#13 春先の前触れ
村雨焔
首都圏の郊外に住む高校二年生。春休み初頭に家が焼け、帰る場所を失った。並外れた運動能力を持ち、同時に家事全般を得意とする。
か わ い い
本人に自覚はないが犬タイプで、一度尽くしたいと思った相手にはどこまでも尽くす気質。
世にも珍しい緋色の髪をしている。
・性別 男性
・年齢 16歳
・血液型 AB型
・誕生日 12/16
・趣味 家事、料理、歌
・苦手なもの 他人の不幸
・家族構成 父(故)、母(故)、妹
三月も残すところ一週間。
春の陽気が近くなって、桜のつぼみが段々と開きつつあります。街に目を向ければつばめたちも春を求めて日本に戻ってきていました。いよいよ春ももうすぐ、といったところでしょうか。昨今は異常気象だとかで春なのに台風が来てしまったりしていましたが、今年は久しぶりにまともな春が迎えられそうです。時期を見て、お花見をすることも考えておきましょう。お庭にある桜もどんなふうになるのかなぁ。
そんな想像をして春を待ち遠しく思っていた私。少し上の空で、しかし的確に仕事をこなしていました。私も今ではすっかりメイド業が板について、先輩たちと肩を並べて働くことが多くなりました。時期的にはまだまだ私は新人ですけど、働きぶりはベテランのメイドさんと同等だと自負しています。だって家事歴はかれこれ十年ですもの。私だって立派なベテランです。
そんなこんなで先輩たちと一緒にお庭のお手入れをしていましたら、突然声をかけられました。
「華炎。ちょっといい?」
「はい?」
仕事を中断して声の方へ振り替えると、そこには誇らしげなシルバーブロンドの髪をした、メイドさんらしき人物がいました。
「あ、セレンさん! おはようございます」
そんな特徴的な見た目をした人など、この屋敷には一人しかいらっしゃいません。
彼女はこの屋敷……【月の館】あるいは【月光館】もしくは【十六夜邸】……のメイドたちを仕切る長。つまりメイド長です。そしてイコールで私たちの上司です。
名前を月詠セレンと言います。
弱冠二十代前半(本人申告)でありながら非常に厳しく「鬼のメイド」と言われる一方で、とても面倒見がよくてしっかり者なお姉さんみたいな一面もあって、厳しくも優しい頼れる上司です。
そして……私の秘密を知る数少ない人物でもあるのです。いやぁ、あれは不幸な事故だっだだだだだだだだだ!!!
「つーくーよーみーめーいーどーちょーう! そう呼びなさいって何度言わせるのよこの駄メイド」
「いひゃいれふ! いひゃいれふっれ! やふぇふぇふらふぁいふぇいおひょう!」
名前呼びを注意されてしまいます。体罰で。
のびーん。
セレンさんは私のほっぺを思いっきりつねりました。痛いです。わりと洒落にならないくらい痛いです。
「この……っ! 肌が柔らかい! 柔らかすぎて羨ましいほどのもち肌ね! 天は二物を与えずと言うけどやっぱりその説反対よ! 世の中不公平にも程があるわ!」
「ほれ、わらひはんひぇい、にゃいれふよへ!?」
「そして本人は嫌味な性格してないからムカつくわねぇ……! は~あ、このくらいで勘弁してあげるわ!」
「にゃひいっ助かったぁ! ふえぇ……ほっぺたがヒリヒリします……」
ようやく解放してくれたセレンさん。ものすごく悔しそうにほぞを噛んでいたのが気になるけど、とりあえず助かりました。ここのメイドさんは荒事にも駆り出されることがあるので、皆さん結構力が強いんですよね。特にセレンさんはメイド長であらせられますから、その強さも屋敷随一。本気でやられてたらほっぺたが失くなってました。冗談抜きで。
生きてることに感謝です。無神論者ですがありがとうございますアーメン。そして一発殴らせろ神を騙る無能。色んな人にお告げを与えて争わせるヤハウェーは本物のクズだと思います。
ああしまった。そんな関係ないことを考えてる場合じゃありませんね。セレンさんからお話を聞かないと。
まだ痛む頬をさすりつつ、パーフェクトメイドになるために改めてご用を聞きました。
「それで、セレ……月詠メイド長。どういったご用件でしょうか?」
セレンさんは思い出したとばかりに「あぁ……」と声を漏らしました。
……え? 忘れてたんですか? 罪無き私に制裁を加えることに夢中で、本来の目的を見失っていたんですか? ひ、酷い……! 真面目に職務を果たしてて体罰を受けた私がいるのに、職務を忘れてたセレンさんはお咎めなしだなんて……!
