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幕間の余興 スカーレット・メモリーズ

まず、お読みになって頂く前に一つご注意をば。


今回の話は本編ではなく、ストーリーにそこまで関係のないショートストーリーでございます。読まなくても今後の展開に支障はありませんので、飛ばしていただいても問題はありません。

そして、ここの執筆者である主の諸事情により、今回の話は適当に適当を重ね、しかも超手抜きでまともにチェックをしていないものになります。お読みになって不快に思うやもしれませんので、注意してお読みしてくださいませ。


それでは、華炎ちゃんのお話をどうぞ。




 これは今は遠き彼方の記憶。


 少年が抱かれていたぬくもりの残り香。

 偽りの安寧(あんねい)の中にあった本物の幸福。


 これはその断片(フラグメント)だ。







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







 夢を見ていながら、それが夢だと自覚している夢。夢であるのに五感がある夢。人間、誰しも一度はこんな夢をみることはないだろうか。こういうものを明晰夢めいせきむと言うらしい。

 明晰無とは大抵の場合、夢と自覚している故かコントロールが利くという。なんとも都合のいいことに、因果をねじ曲げて結果だけを見ることができるのだ。

 しかし、何でも都合の良いようには運べないのが世のことわり。僕が今見ているこの夢は、残念ながら手綱を握ることはできない。


 何故なら……――――






「あー! にぃーいーさーまー! 私のプリン食べちゃったでしょー!」

「え!? あれ紫炎のだったの!? ごめんね!?」

「あれ私が大切に取っておいた専門店の一級品だったんですからね!? 一か月前から予約してたのにー!」

「ご、ごめんって! それは本当に僕が悪かったよ! 全面的に非があることを認めます! 自力で同じものを二つ買うから許してください柴炎さま!」

「むー。ブラコンの私はここで許してしまうことも(やぶさ)じゃないんですけど……ええい、兄様! プリンの賠償を請求いたします!」

「ば、賠償かぁ……分かった。それで許してくれるなら喜んで。何がいいかな?」

「え? 今、何でもするって……?」

「そんなこと僕は一言たりとも言ってないからね?」

「チッ……」

「僕は時々紫炎が恐ろしく見えるよ……」

「まあいいです。じゃあ真面目な話をするといたしまして……兄様。紫炎のお願いを一つ、聞いていただけますね~?」

「うん。五つの難題とかじゃなければいいよ」

「え!? そそそそ、そんな! いけませんよお兄様! わたっ、(わたくし)たちは兄妹ですよ!? 結婚してほしいだなんてそんな……!! それは明らかに法律的にも道徳的にも常識的にもタブーですがむしろ当方とうほうからお願い申し上げたいくらいですぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

「…………五つの難題=結婚のための条件、って連想でプロポーズしたと考えたんだろうけど、僕はそういう意図で言ったわけじゃないからね?」

「はい!! それで子供は何人をお望みでしょうか!? (わたくし)の理想では男の子一人と女の子一人が欲しゅうございます! いえもし御所望なのでしたら一人ずつだなんてことは言わず何人だって構わないのですがそれでは普通の家だと手狭ですので(わたくし)が子供たちの人数合わせてその都度良さそうな物件をお探し致しますそしてあわよくば一緒に見学してブツブツブツブツ…………」

「うーん。早口すぎて何言ってるか分からないし、そもそも僕の話聞いてないみたいだね……」






 覚えている。とてもよく覚えている。

 あれは確か僕が小学校の六年生だったときのこと。そして一つ下の妹だった柴炎(しえん)が五年生のときのこと。まだ僕たちが『仲の良かった』兄妹の頃の、何気ない普通のやりとりだった筈だ。

 紫炎がこっそりとっておいたプリンをたまたま僕が発見してしまい、家事の練習の合間に糖分補給として食してしまったときの話。


 何気ない日々の一瞬の会話で。何物にも代えがたい尊い日常で。何一つとして不要でない生の糧で。何者にも邪魔されない団欒(だんらん)一貢(1ページ)で。


 ……でも、もう二度と戻ることのできないあの日の『記憶』だったんだ。



 ――――あれ、身体が思ったように動かない――――



 異変に気が付いたのはそのとき。足を組み直そうとしたときだ。

 ……足が動かなかった。


 組み直そうとした足がピクリとも動かず、重石か何かを乗せているのかと思うほど何も反応しなかったのである。足の筋肉に運動を指示するパルスが受容体にまで伝わらず……というより、そもそもパルスなる電気信号さえ放出されていないのではなかろうか。


