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トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!  作者: 利中たたろー
第一章 村時雨華炎のメイド試験
14/85

#12 ようこそ新人メイド

十六夜「ふっふっふっふ……どれが似合うかしらねぇ~……」


屋敷のどこかにある秘密のクローゼット。

主たる豊葛十六夜は特徴的な衣装たちの間で不気味な声を漏らしながら、それを『ある人物』に着せた姿を想像し、愉悦に口端を歪めるのであった。


さて、彼女が着せるのを想像した相手とは誰だろうか……




 例えばそこに水槽があったとする。大きさはどれくらいだっていい。とにかく世間一般的な水槽をイメージしてくれれば十分。手軽に扱えるだけの水槽とかの方が想像しやすいと思う。

 そしてその水槽の中には数匹の金魚がいて、どれも病気は持ってないし傷も無い。金魚たちはすこぶる元気だ。

 さて、そんな金魚たちを飼育するにあたって一つ重要なことがある。彼らの健康上水槽の中の水は定期的に換えてあげないといけないのだが、いっぺんに全部の水を交換してはならないのである。バクテリアが死滅してしまって云々。水質が変わってしまってかんぬん。ついでに環境変化がうんたらかんたらでストレスマッハ。

 とどのつまり。急になんでもかんでも新しくしてしまうとかえって良くないのだ。

 魚も動物も人間も、いきなり今までの環境と違うところへ放り込んだら大変なことになってしまうのである。産業革命しかり。明治維新しかり。それが良いことばかりではないのは歴史も証明しているのだから。


 さあ。そこで問題です。

 今までごく普通の男子学生として生活していた男の子が、突然使用人の女の子として過ごさなくてはならなくなったとき、その男の子はどうなるでしょうか? 果たして、スーパーストレスフルな環境で無事に生き延びられるのか!?






◇     ◇     ◇






「無理に決まってんでしょこんなクソゲー以下の状況!!」



 吠えた。

 防音処置のされた部屋の中で狼のように吠えた。



「確かに僕はこうなることを受け入れたよ! 僕自身がこうしたいって思ったよ! 十六夜さんのためにって思って女装したよ!」



 しかしいくらなんでもあんまりじゃないか!?

 そう吠えずにはいられなかった。そうでもしなければこっちの気がおかしくなりそうだった。

 環境が劇的ビフォーアフターしたせいでストレスは極限にまで蓄積。これ以上溜め込もうものなら胃から吐血してぶっ倒れる自信がある。というかもうお腹が痛すぎて胃腸薬が手放せない。

 労働には心労が付き物だが、だからといってこれほどまで胃に悪い仕事はそうないだろう。そんな確信が僕にはあった。



「お腹キリキリするよぅ……髪が痛んじゃうよぅ……」



 相談できる相手は今の僕に二人だけ。しかもその人たちとは立場上気軽に会うことができず、しかも逆効果になる可能性が高い。ついこの間まで人生ノーマルモードだったのに、今はベリーハード並みの厳しさだ……フ○ム製のマゾゲーかな?



「ううう……僕が選んで、結果的にこうなったのは百も承知だよ。自己責任の自業自得なのは分かってるよ。でも……でも!」



 僕は防音室に置かれた姿見の前に立ち、改めて僕の姿を見てみた。



「……僕、男の子なのに……」



 流石にミニスカメイド服って酷くない?







―――――――――――――――――――――――


  トラップ☆トラップ☆ガーリートラップ!


―――――――――――――――――――――――







「ふう……今日も一日やる気那由多パーセントです!」



 はい、こんにちは。

 村雨焔からモードチェンジした村時雨華炎です。先程から引き続いてお腹が痛みますが、私は元気です。元気ったら元気なんです。

 さて、最近は春の訪れが近付き、桜が少しずつ蕾を膨らませいるのが見られるようになりました。反対に梅の花はもう間もなく見頃を終えるでしょう。私もお庭の花たちが咲き誇るのをとても心待にしています。先輩たちのお話によると、毎年綺麗な庭景色を見ることができるそうなので、私もとても楽しみにしています。


 ……はい?

 なぜナチュラルにメイド服着てて、しかもメイドさんたちに混ざっているのかって?



 ……………………



 いや、あのっ。これは別に女装趣味ではなくてですね!? 仕事服ですから! イッツ、ワーキングクローゼッツ!


 え? 何の仕事?