やっぱり世の中不公平です。よよよ…………
「ちょ!? な、泣くことないじゃない!」
「セレンさんのおにー! あくまー! 私これ本気で泣いてるんですからねうわああああん!」
これは泣いてもいい……泣いてもいいですよね……!?
怠慢な労働姿勢とか、とんでもないミスをやらかしたとかならともかく、真面目に真剣に完璧に仕事をしてて怒られるなんておかしいですよぅ!
「あー! メイド長が華炎ちゃん泣かしたー!」
「新人いびりはよくないと思いまーす!」
「パワハラ反対! そういうのよくない!」
「せやせや、泣いた子は慰めなアカン! ここはウチの出番やね!」
「「「おっと名前のないモブは引っ込んでな!!」」」
「んなアホなー!」
班の先輩メイドさんたちの援護射撃! 数的不利に立たされるセレンさん。苛烈な集中砲火にたじろぎ、窮地に立たされてしまいます。こんな状況ではどちらが有利かなど、火を見るより明らかでした。
「ああもう! 私が悪かったわ! ええ、流石に今回は私が不当に当たってしまったわ。だから泣かないの!」
「ぐすん、ずみまぜん」
「だからなんであなたが謝って……あーもー、埒があかない! ほら、これで涙拭きなさい」
そう言って自分のハンカチを貸してくれるセレンさん。
やっぱり根は優しいんですよね……途中で我を忘れちゃったりするだけで。 だからこそ、きっと皆さんから尊敬されるのでしょうね。先輩たちも本心から非難していたみたいではないようですから。
というか、今回は先輩たちを味方につけた私の方が卑怯みたいな……。なぜだか申し訳なくなってきました。
ちーん!
「は、鼻かんだ…………だと!? ……仕方ないわね。洗って返しなさい」
「はい……すみませんセレンさん」
「……もう指摘する気もなくなったわ」
そう言ってげんなりしてしまいました。本当にごめんなさい……必ず返します。念入りに手洗いしようと心に誓ったのでした。
しかしセレンさんは突然ハッ、と顔を上げて、私の耳元で小さく囁きます。
「華炎。男だとバレてないでしょうね?」
「は、はい。今のところ性別を疑われるようなことは何も…………」
「ならいいわ。今後も隠し通すように」
「常々肝に命じております……私も全力で演じ続けてますから大丈夫です……!」
ひっそりと、こそこそ。
誰にも聞かれるわけにはいかない会話を、二人だけでそっとします。誰にも言えない……知られてはならない人魚姫の秘密を。
知らない方に向けて、どういうことなのか説明しましょう。
私の名前は村時雨華炎。とある事件で家を失い、誰の庇護も受ることができずさまよっていたところをお嬢様に拾われた、新人メイド…………ということになってます。
その情報は正しくもありますが、同時に欺瞞でもあります。なぜなら、村時雨華炎は存在感し得ない存在だからです。
……正確に言うならば、村時雨華炎という人物の戸籍は世界中のどこを探してもないんですね。
架空の人物を現実に投影した存在。生きている人間の皮を被ったキャラクター。
私が……いえ、僕が生きるために偽る仮の姿。それが村時雨華炎。正直者のふりをする嘘つき。
僕はメイドなんかじゃない。だって男なんだから。
僕の本当の名前は村雨焔。
性別は一応男性
年齢は16歳
血液型はAB型
誕生日12/16
趣味は家事全般
そして性別を詐称しお嬢様に拾われてメイドをしている、ピッカピカだった元一年生。
そう、僕は男。