 混乱して思考が逸れていく。自分でも何を言っているのか分からないくらいには錯乱中だ。そしてそんな僕を余所に……


 ()()()()()()()()


 そんなことを指示した覚えなど全くないのに、独りでに腕が動いていく。そのまま紫炎の頭へと伸ばし、紫がかった赤色の髪を撫ぜた。


 わしゃわしゃわしゃと。


 紫炎は犬のように頭をこすりつけ、もっととせがんでくる。


 そして僕は気付く。体と意思が不一致しているその原因に。



 ――――もしかしてこれ、『夢』だから?――――



 柴炎と楽し気に話す「()()()()()()」と。当事者ながら遠巻きに見ている「部外者の僕」がいた。


 そこで僕は気付いたんだ。


 これは夢なんだって。

 僕が作り出した幻。

 過去の記憶を夢として見ているのがこれ。


 過去の記憶を基にしているのだから、確かに干渉できるはずもない。足を動かすことができないのも当然だろう。その仮説に僕は妙に納得することができた。



 ――――夢。泡沫(うたかた)の一瞬に見た心地よい夢――――



 もう二度と触れることのできないかつての輝きを前にして――――僕は浸っていたいと思ってしまった。心(かよ)わせていた頃のあの日の幻影が、眩しく思えてしまった。浅ましくも愚かしくも、人とは輝きに吸い寄せられる生き物だ。虫と同じで火にも飛び込んでしまうくらいには吸い寄せられてしまう。


 ……恋しいと思った。家族と過ごしたあの日常を。こういう過ぎ去った過去をただただ懐かしむことを、ノスタルジーと言うのだったか。


 ……ごめんなさい十六夜さん。ちょっとだけ、明日は寝坊してしまうかもしれません。必ず目を覚まします。朝を迎えます。絶対にお側を離れません。

 だからお願いします。どうか僕に、この夢を見続けることをお許しください……



「兄様~。ゴロゴロゴロ~」

「よーしよし。大きなワンコだなぁ」

「む、兄様訂正をお願いします。そこは可愛いと言ってくれなきゃダメです!」

「はいはいごめんね。可愛い可愛い」

「くぅ~ん♪」

「あはは、紫炎は甘えん坊なんだから」

「いけない兄様? 兄様の前では(わたし)など愛玩動物とさほど変わらないのですよ~だ。だって兄様が魅力的なんだから!」



 さっきから変わらず、撫でることを求め続ける紫炎。夢の中の僕が言った通り、その姿はまさしく犬のようだった。実際に犬を飼ったことがないから分からないけど、多分本物もこんなかんじなんだろうなと思ったり思わなかったり。



「それで紫炎? このままずぅーっと撫でてアピールしてたら、僕はそれを『お願い』って解釈しちゃうよ~?」

「はっ! それはいけない! 兄様。なでなではともかく、私にはきちっとしたお願いがあるのです! いいですかっ!? 心して聞いてください!」



 指摘されて緩みまくった顔を引き締め直す紫炎。こう、ゆるゆるからシャキッと一瞬で戻る辺り、表情筋の使い方が巧いなぁ。メリハリがあるというか、見てて気持ちいい代わり具合だ。言ったら怒られそうだから、そのときの僕は何も言わなかったけど。



「うん。言ってごらん」

「兄様! この紫炎めに膝枕をしてくださいませ!」

「膝枕? それならいいよ」



 そう言ってソファーに深く座り直し、膝をポンポンと叩く。


 あっ。ちなみにこれは「僕」がやってるんじゃなくて、夢の中の――――つまり、過去の僕がやってることだからね。お間違えのなさいませんよう。

 そして僕の――――便宜上過去の僕を「焔」と呼ぶが――――膝の上へ、待ってましたと言わんばかりに紫炎が飛び乗ってきた。



「わぁい! にーさまにダーイブ!!」

「わっ!」



 しかし膝の上に頭を乗せることはなく、紫炎は何故か焔の膝に跨がるように覆い被さったのだった。

 あ、こら。スカート履いたままそんなに足を広げちゃいけません! 女の子なんだからそういうところ気を付けないと!