 あ、そういえばそもそもの話をしてませんでした。



 えー、こほん。

 この度、わたくし村時雨華炎は無事十六夜さんの下でメイドとして就職することが決定致しましたー! 実は既に試験から三日くらい経ってて、今はメイド業をこなしている状況なのです。

 私は現在進行形でバリバリのキャリーウーマンなんですね。本当は男なのに。


 そういうことがあって、私はこうしてメイド服に身を包んで名実共にメイドになったのです。本当は男なのに。

 ちなみにメイドの語源は淑女を意味する【メイデン】だそうです。本当は男なのに。

 つまり私は完璧な淑女(パーフェクトメイド)を目指しているんです。本当は男なのに。

 ああ、春の陽気が身に染みます。本当は男なのに。



「さて……そろそろ働かなきゃなぁ」



 そんな悲観もそこそこに、そろそろメイドらしくお仕事の時間です。働かざる者食うべからず。レッツワーキングです!



「あ、華炎さんだー! おはようございます!」



 労働への意欲を奮起させたしかしその直後、廊下の向こう側からこの屋敷のメイド服に身を包んだ二人の女性がやって来ました。その姿に見覚えがあって、彼女たちの名前を呼んで挨拶を返します。



「あ、おはようございます上弦(かみつる)さん」



 二人組の内、背の高くて活発な方が鬼灯上弦(ほおずきかみつる)さん。丁寧な言葉遣いと元気さの同居したとても朗らかな方です。私も彼女と接していると、意識しなくても笑顔を浮かべることができます。



「……いつも思うがなぜコスプレ風ミニスカメイド服……なの」



 そして片割れのもう一人。背のちっちゃくて大人しそうに見える方が妹の鬼灯下弦(ほおずきしもつる)さん。独特な喋り方をしていて、それとちょっとだけ毒舌な『一緒にいて愉快』な人です。



「あ、あはは……下弦(しもつる)さんも、おはようございます」

「ん……おはよう……なの」



 お二人は見ての通り血の繋がった姉妹で、性格も体格も真逆の家族でいらっしゃいます。でも顔立ちはよく似ていますから、それを見れば姉妹だと納得できるでしょう。二人ともとても可愛らしいお顔をしています。男の私では真似できない美しさをお持ちで……



「華炎さんは今日もとっても美しいです!」

「ちょっと癪だけど可愛くて可憐なのは認める……なの」

「Oh……」



 嘘だぁ……なんで私がそんな判定受けるんですか……?

 本物の女性に可愛いと褒められた事実に、思わず膝を突いてしまいます。

 


「あ、あれ? 華炎さん!? ねえ下弦ちゃん、私失礼なこと言ったかな……?」

「お姉ちゃんは何も悪くない……なの。この女がまた謎のブルースイッチを勝手に踏んだだけ……なの」



 うん……悪くないよ。上弦さんは何にも悪くないんだよ。本当は男なのにとか、上弦さんたちが悪くないところで勝手に落ち込んでるだけなんです……ただ、男性としてのアイデンティティがズタボロになってるというだけのことですから……

 ……あまり朝っぱらからこんな落ち込んでいたら、お二人に申し訳ありません。私は早々に起き上がり、ちょっとだけ世間話をして空気を戻そうと考えました。



「ところで、今日はお二人ともどうされるのですか?」

「私? 今日は定期研修がありますから、座学と試験くらいかなぁ」

「ん、私はいつも通りの業務。ローテーションを組んだ通りに清掃をしつつ、担当の美術品のお手入れ……なの」



 話に聞くところによると、上弦さんと下弦さんは私よりも数ヶ月前にやってきた新人メイドさんのようで、上弦さんのように定期的にある研修を受けることがよくあるそうです。流石は十六夜さんとセレンさん。新人教育にも抜かりない。


 下弦さんは清掃担当のメイドさんですが、そこは月光館クオリティ。勿論のことただ掃除できるメイドさんではなく、ちゃんとした特技をお持ちになっています。なんと、大体全ての美術品を取り扱えるんだとか。流石に修繕修復は難しいそうですが、ほぼ全ての美術品のお手入れができる人はそうそうおらず、下弦さんは大変貴重な人材なんです。

 ちなみに上弦さんの本業は接客だそうで、そっちのチームでは期待の星とされているとか。将来が楽しみですね。

 


「いやー結構大変なんですよね研修って。先輩方は厳しいから、いっつも合格点中々頂けなくて……」

「へ~……ふふ。期待されていますね」

「うむ。お姉ちゃんはとても伸び代がある……なの。妹も期待してる……なの」

「そ、そうなのかなぁ……?」



 私と下弦さんに誉められて顔を赤くする上弦さん。そういう謙虚なところも好印象です。裏表がないと言いますか、純朴でピュアなところが男女性別関係なく人間的に好きです。Like(好ましい)という意味で。



