もう既に出会っている件
次の日はしっかりと朝日を拝むことができたハイル。
壁が多少薄いのかとなりからいびきが聞こえてくる。
今日でこのバーカスともお別れなので荷物をまとめる。
とは言っても既に昨日のうちにまとめていたので問題は無かった。
もう一度中身を確認するのも気が引ける。
そもそも半分は飾りとして背負うだけなので、というかめんどくさいのでそのまま右肩に背負って部屋を出る。
階段を降りていつもの席というには些か短かった席へと腰を降ろしてリュックを足元に降ろす。
「今日は早起きだったんだな」
「流石にね」
「で、今日はどうするんだ?」
「朝食だけもらって街を出るよ」
「そうか」
そういうといつも通り厨房へ入る店主。
しばらくして料理が運ばれてくる。
今朝はシンプルに卵とハムのサンドイッチが三つ乗っていた。
「いただきます」
手を合わせてそうつぶやいた。
店主に聞こえたかわからなかったがちょっぴりだけ恥ずかしかった。
やはり日本人なので食事の挨拶はこれに限るのだが異国の地で行うには少しばかり抵抗があるものである。
サンドイッチを食べ終わると水を一気に煽って立ち上がった。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「ああ、またこの街に寄ることがあれば贔屓にな」
「覚えてたらね、じゃあね」
「おう」
リュックを再び肩に背負って宿を出る。
と、タイミングが良いのか悪いのか、開けたところで目の前に二人の男女と鉢合わせた。
「失礼」
「あ、すいません」
男の方が謝って直ぐに道を開けた。
女の方も男に続いて道を開ける。
ハイルは頭をペコリと下げて通り過ぎると男の着ていた赤いローブを見て高そうだなぁと考えた。
ハイルは最初に来た門を目指したが少しして地図を確認して反対側の門へと向かうことにした。
あれから少しばかり今後の行動を考えたのだ。
ミッシェルの事、犯人達の事、それらは俺が解決しなければいけない事柄である。
だから、もう一度あの国へ、あの場所へ向かうのだ。
今度は逃げない、そのためにもハイルは向かうべき場所がある。
先日買い物をしている時に聞いた話だ。
なんでもこの国にも裏稼業に通じた組織があり最近になってこの辺りにもその構成員が潜んでいるという話だ。
俺に罪を擦り付けた男達も当然のことながら真っ当なはずは無くそういった裏稼業の組織だと思われる。
だからこの国の裏稼業に精通するトラスティック・ファミリーの本拠地がある街トータルに向かうことにしたのだ。
―――
一方、先ほどの男女二人は宿へ入ると真っ直ぐに店主の元へと向かった。
店主はなんだか客っぽくねぇなと思いつつもいらっしゃいと挨拶をして泊まりですかいと聞く。
「いや、残念ながらそういった用事ではありません」
「不服だがこの店にゼスター・トラスティックという男が泊まっていないか?」
「すまねぇがここでは一々客の名前は聞いてねぇんだよ。というかトラスティックってい…」
「あ~頭が痛い~」
酷い頭痛に苛まれているのか両拳をぐりぐりと頭の左右に押し付けて紛らわそうとする黒いワイシャツの男が降りてきた。
「おう、以外と早かったな」
「おじさん、なんか酔い醒ましになるものをおくれ~」
「はは、丁度いいのがあるぜ、滅茶苦茶不味いんだがこれを飲めば昼前には酔いも消える代物さ」
「そ、それって逆に言うと昼まではこの絶望が続くってことじゃイテテテ…」
それでも昼には治るというなら背に腹は代えられなかった。
濃い緑色のどろりと粘りつくそれを一気に腹へと送り続ける。
先程よりもさらに顔色がひどくなった気もするが問題はなさそうだった。
「はい、じゃあ5000バドルね」
「しかも以外と高い!?」
「飲んだよね?」
「くっ、この店主俺を脅迫してやがるのか!!」
渋々懐から財布を取り出して店主に支払う。
と、両肩を急に掴まれた。
何かと思って振り返ってみれば見知らぬ男が左肩を、女が右肩をそこそこの力で掴んでいた。
「見つけたな」
「ああ、見つけたぞ、貴様が街を遊び歩いているおかげで探すのに苦労した」
「貴方がゼスター・トラスティック殿ですね?」
「え?え?誰?」
「あ、あんた、トラスティックのもんだったのか…」
驚いてい交互にティスタリアとライガンを見るゼスター。
店主はこの男がといった感じで口を大きく開けて驚いていた。
「君たちはいったい?」
「私はライガン・ドルマーク、こちらはティスタリア・エンネス・トークマン」
