幕間の余興 鬼灯の姉妹
前回の後書きの通り、今回は第二章ではなく番外編の外伝短編となります。
「さっさと華炎ちゃんを女子校にぶちこめゴルァ!」という方は申し訳ありませんが、いましばらくお待ちくださいませ。
今回は12話にてチラと登場した鬼灯姉妹との出会いを描いた短編です。
華炎ちゃん初のサービスシーン(?)ですので、悶える姿を想像しながらお読みいただければ幸いです
……それは、本当に突然のことでした。
村時雨華炎として二回目のメイド試験を受けた後、手持無沙汰になっていた私は屋敷の中の廊下を歩いていました。私の合否は十六夜さんとセレンさんの協議によって決められるとのことだそうです。話し合いで決まるものなんでしょうか……?
なんて思いながら広い屋敷をぶらぶらしていたそのときのことです! 私はいきなり何者かに腕を掴まれてしまい、その人物に引っ張られるがままにどこかの部屋へと連行されてしまいました。
そして訳も分からぬまま豪奢な長テーブルの主賓席に座らされると、大喝采の洗礼を浴びたのです。ちなみにこれら僅か三十秒ぐらいの出来事。
そんなことがあって、私の目前には異様な光景が広がっていました。
「では、我らの新たなる同志の来訪を祝し、この月光館のメイドの皆で――――乾杯っ!」
「「「「「かんぱーーーーーーーい!!」」」」」
パン! パン! パン!
「…………はい? え、ええ? ええぇぇぇぇぇ……?」
そう。それが今私の置かれている現状です。つまりどういうことか? 自分で説明しておいてなんですか、私にも訳が分かりませんでした。
そんな(恐らく)主賓である私の都合など明後日の方向に投げ捨てて、そこにいた二十人近い人たちはめいめいに騒ぎ始めます。
「ヒャッハー! ついに新入りが来たぁぁぁ! また妹が増えたぁぁぁ!」
「最近お嬢様が全然スカウトしてくれなかったから新鮮味がなかったのよ! これでまた心機一転で頑張れるわ!」
「やったー! ウチももう先輩なんやね! よろしゅうな後輩ちゃん!」
「アルコール類はないが、代わりにメイド長から炭酸飲料かっぱらってきたぞ! あたしに感謝するんだな、がっはっは!」
「おい新入りぃ! おめーポーカーできるかぁ!? 頭数足んねぇからお前も入れ!」
私の聴覚で喧騒の中から聞き取れた言葉はこれだけでしたが、本当はもっとたくさんの人たちが何か言っていらっしゃいます。中には言葉として意味を成さない叫び声を上げる人もいました。
「…………なにこのカオス空間」
それが私の嘘偽りないストレートな心境でした。
――――クラッカーの色紙が虚しく私の頭に落ちてきます。
「……いや、本当に何ですかコレ……」
私の問いに答えてくれる人は誰一人としていませんでした。
―――――――――――――――――――――――
トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!