「おっと、少し話し込んでしまいましたね。そろそろお仕事に戻りましょうか」

「そ、そうですね! 行こっか下弦ちゃん!」

「これ幸いとばかりに逃げるお姉ちゃん……なの」

「い、いいから! ほら行くよ!」

「ん、また後で……なの」

「はい。また後で~」



 上弦さんは、下弦さんの手を引いて廊下の角を曲がっていきましす。下弦さんはどことなくいいおもちゃを見るかのような目をしていらっしゃいましたが、この後姉いじりのネタにされるのでしょうか……

 まぁ見ての通り仲のいい姉妹ですから、喧嘩はしないでしょう。あまり心配することもありませんね。



「……姉妹、か」



 誰もいない廊下で、一人私は呟きました。



「紫炎……」



 今となってはただ一人の肉親。血の繋がった妹。あの子はとてもお父さんとお母さんを慕っていたから、さぞ辛いことだろう。


 ……どうして、僕は紫炎の隣にいることができないんだ。一番辛い妹に寄り添ってあげたいのに……



「……やめよう。今考えたって仕方ない」



 今の僕は十六夜さんに仕える一介のメイドだ。きっと親戚の人たちも紫炎に手を貸してくれているはずだから、今は自分のことに集中しなきゃ。



「あ、いけない。口調が戻っていました」



 慌てて村時雨華炎の口調に戻して、誰も聞かなかったことを確認するとほっと一息ついて胸を撫で下ろします。

 こういったところで無意識に戻ってしまう辺り、私もまだまだですね。精進せねば……いや、それが本来男として正しいのですけれど、今は状況が状況ですから。バレるわけにもいかないので、これは不可抗力です。はい。



「うん……早く仕事しよう」



 既に何度目かも分からない台詞を吐きつつ、私は自身の持ち場へと行くのでした。







 ◇     ◇     ◇







「セレンさーん。おはようございます! ……あいたっ」

「月詠メイド長と呼びなさい。敬称をつけるのはいいけれど、下の名前で呼ぶのはメイドとしてナンセンスよ」

「す、すみませんセレ……月詠メイド長」

「しっかり定着させるように……おはよう華炎」



 鬼灯姉妹のお二人と別れた後、私は急いでセレンさんのところへ向かいました。どうしてそこでメイド長が出てくるのか、ですか?

 それがちょっと複雑な事情がありまして……



「かねてから話していた通り今日は研修を終えて、ついにあなたをお嬢様のところへ行かせるわ」

「はい。承知しております」



 私が勤めることになった役職はお嬢様……つまり十六夜さんのお側にいて、身の回りのお世話などをする【付き人】というものになります。要は侍女なのです、私の役回りは。



「言っておくけど、お嬢様は新人だからなんて言い訳には耳を貸さないわよ」



 当然ながらお嬢様に一番近い場所に控えることになった私は、セレンさんからこの数日間の内に徹底的にメイド教育を受けました。言ってしまえば上弦さんの受けているような研修です。お嬢様に何か粗相があっては一大事ですから。

 ただ、普段なら一ヶ月くらいの時間を要する研修を僅か数日間の内に詰め込んだものですので、内容はそれなりにハードなものでした。しかしセレンさん直々の指導もあって昨日で全ての項目を修了し、晴れて正式に付き人となったのです。

 …………まあ、正確には【付き人()()()】なんですけどね。



「はい。必要なことは全て月詠メイド長から教わりました。抜かりありません」

「そう。その様子なら大丈夫かしら」

「お任せください! 気合い那由多パーセントです!」

「はいはい。つまらないギャグははやめなさい」



 つまんないって言われた!

 酷いですセレンさん……昔は妹も口端をひくつかせるくらいには笑ってくれたのに。



「でも本当に大丈夫? 本当に何か分からないところとかあったら……」

「あの、本当に大丈夫ですって。心配していただけるのはとても嬉しいですけど、私はちゃんとできますから」

「べ、別に心配してる訳じゃ……」

「……なぜ目を逸らすんです?」



 セレンさん不可解な行動に首を傾げました。なんか顔が赤いですし……もしや怒らせてしまったのでしょうか……怖い。セレンさんの沈黙が針の筵のように居心地が悪かったので、私は咄嗟に思ったことを口にしました。



「大丈夫ですよセレンさん。私はあなたに教わったのですよ? つまり、私の先生はあなたです。あなたが先生である限り、私に失敗はありません」

「……そう」

「それにセレンさんに教わっておきながら失敗するなんて、そんなのあなたの顔に泥を塗るようなものじゃないですか。私、それを判っていて失敗するほど恩知らずじゃありませんよ?」



