プロローグ・ツヴァイ 現役JK(♂)
ガリトラ☆第二章――――ついに開演でございます!
ついに華炎ちゃんが女子校に放り込まれますので、ぜひお楽しみに!
昔、偉い人はこう言った。
――――『人生とは即ち、小説より遥かに奇なるものである』
つまりフィクションの世界よりも、現実の方がよっぽど突拍子のないことが起こりやすく、そして思いがけないことが掃いて捨てるほど存在するのだと。誰も予想だにしなかったタイミングで、誰も予想し得なかったことが起こるのだと。
例えば小説や漫画なら、物事には基本的に「フラグ」や「伏線」が敷かれている。面白いと言われる作品のほとんとは、そのようにして伏線などを徹底しているのである。物音がしてそれを確認しに行った者が死体で発見されたり、胸ポケットにペンダントをしまったらそれが銃弾を弾いたり、そういったものは定番中の定番なのではないだろうか。
しかし、それが現実であればどうだ? 伏線はあるか? 目に見えるところにフラグはあるのか?
この世の万物の事象――――つまり森羅万象において「因果」というシステムは、確かに確固たる存在をもって必ず機能している。
世界恐慌にも原因となる「因果」はある。
世界大戦にも『因果』はある。
恐竜の絶滅も、霊長類の繁栄にも「因果」はある。
解明はされていないが、宇宙と地球の誕生にだって「因果」はある。
しかし、それはあくまでも因果が『ある』ことが分かっている、というだけの話だ。因果は直接見ることはできない。因果となりうる「事象」を観測することはできても、概念的な存在を直接的に目にすることは不可能なのだから。故に、人間が見ることができるのは「原因」と「結果」の出来事だけ。この二つを結びつける「因果」は誰にも見えない。
世の中には紅茶を買おうとしたら巡り巡って戦争になってしまった、という前例すらある。一体誰がそんなことを予想できようか。
因果は人間には見えない。自分の何気ない行動が大惨事を招くかもしれない。あるいは誰かの日常的ルーティンワークのせいで、自分が大きな事件に巻き込まれるかもしれない。蝶が大陸で羽を動かしたら、回り回って地球の反対でハリケーンをおこすかもしれない。
当然こんなものはカオス理論だ。初期微動が異なるだけで大惨事をおこすかどうかなんて、真面目に議論するのも馬鹿らしい。
しかし、しかしだ。もしも本当に僅かな行動の差で結果が変わってくるとして、その行動の如何で今の現在が変わるのだとしたら。
……こんな「今」には、ならなかったのだろうか?
あるいは世界の運命力とやらが働き、どうあがいてもこうなることは避けられなかったのだろうか?
こんなバタフライ・エフェクトと同じくらい馬鹿らしい現状に、巻き込まれることもなかったのだろうか?
◇ ◇ ◇
「は、初めまして! この度【千晴峰女子学院】に転入することになりました」
初期微動が変わるとこんなことにならなかったのなら、僕にはしたいことが一つある。今すぐにでも過去へと飛んで、過去の僕を殴ってでも行動を変えさせて、そして未来を変えたい。
アニメみたいなことを言っているけど、実際はこの上なくどうでもいいことを言っている。
どうして僕は、よりによってこんなとんでもないところにいるのだろうか。
どうして僕はよりによってこんな運命を踏んだのか。
どうして見え見えな地雷に自ら引っ掛かりに行こうと思ったのか!
「得意なことは家事全般。好きなことはお料理です。あ、それと音楽にも興味があって、ボーイソプ……んっん! ソプラノとかもいけちゃいます!」
懐古的な建築様式と、最先端を行く建築様式の同居したちょっと特異な空間。慎ましくおしとやかな空気が辺りに充満していて、前いた学校との気圧差に呑まれてしまいそうだ。その中で席に座り、僕の話を静かに聞いている人たちだって全然違う。
前はもっとこう、転入生の挨拶にはガンガン言葉を投げ掛け、フレンドリーでフランクに接してる感じだった。しかしここでは皆が一様に僕の言葉に耳を傾け、ひたすら静かに次の言葉を待っていた。一人一人が高貴な立ち振舞いをしている。静かに、しかし存在感を放って。座っているだけなのに目が眩むような圧を感じる。これが生まれついてのお嬢様たち、ということか……
ええい、何を弱気になっているんだ僕! 十六夜お嬢様のお側に控える者がそんなんでどうする! こうなったらヤケクソだ! この境遇を呪いながらも開き直ってしまえ!
「今日からお世話になります。村時雨華炎です! よろしくお願いしますね!」
あああ、名乗ってしまった。やってしまったんだ……。僕は今日から村時雨華炎として多くの人に知られてしまうんだ……屋敷の中だけならまだよかったのに……まだよかったのに!
よりにもよってェ!
女子校にィ!
僕がァ!?
女子生徒としてェ!?
あろうことか転入して通うことになるだなんてェ!?
一体誰が想像できようものでしょうかァ!?
否! 断じて否!!
想像したことすらない! したくもなかったよ! こうして女子制服に身を包むことすら、ただコスプレさせられるときだけだと思っていたのにさぁ!
僕が……僕が……!!
女子校に通うなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
僕は笑顔の裏でこの状況を呪いつつ、どうしてこうなったのかを回想した。