「エイリオン王国宮廷魔術師団所属の魔術師だ。不服だが任務なので貴様を護衛する文句は無いな?」
「え、あ、はい」
「よろしい、では行くぞ。お前の護衛なのだからまずはお前を探せと貴様の父親が門前払いをするので虫の居所が悪いのだ。遠路はるばる来てやったというのにあの言い草!」
「話には聞いていたけどなんかこの人怖くない?逆に命狙ってきそうな感じがするんですけど…」
「ええ、一応我々は本来敵であるので仕方がないことかと。私もティスには来る途中で何度か注意したのですが聞き入れてもらえず…頑張ってください」
「では行くぞ、もたもたするな」
「わっ!ちょっとせめて部屋にある荷物を持たせてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ゼスターの叫びは扉の閉まる音と共に消えていった。
「では、荷物のある部屋に案内してもらえますか?私が引き取ります」
「あ、ああ、こっちだ、付いて来てくれ」
「感謝します」
「それにしても、まさかあの兄ちゃんがトラスティック・ファミリーのもんだったとはなぁ。全然想像がつかねぇぜ」
「そういうものです」
「そういうもんかなぁ。話に聞くトラスティック・ファミリーとは印象が少々違うんだがっと、ここだ」
階段を上がって右から三つ目の部屋がゼスターの泊まっていた部屋だった。
扉を開けて中に入るとベッドの上に広げられたカバンが一つ置かれていた。
どうやら支度をしていたようで後は入れるだけとなっていた。
だが店主はその荷物を見て顔色を変えた。
「こいつは…」
「結局、どんなに人柄が良くても裏に生きる人間と言う事です」
そこには衣服の替えの他にうす茶色の小瓶にナイフや鉤爪、爆弾らしきものまで置かれていた。
ベッドの背には1メートル程の細い布袋が立てかけられていた。
ライガンがそれの紐を緩めて中を露にする。
「木の平たい杖か?」
中から出てきたのは薄い肌色をした少し反った木製の長い棒だった。
店主にはそう見えた様だがライガンにはそれが何かわかった。
ライガンはその杖を持ちゆっくりと引き抜いた。
すると中から更に鋭利な刃物が出てきた。
「これは刀と呼ばれる剣です。普通のソード類よりも切れ味が良いのが特徴ですが手入れが難しくここまで状態の良い刀は私も始めて見ました。これだけでどれほどの値打ちが付くというのやら。鍛冶師達が見たら発狂するでしょうね。これで分かりましたか?」
「ああ、あの兄ちゃんがどういった人間かは良くわかったよ」
ライガンはそれらを素早く仕舞いカバンと布袋を両手に持つ。
「では、私はこれで失礼します」
「ああ、また来てくれよ…ていうのも変か?」
ライガンは小さく笑うと宿を後にした。
外には何か、もといゼスターを引きずった跡が右の方へと続いておりどちらへ行ったかは明白だった。
直ぐに追いつこうとライガンは呪文を唱える。
「ヘイスト」
次の瞬間目の前の風景が目に見えて遅くなっていく。
風に舞う土煙は抵抗のある水中にあるかのように、行き交う人々の足は地面をしっかりと踏み込んでいるかのように、これが自身の感覚を上昇させる呪文の一つだった。
ライガンの姿は宿の前から一瞬にして掻き消える。
常人の目からはそう映り、ライガン自身もあっという間に景色が変化する。
直ぐにティスタリアのもとまでたどり着いて呪文を解除した。
「遅くなりました。こちらがゼスター殿の荷物です」
「ああ、俺の荷物!」
突然現れたライガンには目も呉れずに自分の荷物に抱きつくゼスター。
本当にこの男がトラスティック・ファミリーなのかと聞かれたら残念ながらそうですと答えるしかないのだった。
「では、改めて自己紹介を、私はライガン・ドルマークと言います」
「私はティスタリア・エンネス・トークマンだ」
「俺はゼスター・トラスティック、今後共よろしく」
「では、早速トータルの街へ向かいましょう。父君が貴方をお待ちしております」
「わかってるさ、仕事の帰りぐらい好きにさせろってんだあのバカ親父は…」
頭をかきながらそう言うゼスター。
仕事と聞いてライガンとティスタリアは反応した。
トラスティック・ファミリーというのは主に暗殺を生業にする裏稼業屋でありその次期当主であるゼスターが言う仕事とはつまりはそういうことなのだ。
「まあいいや、じゃあ行くか。見たくもない親父の顔を見に」
「ええ、よろしくお願いします」
「さっさとしろ」
三人はバーカスの街を後にするのだった。