 咄嗟に言った言葉でも、よくもここまでスラスラと言えたなと思います。いえ、本心から出た言葉だからこそ、でしょうか。セレンさんは私の方をチラと見ると、ボソッと呟きました。



「出任せなんかで機嫌を取ろうたって、そんな簡単に行かないわよ」

「本心ですよ。だって咄嗟の言葉ですから」

「うぐっ……な、なんでこんな場面だけ見た目不相応に男性チックなことを……」



 今度は声が小さすぎて聞き取れませんでした。しかし、セレンさんは顔を真っ赤にしてそれっきり何も言わなくなります。なんだかよく分からないですけど、なんとなく勝った気がしました。やったぜ。



「わ、分かったから……! あなたの真剣さとか本気度とかはよーく分かったから、早くお嬢様のお部屋に行きなさい」

「はーい!」

「あと、セレンさんじゃなくて月詠メイド長!」

「あいたっ。はーい!」



 ちょっぴり乱暴に叩かれ、私は追い出されるかのようにお嬢様の部屋に行かされるのでした。







◇      ◇      ◇







 なんというかまぁ、とてもシンパシーを感じる子だった。

 月詠セレンにとって、村時雨華炎こと村雨焔はそんな人物だ。


 私と彼の年の違いは五年くらいだろう。確かに私は既に成人してはいるものの、まだ二十歳も前半だ。……まだ前半だ。重ねて言うが私はまだ二十になったばかりなのだ。


 私がお嬢様に拾われたのは今から五、六年。とある理由で親から一人のクズ男に売られそうになった私を、まだ幼かったお嬢様に救っていただいたのである。

 私はまだ十八にもならない年だったのに、それどころかお嬢様なんてあのときは中学校を卒業もしていなかった筈だ、あの日お嬢様に日の当たる場所へと引き上げて頂いたからこそ、私はここにいる。もし助けて貰えていなかったらと思うと、今でもゾッとすることがあるほどだ。


 そして、村雨焔。

 お嬢様は仰っていた。彼は両親を亡くし、身寄りのないまま町を彷徨っていたと。そこをお嬢様が通りかかり、結果的に(拉致に近い形で)引き取ることになったのだと。

 しかも、話によればお嬢様が最初に出会ったときは目に見えて憔悴し、果てしないほどの虚無感を漂わせていたらしい。親を失ったのだから、無理もない。


 親とは縁を切っていても、私の両親はどちらも存命だ。だから彼が味わった悲しみは私に理解することはできない。しかも彼は両親ともとても仲が良かったという。そうなれば、喪失感もひとしおだろう。

 さっきまで私の目の前で笑顔を見せていたが、それも一時的なものに過ぎないことは想像に難くない。いずれ時期が来れば、堰を切ったかのように感情を爆発させるだろう。そうなったとき、彼がどのような反応をするのか……



「……せめてその爆発を和らげることができたら……」



 焔君の置かれている状況に共感することはできないが、同情はできる。私と彼は似ているからだ。ああ、昔の私にそっくりで、あの日々をもう一度見せられているかのように感じる。彼はお嬢様に拾われ、大きな恩を感じ、その恩返しにお嬢様に尽くそうとするのだろう、私と同じならば。なら、私にできる一番のことは一つだけ。



「厳しくも優しい上司……そんなメイド長でいましょう。いつか彼の悲しみを受け止めることができるように」



 それが、ちっぽけなメイドの確かな決意だった。



「さて、私も仕事に取り掛かろうかし――――」



 そうして執務を始めようとしたそのときだった。ドアを破壊するかと思うほどの勢いで、赤髪のメイドが転がり込んできたのは。



「助けてくださいセレンさん~~~~ッ!!!」

「ちょっ、ななな何よ!?」



 つい数分前に意気揚々と部屋を出ていった焔君(かえん)が涙目になりながら私にすがりついてくる。目を真っ赤にしているあたり、ガチ泣きしている様子だ。並々ならぬ様子だったので、追い払わず事情を聴いてあげようと思った。



「お嬢様が……お嬢様がぁ!」

「お嬢様? お嬢様に何か粗相をしたわけでもなさそうだし……何かされたの?」

「そうなんですよぅ! 私に、私にとんでもない無茶な要求をしてくるんですよぅ!」 

「無茶な要求ねぇ……」



 お嬢様が言えば大抵のことは二つ返事でこなしそうな華炎が言うのだから、よっぽどなことを言われたのだろうか。このままでは埒が空かないので何を言われたのか聞こうとしたそのとき、



「か~え~ん~ちゃ~ん。あっそび~(じょそうし)ましょ~」

「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うっふっふっふ……ご主人様の命令が聞けないのかしら?」

