第一話
夢を見た。大好きだった姉に会う夢。それはもう決して叶わないことだってわかっている。
それでも、たとえ夢でもよかった。僕はもう一度姉に会いたかった、ただそれだけだ。
「…?」
目が覚めたら暗い部屋にいた。しばらく眠ってたせいか、少し体がだるい。体を動かそうとすると、シャリンと音がし、手足が鎖で繋がれていることがわかった。
「ここは…どこだ?」
目覚めたばかりで記憶が曖昧だが、僕はまた何かをやらかしたようだ。今回は何で捕まったんだっけな?
…まぁそんなことどうでもいいか。
「ふあぁ…。いい加減この景色にも飽きてきたし、そろそろ出るか」
丈夫そうに見える鎖は僕が軽く力を入れればすぐに粉砕する。
感覚からして眠ってたのはおよそ200年くらいか。人間にしたら長い時なのかもしれないが僕にしたら一瞬だ。
「さーて、200年もの時がたったこの国はどう変わってるかな?ふふっ、見物だね」
誰に言うわけでもなく呟き、錆びた牢屋の鉄格子を一蹴りした。
そうして僕はこの世界へと飛び出した。
* * *
「シェフィ・クレエンス、私はここに貴女との婚約破棄を言い渡す」
今日、リール王国のほとんどの貴族が通うカトレア学園の卒業パーティーがリール王城内で行われた。しかしそこに現れたアレン・ルディア・リール第一王子の一言が大きく響き渡り、会場は静まり返っていた。
アレン殿下の横には、薄ピンク色のふわふわした髪の可愛らしい女の子が隠れるように立っている。
わたしは何も理解できず、ホールの床に座り込む形になっていた。
「貴女はここにいるアリス・ローレイタ嬢に様々な嫌がらせをしたそうですね」
「はぇ?」
あまりにも急なことを言われ、つい変な声が出てしまった。
そのアレン殿下一言で会場がざわめきだし、一気に視線がこちらに集まった。
(嫌がらせ?わたしが?むしろどういうことなのかこっちがききたいくらいだわ~)
全く身に覚えのない話をされ、わたしはかなり困惑していた。
「あの、どういうことです?」
「白けても無駄だ。全てアリス嬢から聞いてる」
(えっ!聞いただけ!?それで信じちゃってるの?)
わたしがあまりに馬鹿馬鹿しく呆れていると、殿下は今度は周りにいる生徒に対して、
「彼女は私とアリス嬢が仲良くするのが許せず、その嫉妬からアリス嬢にグラスの水をわざとかけたり、階段から突き落としたりしました。そういった行為は将来王妃となる身分としてはもちろん、貴族としても相応しいものとは思えません」
と言いはった。
馬鹿なの!?いや普通、婚約者がいるのに他の女性と仲良くしちゃだめでしょ!あと嫉妬とか別にわたし、貴方のこと好きでもなんでもないし!政略結婚だし!むしろ貴方みたいな自意識過剰な人こっちから願い下げだから!
というかそもそもわたし、そんなことしてないのにな。なんでこうなったんだろう。アリス嬢がわたしの目の前で躓いたり、グラスの水を自分でこぼしてたことはあったけど…。
…あーそれか。うん、完全にそれだわ。じゃあまんまとはめられたのかな?…だとしたらやられたわー。
このままだとわたしは身分剥奪か国外追放かな?お父様の爵位剥奪は…ないな。多分「家は関係ない」って言って、わたしだけを勘当するだろうし。
でもそうなったらこれから家にも迷惑かけないで済むし、案外いいのかも…。
俯きながら最悪の想定など色々考えていると、何を勘違いしたのか、アレン殿下はわたしを蔑んだ目で見て「貴女を信じていた私が馬鹿でしたね」と嘲笑うかのように言った。
(絶対信じてないでしょ!?こっちがなにも言わないからって何調子乗ってるんだよ?ほんっとこいつムカつくんですけど!やっぱり馬鹿なの!?
…あーいけないいけない。この人一応第一王子だったわ。一応)
心の中で殿下に悪態をつくのにも疲れてきたわたしは、もう半ば諦め、黙ってこの茶番劇が終わるのを待つことにした。
「ふっ、そうやってなにも言わずしらを切るつもりか?レイ!」
「はっ!」
そう呼ばれて出てきたのは魔術師のローブを着た目深のフードを被った少年だった。顔はよく見えないが年は12歳前後くらいだろうか。男の子にしては背の低い方なので、恐らくまだ成長期の来ていないそれくらいだろう。
(まだこんなに若いのにこんなところで頑張って偉いね~。頑張れないお姉ちゃん、尊敬するわ~。
ていうか…あれ?この子、よく見たらめっちゃ可愛くない?美少年すぎない?!えっ?え待って、天使。妖精の国からでも来たんですか!?この幼さでイケメンとかずるくない?ヤバいヤバい。無理。尊いんだけど!)
座り込んでる状況で、ちらっとフードから見えたその顔は、少年のあどけなさは残るもののスッとした人形のように整った顔立ちで、陶器のような白くきれいな肌、雪のように真っ白で絹のように美しい髪、アクアマリン色の吸い込まれるような瞳のつり上がりぎみの目。まさしく美少年の一言につき、美少年大好きなわたしが一目惚れをするのにはドストライクすぎる条件だった。
そんなわたしが興奮状態に陥ってるのを見た殿下はどう思ったのか、わたしを気色悪いものでも見るような目で一歩引いた。
…失礼な。ショタは可愛いだろう。興奮して何が悪い。
すると急に少年が吹き出した。…どうしたんだろう?大丈夫かな?
少年はこほんと咳払いをし、
「えー…。ここに彼女が犯した数々の罪の証拠があります」
と述べた。少年は数々の書類の束を何処からともなく取り出し、アレン殿下に渡した。
その一言で会場がさらにざわつき、わたしに対して憎悪の目を向けるものやわざと聞こえる陰口を言うものまで現れた。
しかし、わたしはレイくんのことで頭がいっぱいでそんなものなど気にもならなかった。