浅ましくも卑しくも、どういう訳か女性になりきっている健全で純粋たる男の子なのだ。……この見た目で言ったって信じてもらえないだろうけど、僕はれっきとした男性である。生物学的にも精神的にも男性なのだ。
とりあえず、僕のことはこう考えてくれれば話は早い。
――――『女装して乙女の空間に入り込んだ異物』。
……バレたときのことが大変だ。社会的に抹殺されるのが目に見えている。だから僕はこのことを隠し通さなくてはならないのである。
以上、自己紹介。
「いい? 私たちはあなたが元の生活に戻れるように『手伝い』はするけど、バレたときは何もしないししてあげられないわよ?」
「はい。重々承知おります。こうして屋敷に置いて頂けているだけでも感謝しています」
セレンさんから再三に渡って釘を刺され、もう一度深く頷き返しました。今の私があるのも、こうしてセレンさんがフォローしてくれているおかげです。感謝してもしきれません。
その思いを告げると、セレンさんはなぜか顔を逸らし、
「……お嬢様がそうするようにと仰っただから、これくらい当然よ」
と、口ごもりながら言いました。
照れてますね。あからさまな照れ隠しですね。メイド長という役職だからなのか、あまり感謝され慣れてないのでしょう。セレンさんの意外な弱点を見つけられて、ちょっと嬉しいです。ラッキーかな。
「べ、別に私のことはいいの。皆も怪しむから、そろそろ用件を伝えるわ」
「あ、はい」
無理矢理話を打ち切られてしまいました。これ以上追及したら怒られて藪蛇になる気もしますし、真面目にお話を聞きます。
「お嬢様が呼んでいたわ。ここの仕事はいいから、お嬢様のところへ行って」
「お嬢様がですか!? 分かりましたすぐに行きます!!」
お嬢様の名前を聞いた瞬間、反射的に返事を返しました。
しまった。変な回想をしてたり、セレンさんで遊んでる暇じゃなかった! まずいまずいまずい! 本当に今すぐ行かなきゃ!
早く行かないとお嬢様に|お仕置き(女装着せ替え)されてしまいますッ!! 今日こそ下着まで女性ものに変えられるかもしれません! 男性に戻れなくなってしまうかもしれません! それだけは何としても避けなければなりません!
脳髄にまで刻み込まれた恐怖が私を掻き立てるようでした。
「セレンさん! あとはお願いします!!」
「へ? ちょっと、なに……」
手にした箒とバケツを半ば押し付けるように手渡し、
「どうか下着だけはご勘弁を~~~~~!!」
ここにいないお嬢様へ精一杯の命乞いをしながら駆け出しました。
急げ私、自分が男であると自覚がある内に! 足を動かしてお嬢様の下へ向かうのです! 私の下着がメンズである内に! レディースになってしまう前に!
「…………まあ、あの様子じゃ多分間に合わないわね。押し付けられてしまったことだし、あの子が帰ってくるまで代わってあげるかしら」
・村時雨華炎
村雨焔がやむにやまれぬ事情で女装した姿。紐で結っていた髪を解いた姿は完全に女性そのもの。見た目だけで女装を見抜いた人物は誰もいない。
焔はこの姿でいる間、華炎になりきるために喋り方まで変えている。しかしこの状態は言わば擬似的な二重人格の状態であり……?
・性別 男の娘(書類上女性)
・年齢(書類上) 16歳
・血液型(書類上) O型
・誕生日(書類上) 12/16
・趣味 焔と同様
・苦手なもの 焔と同様
・家族構成(書類上) 父(行方不明) 母(行方不明)