお赦しを貰うしかないのです。
ごめんなさい本当にどうもすみませんでした申し訳ございません私の落ち度ですお許しください。
「……真面目なあなたのことだから、どうせそこで土下座でもしてるのでしょう? みっともないから部屋に入りなさいな」
「心からお詫び申し上げます弁解の言葉もございませんどうかどうかどうかお慈悲をこの情けないわたくしめに……」
「か~え~ん~?」
「はいお嬢様ぁっ!?」
しまった、お嬢様の仰っていたこと聞いてませんでした……!
ドスのきいた声で名前を呼ばれ、それで心が現実に復帰しました。あらんかぎりの謝罪を思い浮かべるとこうなるんですね! こんな土壇場で知りたくありませんでしたけど!
「はぁ……」
溜息が一つ、ドア越しに伝わります。
大きな、大きな溜息でした。私にまで聞こえるくらいのものです。私は相変わらず土下座をしたまま、その言葉の続きを待ちました。
「……入りなさい」
しばらくの沈黙の後、お嬢様はたった一言だけ言いました。
「はい……あ、お見苦しいところをお見せしました」
私はお仕事をしていた下弦さんたちに謝罪してから、お嬢様の言う通り部屋へ入ったのでした。
……酷い事、されなきゃいいなぁ。
◇ ◇ ◇
私のお嬢様は、本名を【豊葛十六夜】と言います。世界の三分の一を牛耳ると噂される統合企業財閥、【豊葛グループ】の首魁のご令嬢の一人で、紛うことなき本物のお嬢様であらせられます。
真っ黒な濡れ羽色の髪をし、美しいお顔をされていて、百人中の誰もが口を揃えて「美少女」と言うことでしょう。
しかしその可憐な見た目とは裏腹に、お嬢様は不思議な力をお持ちです。その名も【ESP】……つまり、超能力と呼ばれる人知を超えた超常的な能力です。超能力の中でもとりわけ『エスパー』と言われるような能力で、目を合わせた人物を意のままに操ることができます。
……超能力の存在には懐疑的ですが、実際にかかってしまったのでそうとしか言い様はありません。
とある事情で家を失くし、途方に暮れていた私を拾ってくれたのがお嬢様で、私はそのご恩に報いるために、このようにメイドとして仕えているのです。他のメイドさんたちに私が男であるという事実を隠して、ですけどね……まあ私のことはいいんです。
私を執務室に招いたお嬢様は中央にあるデスクに腰掛け、足を組みながら言いました。
「あなたが遅れた理由については、まあどうでもいいわ。別にそんなことに目くじらをたてる必要もないし」
「え?」
てっきりお叱りと罰が待っているものと思った私は、その言葉の意味が分からず聞き返してしまいました。そんな私を見て、お嬢様はいたずらっ子みたいな笑みを浮かべます。
「だって、誰も刻限なんか決めてないじゃない。それで「遅刻だ」なんて言っても、変な話でしょう?」
「あっ……」
そういえばそうでした……
私もセレンさんも、お嬢様のもとへすぐに参じなければならない、という固定観念が染み付いてしまっていたようです。それで私たちの中で勝手に刻限を設定してしまい、一人で遅刻だの罰だのと思っていたのでした。
言われてみればまったくもってその通りです。私たちは使用人という立場に捕らえられ、「斯くあるべし」と自分で自分を縛りつけていたのです。目から鱗、とはこのようなことを言うのでしょう。恥ずかしさで顔が熱く感じました。
「――――とは言っても、流石に数十分も待たされてたら怒っていたわ。いくら寛容でも、限度というものがあるもの」
「あ、やっぱり」
まあ当然と言えば当然のような気はしますけどね。呼んだのになかなか来ないって、結構クルものですから……
あ、ちなみに根拠は小学校低学年の頃の話です。電話でいまから遊ぶ約束したのに、一時間経っても来なかったあれは辛かったなぁ……
「うう……そこまで気が回らず申し訳ありません。そのせいであんな痴態を晒してしまいました……」
部屋の前での謝罪劇を顧みて、自分のしたことに恥じ入るばかりです。お嬢様の付き人ともあろう者が、他のメイドさんたちがいる前であんなことを……
ああ、下弦さんの半ば蔑むかのようなあの目がフラッシュバックしてくる……! やめて! そんな目で見ないで!
「確かに傍目から見たらみっともなかったかもしれなかったけれど、私はそうは思わないわ。むしろあなたを評価してるのよ?」
しかし、お嬢様は笑みを浮かべたまま、私の失態を責めることなく、それどころか評価していると言います。
「あなたは最初に、まず謝罪を口にしたわね?」
「は、はい」
謝罪したからどうというのでしょうか。
「あなたは何よりも真っ先に自分に非があるとし、素直に認めたでしょう? 言い訳よりも先に、ね」
それは……
「そして、遅れた理由を他人のせいにしなかった。セレンは悪くない――――って」
「それはそうかもしれませんけど……」
なんだか妙に気恥ずかしい感じでした。
お嬢様がそう仰られるのであればその通りなのかもしれませんが、何気ない言葉を一つずつ拾われて誉められると、嬉しさと恥ずかしさが込み上げてきます。ケチをつけられずに誉められるというのは、意外と奇妙な感覚です。
「お、お嬢様! そのご慧眼には感服する外ありませんが、恥ずかしくなってしまいます。お願いですので、それから先のお言葉はどうか胸の中におしまいください!」
「クスクス。誉めても貶しても可愛い反応をするから、本当に虐め甲斐があるわぁ」
「やっぱりからかっていらっしゃったんですね!!」
ですよね! 私がこうやって恥ずかしがること知ってて誉め殺してましたね! 私は最初っから知ってましたよーだ!