―――――――――――――――――――――――
ズズズ……
気を落ち着けるために熱いお茶を飲み、一息吐いてから結論を纏めます。
「ふぅ……成程。要するに、これは私の歓迎パーティーということだったのですね」
「うん。そういうことになるのかなぁ。ごめんね、新しい人が来るってなったら、先輩たちが大騒ぎしちゃってこんなことに……」
「いえいえ、鬼灯さんが気に病むことはありませんよ。そうと知れば、こうして歓迎してくれたのはむしろ嬉しく思います」
「そう言ってくれると助かりますよ~」
そう言って鬼灯さんは可愛らしく顔を綻ばせました。かわいい。これは癒し系です。癒し系の笑みです。ああ、どんちゃん騒ぎでささくれ立った心が洗われます……
「しかし……相変わらずキレのある冴えた動きだったなぁセレンさん……」
私は熱い湯のみをテーブルに置き、部屋の隅で纏められた人の山に目をやりました。ゴミの如く無造作に積まれた彼女たちは、誰も彼も皆一様に気絶しています。あれが全てついさっきまで騒いでいたと人たちなのかと思うと、先程までのカオス感が再び湧き上がってくるかのようでした。
「あ、あははは……」
……いや、しかしこれはあれだ。話が急展開すぎる。僅か三十分でいろんなことがあり過ぎたせいで頭がパンクしそう。ここは一度整理すべきですね。
私は物事の順を追って起きたことを回想します。
そもそもの話ですが、どうやら私は『歓迎パーティー』なるものを受けていたようです。あの場にいたのはこの屋敷で働く全てのメイドさんでした。私はまだ試験を受けたばかりどころかそもそも内定すらしていないのですが、メイドさん方は私の情報を全員で共有し、新しき後輩を皆で迎えてやろうと思ったそうです。
その点だけ聞けばとても暖かい職場だなぁ~という認識で済みましたが、いつの間にかパーティーは私をほったらかしにして狂気渦巻く狂宴となり、本人たちが好きなようにバカ騒ぎするお祭りへとエスカレーションしていったのでした。
……もしかすると、あそこで山と化した方たちは純粋に騒ぎたかっただけなのでは? と邪推しております。状況から見てその確率は高そうです。
そして大声が屋敷中に響き渡るまでになったとき、その狂騒をぶち壊しにやって来た刺客が現われました。そう、それが彼女たちを仕切って取り纏めるセレンさんです。我らがメイド長です。セレンさんは素早く騒いでいたメイドさんたちを片っ端から蹴り倒し、米俵のように部屋の隅に積み上げたのでした。
それでブチのめされなかった生き残りが、私とこの鬼灯さんということです。
その後セレンさんは私たちに同情の目を向け、それっきり何もせずに立ち去っていきました。恐らく十六夜さんとの話し合いに戻ったのでしょう。お疲れさまです。
……そうです。そんな一幕があったのでした。
記憶を整理し終えて、もう一度お茶を口に含みます。――――腐っても一流メイドたちの巣窟。その美味しさは流石と言う他ありません。淹れた本人たちはあれですが。
ほうっと一息つけるいいお茶なのに……
「はわぁ~……村時雨さんがそういう仕草をすると絵になりますね~」
「え?」
すると、鬼灯さんがこんなことを言います。
「だって村時雨さん見た目がいいから、何やっても美人さんに見えるっていうか。纏ってる雰囲気がそれっぽいというか……」
「……美人……」
男なんだけどなぁ……悲しいなぁ……
「あ、あれ? もしかしてなんか気に障ること言ってしまいました!?」
「そ、そんなことないですよ。あはは……」
乾いた声がなんとも虚しい……
「あ、そうだ!」
そんな空気を打ち破ろうと、鬼灯さんが努めて明るく言いました。
「村時雨さんのこと、下の名前で呼んでもいいですか?」
「下の名前?」
「はい! 折角同僚になるんだから仲良くしましょう、ということで!」
「……なるほど」
そうか。これが聞き及ぶ女の子文化の一つ、『下の名前で呼び合う』というものですか。うん……何度も言うけど男なんだけどね、私。
鬼灯さんは性別を偽ってるだなんて微塵も思ってないだろうから言えるのでしょうけど、私男なんだよね。
……そんなに私は女性に見えますか。そんなに女装が似合っていますか。