「こら紫炎。そんな格好しちゃだめでしょ」

「うぐっ。色仕掛けが効かないとは…………そういうところも素敵だな~と思いつつ、はい仰せのままにお降りします」



 同じ事を思ったのか焔も同様に注意をする。小学校六年生でもやっぱり僕は僕ということかな。いや逆に進歩がないということ……? ううん、考えないようにしよう。



「はい、いらっしゃい。僕の膝は空いてるよ」

「では今度こそ失礼して……ごろーん」



 ぽてり、と紫炎が焔の膝を枕にして横になる。仰向けになっていて、可愛らしい顔がこちらを見上げていた。目にかかっている前髪を払い退けてやり、優しく頭を撫ぜる。紫炎は目を細めながら「わふぅ……」と声を漏らすのだった。


 

「気持ちいい? 気分が悪くなったら遠慮せずに言ってね?」

「とんでもない! 兄様のお膝が気持ち悪いだなんて、例え天地がひっくり返っても思うことはありませぬ! 兄様の膝は天国のような心地よさだよ~」

「うーん。生物学的に男性の膝は筋肉質で、女性の方が柔らかくて気持ちいいはずなんだけどなぁ……」

「そんなこと言ったって兄様見た目女の子と変わらないじゃん」

「グサッ」



 何気ない一言が幼き日の僕を傷つけた。


 このときの僕って女の子みたいな見た目は第二次性徴を迎えてないから、と思ってたんだよね。確かにこのぐらいの年だと女の子っぽい男の子って割とよくいるし。……まあ、僕はその中でも特に女の子ぽかったと言われればお終いだけどさ……