「助けてーッ! お嬢様に変なことされるぅぅぅぅぅぅ!!!」



 お嬢様がドアの向こうから姿を表し、華炎を追い詰めるように退路を塞いだのだった。その目は猛禽類を思わせる酷く獰猛で嗜虐心に満ち溢れたものだ。なるほど、大体状況は読めてきた。



「お嬢様……もしや出会い頭でそのお手に持っている服を着せようとしたのですね?」

「ええそうよ。いいセンスでしょう?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ! お嬢様の鬼! 悪魔! 十六夜さん!」



 おいなんかとんでもないこと言い出したぞこの女装メイド。


 いやしかし。この所業は彼にしてみればそう言わざるを得ないほどだろう。なぜなら、お嬢様が手にしている服は……



「さあ華炎ちゃん。このスク水を着るか、こっちのバニー衣装を着るか……選びなさい」

「と゛っ゛ち゛も゛い゛や゛て゛す゛!!!」



 私も同じことをされれば、きっと彼と同じ反応をするだろう。女性でさえ着ることに抵抗を感じる服……というかコスプレなのだ。身も心も(一応)男性である華炎なら、それを拒否するのは当然とも言える。

 しかし、お嬢様はそんなことなど全く意に介する様子などなかった。



「うふふふ、やっぱり華炎のその顔はそそるわぁ……」



 ……むしろ喜んでSっ気を発揮している。お嬢様がメイドたちにこういったちょっかいをかけて楽しむことはよくあるのだが、どうやら華炎に対しては輪をかけていじり倒したくなるらしい。



「ううう……セレンさん……」



 華炎はあまり体格の変わらない私の体に隠れ、助けを乞うてきた


 ちょっ。そんな涙目の上目遣いで見られたら……! なんか変な扉を開かされそうなんだけど!? このままじゃ私までおかしなことに!



「ぐっ、ぐぎぎぎぎ……」



 掻き立てられる加護欲と嗜虐心を理性で押さえつけ、喉から変な声を出しながら自分と戦った。長年鍛えられた鉄壁の理性であっても、華炎が発するフェロモンじみた何かの誘因は難敵と言うに相応しかった。


 この子は男。この子は男。この子は男。この子は男!!



「お……お嬢様……せ、せめて制服程度に留めてあげてはいかがでしょうか……」

「セレンさん!?」



 華炎がこの世の終わりみたいな顔を浮かべて私の名前を呼ぶ。彼には申し訳ないが、立場ゆえにお嬢様の行いを邪魔することはできないのだ。あと、私よりも女性味に溢れているのが腹立たしかったのでその腹いせでもある。



「そういえば華炎」



 言いながら彼の背後にまわり、両脇を固めて身動きをとれなくさせる。丁度猫を抱っこするようなかんじだ。



「ふえ?」



 突然のことに思考が追い付いていない華炎。私はそのまま彼をお嬢様の方に向けさせて、その耳元でこう囁いたのだった。



「セレンじゃなくて月詠メイド長よ。何度も間違えるから罰ゲームね」



 それで私の意図に気付いた華炎が暴れるが、既に絶対抜け出せないように固めてある。無駄な抵抗だ。顔を真っ青にして彼は呟いた。



「お慈悲ぃ……」



 当然、



「ダメよ」



 笑顔で言い切ってやった。



「ではセレンのゴーサインが出たところで……お楽しみと行きましょう♪」



 お嬢様がどこからかブレザータイプの学校の制服を出した。勿論のこと女子制服だ。華炎はわなわな震えながら、それを拒絶するかのように首を振っている。


 残念ながら……今の私はお嬢様の側にいる。諦めなさい華炎。







「いいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」







 ああ、まったく。


 今日から屋敷は賑やかになりそうだ。




村時雨華炎、メイド就職決定! おめでとう! 今日から君も(性)奴隷だ!


と、無事に華炎ちゃんがメイド試験に合格したところで、第一章【村時雨華炎のメイド試験】は終了でございます。拉致されたり誘拐されたり女装したりと色々ありましたが、ついに一区切りを迎えることができました!


皆様のPV、ブックマーク、評価などが執筆の励みでした。これから先もガリトラ☆は続きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

あと、上記のどれかをしてない方はしてくれると、ここの作者が大層喜びます。


次回からはついに新章! …………とは行かずに、その前にちょっとした外伝短編を挟んでからになります。

鬼灯姉妹の話と、華炎ちゃんの話、もしかすると華炎ちゃんVSセレンさんの話も書くかもしれません。そこはここの作者の執筆の進行次第ですので、期待しない程度にお待ちください。


それでは、また来週。

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