喜べばいいのか嘆けばいいのかとても複雑です。
「……分かりました。私のことは華炎と呼んでください」
「やった! じゃあ華炎さんも、私を上弦って呼んでくださいね!」
「かみつる?」
あまり聞いたことのない名前でしたので、どういう変換をすればいいのかわかりません。すると、鬼灯さんは親切にも教えてくださいました。
「上手の上に、弦楽器の弦ですよ」
「ああそうか、それで上弦ですか。いい名前ですね」
「えへへ。ありがとうございます」
本当にいいお名前だと思います。『上弦の月』を連想させる、風情ある名前ではないでしょうか。とても素敵な名前だ。
「上弦さんはこのお屋敷に来てどのくらいなのでしょうか?」
「いやー、全然新人ですよ。ほんの数か月前に入った程度の差ですから、華炎さんと同じようなものです。だから先輩後輩関係なく仲良くしましょう!」
「ええ。これからよろしくお願いしますね。上弦さん」
ほんの数十分程度の面識ですが、上弦さんはとてもいいお方です。人当たりのよさとか、コミュニケーション能力も高いですし、何よりも笑顔の素敵な方です。朗らかな笑みをいつも浮かべてる様は、まるでひまわりのよう。
見た目も十六夜さんが選んだ以上お綺麗ですし、それを嫌味に感じさせない人徳と言いましょうか、纏っている雰囲気が陽気のようにポカポカしている人だと思いました。
鬼灯上弦さん……そうですね。人間的にとても好きな人ですね。Likeという意味で。
とても対人間スキルが高そうな人みたいですが、もしかすると接客を担当するメイドさんなのかもしれません。上弦さんは気遣い上手でもありますから、まさに適任と言えるでしょう。
だなんて思っていたその時です。
不意に背もたれの背後で物音が聞こえました。ごそごそっと、布が擦れるような……まるで誰かが真後ろにいるかのような。
「え……? 誰かが?」
その音の意味に気が付いた次の瞬間、私は背後から延びてきた第三者の腕に捉えられてしまいました。それを防ぐことも、逃れることもできず私はその人物に……
むにゅむにゅ。
「ふぁ?」
むにゅむにゅ? 何今の効果音は……?
そう思って音の出所を探ると、すぐにそれが何か分かりました。というか、無理矢理にでも分からされました。
むにゅむにゅ。
「ひゃん!」
椅子の後ろから伸びた腕は私の胴体をきっちりと固定しつつ、ついでと言わんばかりに、
「あぅん! む……胸を触るなあ~~~~!! ひいあっ」
私のぺったんこな胸を、まさぐるようにいじり回していました。
「ちょ、なんでっ、こんな……やめ、て……!」
「やめない……なの」
予想外なことに聞こえてきた声は幼く、そして遥かに高いトーンでした。てっきり男かと思っていましたが、どうやら違う様子。セクハラを現在進行形でされている訳ですが、なんとか押し寄せる快感を振り払いながら後ろに目を向けます。
そこにいたのは……
「ドーモ。美少女=サン。美少女=です」
アイエエエ!? メイドさん!? メイドさんナンデ!?
私の胸を触っていたのは、メイド服に身を包んだ紛うことなきこの屋敷のメイドさんだったのです。そんな、さっきまであの山の中で仲良くお休みしていたんじゃ……!
予想外な人物による犯行のショックを受けて動けなかった私をよそに、そのメイドさんは手を休めることなく胸をまさぐり続けました。
「はぅ! お願いぃ……やめてぇ……」
「ふへへへ、ここか? ここがええんか? ……なの」
「よくなっ、よくないですっ! あっ、んっ!」
や、やばい……! 色んな意味でヤバい!
このままずっと胸を触られていたら、女性として不自然な感触に気付かれて女装がバレてしまうかもしれません! あと、なんか変なことに目覚めちゃいそうですっ! 嫌ですよ男なのに胸触られて悦ぶとか!!
「体は正直……なの。ここをこうすれば……」
「あ、やめ……!」
メイドさんがブラウスのボタンに手をかけ、私の胸をはだけさせようとします。
うわぁぁぁぁぁ! やめてとめておねがいだからそんなことしないでぇぇぇぇぇぇ!!! 女装がばれちゃうのぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!