 そしてごめんなさい過去の僕。僕は第二次性徴を迎えて高校生になってもこんな見た目でした……



「まあ筋肉質だろうが、ふわふわだろうが私はいいんですよ。一番大事なのは兄様のお膝という一点のみなんだから。それがあれば私は十分ですかなー」

「ふ、ふーん。紫炎も物好きだね」

「だってブラコンだし」

「……それをおくびにも出さず言える図太さは将来役に立つね」



 妹のメンタルは鋼の如し……。それを真顔で言えるところ、お兄ちゃんは評価してます。いい意味で。

 そして膝枕をしたまま繰り広げられる他愛もない雑談。



「柴炎、今日の夕ご飯は何がいいと思う?」

「妹的には兄様のお料理だったら正直なんでもよかったり」

「嬉しいけど一番困るんだよねぇそれ……」

「じゃあマグロのお寿司プリーズ」

「……魚が無いからかっぱとお稲荷さんとかになるけどいいかな?」

「一切魚が無いお寿司とか、お寿司としてカウントしたくねーです」

「贅沢者め」



 とか。



「今朝やってた『魔法症状(まほうしょうじょう)リリカル☆パラノイア』録画してくれました?」

「え? そんなこと頼まれてないよ?」

「しまったそうだった!」

「あ、でも『ロンディニウムの薔薇』の再放送は録画してるね」


「……何故にそんな昔の少女漫画が……」


「お母さんじゃないかな……」


「確かにあの人ならやりかねない……」



 とか



「兄様ちゅーしてちゅー」


「えー……」


「うわそれ妹として女として傷つく反応」


「いや、そうは言っても兄妹だし」


「しーてー! にーさまちゅーしてー!」


「……ていっ」


「あだっ! 何もデコピンしなくてもいいじゃないですかぁ~……」



 だとか。

 取るに足りない些細な話をしていた。


 でも、それでも僕にとっては大切な記憶で……もう手の届かない場所にある宝物のようなものだ。

 くだらない話でも要らない記憶じゃない。楽しくない話でも不要な記憶じゃない。

 全部、全部、僕を支える大切な記憶たちなんだ。



「柴炎」


「何ですか兄様?」


「今は幸せ?」


「――――はい。私は幸せです」



 こうやって笑いあった記憶が、何よりも大切だと思える。

 もう触れることができないから。

 日常が何よりも尊いと知ったから。



「柴炎」


「はい」


「――――大好きだよ」


「それが果たして家族的な意味か、異性的な意味なのかは気になるところですが……まあうん。私も兄様が――――大好きです」



 …………だから、この夢を抱いて僕は朝を迎えなきゃいけない。


 淡い夢の中から起き上がらないといけない。

 待っててくれる人がいるから……待っている人に、尽くさなきゃいけないから。


 さあ、そろそろ起きよう。

 正しい現実への起床を果たそう。

 おやすみ過去の世界。おはよう今日の朝。

 僕は、村雨焔は、村時雨華炎として頑張ってみるよ。

 もう二度とあの日みたいに笑い合うことはできないかもしれないけど、僕は幸せです。仕えたい人がいるから、身を捧げたい人がいるから、幸せです。



 ――――意識が、深い水底から浮上していった――――





 ――――大好きだからね。柴炎――――


 




◇     ◇     ◇






 ――――ピ、ピ、ピ、ピ。

 ――――ピ、ピ、ピ――――がちゃ。



 規則正しく鳴るアラーム。機械的な電子音。そしてその鳴き声をシャットアウトさせる一連の動作。

 鶏の声よりも効果のある朝の合図で、僕は目を覚ました。



「んぁ……」



 寝ぼけた目をこすりながら、ゆっくりとベッドから体を起こす。のそりと、非常に緩慢な動作で・

 ぼさぼさになった赤色の髪が目に入り、それで本格的に目が覚めた。

 


「……うん? なんか、すごく大切な……心地よい夢を見てた気がする」



 何だったっけ?

 どれだけ首を傾げても、どうしても思い出すことができない。

 ただ漠然と『懐かしい』という感覚と、『幸せ』という感情だけが彗星の尾のように残されている。



「……思い出せないなら、割かしどうでもい夢だったって話でしょ。うん」



 きっとそうに違いない。それでハッピーエンドなファイナルアンサーだ。


 なんとなくモヤッとする心情にそんな結論を叩きつけ、僕はそれ以上考えないようにするのだった。

 分からないことにいつまでも悩んでたって仕方ないんだから、今はこれからのことを考えよう。その方が建設的だし。

 さーて、今日はなんの仕事だったかな~。


 洗面台に立ち、歯を磨いて、顔を洗う。(不幸なことに手慣れてしまった)化粧をし、寝ぐせのついた髪を整えて……



「よし。今日もやる気、那由多パーセントです!」



 パーフェクトメイド・付き人見習いの村時雨華炎の出来上がり!

 お決まりの自己暗示系ギャグもやったことだし、メイド服に着替えて仕事をしよう。実はちょっと起きるのが遅かったから、遅刻しないようにしなくちゃ。

 はい、早く着替えましょ~!






 …………ああでもどうしてかな。何故だが、無性に誰かを膝枕してあげたい気分だなぁ。



 鏡に映る僕の髪が、一瞬だけ紫がかった色になったのは気のせいだと思う。



ここで、『ガリトラ☆』をお読みになってくださる親愛なる読者の皆様にご報告が。


執筆者の主は『ガリトラ☆』を投稿する上で、プロローグを投稿する前よりストックを書き溜めておいででした。

しかし、ここ最近のリアル事情を優先していたためか執筆が疎かになり、ついにストックが底を着きました。


はい、デュ○マで言えばシールドが全部ブレイクされてしまった状況ですね。大ピンチです。


それ故に、間幕の章はあと一話の投稿を予定していたのですが、それを取りやめて次回からは文字量を減らした本編第二章の投稿を考えているとのことです。申し訳ありません。


しかし第二章からはついに、ついに華炎ちゃんが女子校へと潜入することになりますので、どうぞ期待しない程度にお待ちくださいませ。


それでは次章の『豊葛と女子学院』にてお会いしましょう。

これにて本当に一章は閉幕でございます。

御読了、ありがとうございました!

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