改めてお嬢様の傍若無人っぷりといいますか、台風のような一面を垣間見たといいますか……お嬢様は今日も絶好調なようです。主な犠牲者は私ですけども。
「あははは! ごめんなさいね華炎。嬉しいことがあったから、ついつい意地悪をしちゃったわ」
「酷いですお嬢様……気分次第でいたずらされたり、からかわれたりする身にもなってくださいよぅ……」
「と、言う割には強く拒否はしないでしょう? そういうところが可愛いからいけないのよ」
「まるで私がMであるかのような言い種ですね!? 私は至ってノーマルです! 普通です! 倒錯趣味は一片たりともありませんから!」
心外なっ! 私はお嬢様からそんな風に思われていたんですか!?
私は罵られて喜んだりしませんし、蔑まれて快感を覚えたりしませんから! 人並みに傷つく一般男子ですから!
「でも、何だかんだで受けに回ってしまうじゃない」
「ぐふっ」
……否定できないのが悔しいところ。
結果的にいいようにされてるのですから、お嬢様の言うことはあながち間違いではありませんでした。押されると弱いんですよね。情けないことに……
「だとしてもMではありません。私はノーマルなんです……ノーマルなんです」
「じゃあ強いて言うなら受け体質かしら」
「…………もうそれでいいです…………」
反論の言葉を紡ごうとして、しかしどう突っ込めばいいのか分からず何も言うことができませんでした。たっぷりと間を置いて、その一言を言うので精一杯だったのです。
無念……
「ああ、満足したわ! じゃあ華炎が受け体質だということも分かったから、そろそろ本題に入りましょうか」
「さいですか…………」
お嬢様の気晴らしだったんですね、とは言いませんでした。……どうなるかは目に見えていますから。
話の腰を折った+気分を害した+その他理不尽な言い掛かり=やっぱり虐められる。
……ここまででワンセットですね間違いない。
「華炎、四月にはとある行事が控えているのだけれど……それが何か分かるかしら?」
そんなくだらないことを考えていたら、不意にこんな質問を投げ掛けられました。
「四月から、ですか?」
「ええ、あなたにも関係のある話よ」
「私にも? うーん、何でしょうか。思い当たるものが多すぎます……」
手を顎にあてて、考える素振りをしました。
「お花見?」
「違うわ」
「入社式?」
「近い物はあるけど違うわ」
「春の大掃除?」
「勝手にやってなさい」
「新春お料理大会?」
「それあなたがやりたいだけでしょう」
「メイド長を労う会?」
「セレンは喜ぶかもしれないけどそうじゃない」
「うーん……じゃあお嬢様に感謝を捧げる会とかですか?」
「何よその謎めいた儀式みたいな行事」
咄嗟に思い付いたものを片っ端から言ってみたのですが、どれも違うみたいです。お嬢様の言う行事とは何なのでしょう。素直に「分かりません」と言いました。
お嬢様は呆れとも嘆きともつかない微妙な顔をして、ため息をつきました。
「はぁ~…………出てくるものが悉く家事関連な辺り、すっかりメイド業に毒されてるわね」
「えっと、申し訳ありません……?」
なんとなしに咎められたような気がしたので、ぺこりと頭を下げます。
「……自分の非を認めるのは美徳とは言ったけど、何でもかんでも頭を下げるのは感心しないわ」
「ギクッ」
仰る通りで。
「まあ、あなたはその謝罪の一つ一つに誠意が籠ってるからいいけれど、全員が私のように認識するわけではないのだから、その謝罪癖は直しなさい。セレンも放置しているみたいだけれど、私としては看過できないわ」
「はい。精進いたします……」
そして、ぼそっと呟かれます。
「ぺこべこ可愛く腰を折る様を見ていいのは、私だけなのだから……」
何かを仰ったのは辛うじて分かったのですが、あまりに小さい呟きでしたので聞き取ることができませんでした。
「あの、何か仰いましたか?」
「何でもないわ。忘れなさい」
「はぁ……」
ともかく、とお嬢様は話を戻します。
「一度メイド業から考えを遠ざけなさい。このくらいなら誰でも分かるはずよ」
「は、はい! メイド業から離れて…………えと、ええと…………」
なんだったかなぁ。四月の伝統行事……伝統行事……うーん。うーん。うーーーーん。
「……あなたは本来、四月になったら何になるはずだったかしら?」
あまりに苦戦する様子を見かねたのか、お嬢様がヒントを出しました。うぅ、お恥ずかしい限りです……
うーんと、私……というか僕がなるはずだったもの? それは確か……
――――この春二年生になるはずだった高校生――――
「ああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッッ!?」
思い出した……!!
思い出してしまったッ!!!
「もうすぐ【新学期】だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
どうしよう……このままじゃ僕、二年生になれない……!!
焔(あっ、でも下着はセーフだった! よかった、下着だけは許た……)
十六夜(さて、華炎のためだけに取り寄せた女装向けパンティーはいつ使ってやろうかしらん……?)
ほとんど関係ない下弦「ピクッ。今、誰かが変態下着のことを考えた……! なの」脳内ピンク特有の不思議なヱロセンサー
休憩中の屋敷の良心「また下弦ちゃんが怪電波受信してる……お姉ちゃんは心配だよ……」