「こおおおおらああああああ!!! いい加減にしなさい下弦ちゃん~~~~!!!」
「ひでぶっ」
と、そこへ上弦さんが助け船を出してくれました。胸をまさぐっていたメイドさんを思いっきりブッ叩いて私から引き離させます。
メイドさんはきりもみしながら宙を舞い、どちゃりと地面にキスをして落着しました。痛そう。
「あ……ありがとうございました、上弦さん……」
「い、いえいえ! 気にしないでくださいよ! ……喘ぐ華炎さんに見とれて助けにいけなかったなんて言えない……」
「え? あの、今何か……」
「いやー! もう姉ながら妹には困ったものですねー! あっはっは!」
いや、何か凄く不吉なことを仰っていましたよね? 上手くは聞き取れませんでしたけど、私ちょっと聞いちゃいましたからね?
……うん? 妹?
「妹? さっきたしか『しもつるちゃん』って言ってましたけど……もしかして」
「ざっつらーいと……なの」
「うわぁぁぁぁ! で、出たぁぁぁぁぁ!」
いつの間にか起き上がっていた『しもつる』という人が、私のすぐ横に立っていました。また何かされるのではと思い、すぐに距離を取ります。
「こら! 初対面の人にそんなことしちゃいけないって、何度言ったら分かるの!」
「品がないのは分かってる。えっちぃのを他人にするのは良くないって分かってる……でも、この内から溢れ出すエロスは押さえられない……! なの」
「ヒエッ……」
へ、変態だーー! (´;◇;`)
やべー、私まだ二十年も生きてませんけども、ここまでランクの高い変態には会ったことがありません!
「ああもう下弦ちゃんは……!」
助けて上弦さん……
「ええっとまあ第一印象が最悪でしたけども、この子は鬼灯下弦ちゃん。私の妹です」
「ぴーすぴーす。下ネタの下弦とは私のことだ……なの」
「えっと……村時雨華炎と申します」
「うむ。私のことは名前で呼ぶといい……なの。お姉ちゃんとごっちゃになるといけない……なの」
同じ姉妹なのにこうも性格が真反対になるものなんですね。それに、身長差も歴然としてます。上弦さんが私と同じくらいで、下弦さんは幼児体型というか、とてもちっちゃいです。双子なのに……似てないです。
……と思いましたけど、顔立ちは結構似ていらっしゃいました。確かにそこを見れば姉妹と頷くことができます。髪の色も同じ茶色ですし。
「ちなみに自他共に認める脳内ピンク……なの」
……………………
「あの、上弦さん。脳内ピンクって何のことですか?」
普段あまり耳にしない言葉に首を傾げ、私は上弦さんに教えてもらおうと思いました。しかし、そうやって尋ねた上弦さんは顔を赤くしながら、
「さ、さぁ~? 何でしょうね~? いやー、下弦ちゃんは変な日本語を覚えちゃいますから、きっと適当な言葉なんじゃないですか~?」
と、言います。
うーん、なんかおかしな感じでしたが、知らないのなら仕方ありません。上弦さんの言う通り間違った日本語として認識しましょう。
「うわ、この人本物の天然……超純粋な培養されたモノホンのピュア娘……なの」
「しーっ! 余計なこと言わないの下弦ちゃん!」
「……姉みたいにピュアな振りしてるニセモノとは違う……なの」
「下弦ちゃん!!!」
ええと……何やら喧嘩(?)している様子ですが、どことなく上弦さんがいじくられているみたいですね。
ふむ。姉妹喧嘩というかじゃれあいでは、下弦さんの方がこういう風に姉で遊ぶんですか。なんとなく二人の関係が見えてきました。やっぱりとても仲のいい姉妹みたいですね。妹さんの方がやんちゃなのが珠に傷ですが。
「……ふふっ。お二人とも、よろしくお願いしますね」
これから先、この二人となら上手くやっていけるような気がしました。
窓の外に昇る満月を見上げて、私はそう思うのでした。
鬼灯姉妹の短編はこれで終了ですが、まだ幕間の章は続きます。しばしの間お付き合いくださいな