プロローグ
小高い丘の上の草原で暖かな風がハイルを撫でる。
現在の気候は穏やかなのもで疲弊した心を少しずつだが癒してくれる。
神様の二度目の転移で飛ばされた俺は気が付くとこの場所に立っていた。
記憶が正しければ先程まで夜だった空は青く白い雲がゆっくりとハイルの上を通り過ぎて行った。
俺は――。
もう何も考えたく無かった―――。
ゆっくりと腰を下ろしてそよ風に身を任せていると後ろから足音がして振り向いた。
「ッ!」
「あなたはだあれ?ここで何をしているの?」
胸が急激に締め付けられる痛みで苦しくなる。
目の前にはミッシェルと同じぐらいの歳の赤い髪の少女が立っていてもの珍しそうにこちらを覗いていた。
ハイルはそんな自分を悟られない様にと顔を前に戻して体操座りをして丸くなった。
「…別に、何もしてないよ」
「そうなの?」
「…そうさ、俺は何もできないんだから…」
後半は聞き取れなかったのか少女は首を傾げるとちょっとだけハイルに近づいた。
「一瞬だったけどお兄さん結構かっこいい顔してるね。うちの街じゃお兄さんみたいな人全然いないから私びっくりしちゃった」
「……」
今度は何も答えずに黙っているハイル。
今はそっとしておいて欲しかった。
少女がどこかへ立ち去ったら俺もここを離れよう。
しばらく少女が俺に話しかけていたが気が付くと姿が無くなっていた。
ハイルは立ち上がって歩き始めた。
直ぐそばに人が使っている道を発見した。
鋪装されているわけではないがそこだけ茶色で足や車輪で踏み固められているのが見て取れる。
こういうのは田舎に多い印象だったがこの世界ではこれが普通なのかもしれない。
とりあえず道なりに歩いてみようか?
そう思える程には心も回復していた。
しかし誰かと楽しく喋るのは無理そうだった。
きっと、いや、確実にあの日の出来事を思い出してしまうからだ。
しばらくして分かれ道と行き先を示す看板が見えた。
左にはこの先バーカスの街、右にはこの先サルベー遺跡跡。
ハイルは迷わずバーカスに向かうことにした。
この格好ではどしても目立ってしまうため衣服を買おうと思ってのことだった。
通り過ぎようとしてハイルはその場に踏みとどまる。
なぜ文字が読める?今一度看板を見ればそこには見慣れない文字が刻まれている。
だが先程も今もこの文字をハイルは読むことができた。
多少驚いたがこれも神様の計らいであると考え歩き始める。
街に着く頃には日も暮れ始めていて道行く人もほとんどいなかった。
街に入ろうとすると門番をしていた兵士が槍でストップをかけてくる。
「見慣れない奴だな、この街に何か用か?」
「俺は、旅をしていまして偶然ここに寄っただけです。えっと、この街に服を売っているお店と宿はありますか?」
「そうか、とりあえず入退出にはここに名前を書いてもらう決まりだ」
「わかりました」
そう言って門番は木のボードに置かれた羊皮紙と羽ペンを渡してきた。
書こうとペン先を羊皮紙に付ける前に手が止まる。
どう書いたら良いのかわからなかったのだ。
今しがたハイルは普通にカタカナで書こうとしていた。
しかしこの世界に日本語が存在しているはずもなくどうしたものかと悩んでいた。
「おい、早くしてくれないか?」
「えっと、すいません。文字がかけないんでした」
「はぁ?そんな身なりで字もろくに書けないのか?冗談はやめてくれよな」
「代筆できませんか?」
「マジかよ、はぁ、まあいい貸せ…名前は?」
「ありがとうございます」
「ありがとうございますっていう名前なのか?」
「あ、いいえ、違います!」
「あ、いいえ、違いますって名前か」
「そうじゃなくて!」
「ソウ・ジャナクテーっていうのか?」
「だーかーらー!違うって言ってるでしょうが!!」
「はは、やっとマシな表情になりやがったな」
「え?」
「湿気た面の奴が俺の街に入られちゃこっちまで湿気ちまう、この街は俺の自慢さ、みんなが毎日を幸せに生きてるんだ。…おっと名前だったな」
「ハイル・フィロードです」
「オーケー、ハイル・フィロードっと。良し、バーカスの街へようこそ、この街を出る頃には笑顔になってると良いな」
「ど、どうも…」
ハイルはとりあえず宿を探すことにした。
街自体はそんなに大きな街ではないのでしばらくすれば見つかることだろう。
と、どうやら先に衣服の売っているお店を見つけたので先にそちらに立ち寄る。
「いらっしゃい」
扉を開けると上部に付けられたベルが入店の合図を心地良く奏でた。
店の主人だろうか、オーバーオールを着た白髪のおじいさんが一人いるだけだった。
「おや、そこの騎士さん。ここに鎧の類は置いてないよ。防具ならこの店を出て右に三店舗先だね」
「いえ、服を買いに来たんで合ってます」
「そいつは失礼した。それで何をお探しかな?」
「普通の服が欲しいんです。俺が持っている服はどれも目立ってしまいまして」
ゲームの時には全く気にならなかったことでもある。
俺以外のプレイヤーの多くはもっと奇抜な格好をしていたものである。
そのトゲトゲ必要?等とギルドメンバーにも一度聞いたことがあるがマジレスすんなバカと怒られた記憶がある。
「そうじゃのう、というかまずはその髪をどうにかしたらどうじゃ?」
「え、切るんですか?」
ハイルの髪は男にしてもかなり長くやや肩を過ぎているのだ。
「そうじゃなくて後ろで結んではどうかの?」
「そうですね、じゃあリボンもください」
そうだ、この際元の姿からかけ離れた姿にしよう。
そうと決まれば騎士の真逆路線でファッションチェンジである。
真逆なのでダサさが欲しい。古ぼけたダサさが欲しいのだ。
と、そこでハイルはおじいさんのオーバーオールに目を向けた。
視線に気づいたのかおじいさんが声をかける。
「ん、なんじゃ?」
「おじいさんの来ている服はありますか?」
「わしの着ている服と同じやつが欲しいのか?これは一応作業着でもあるんじゃが」
「もしかしておじいさんがここの服を?」
「ああ、先立たれたばあさんが裁縫が得意でな、それで始めた店なんじゃよ、最初こそツギハギだらけと笑われたものじゃが今ではこの通りよ」
誇らしげに店に並ぶ衣服を自慢する。
門番がこの街は皆が幸せに生きていると言っていたのを思い出した。
「じゃあ後はおじいさんに任せても良いですか?」
「良いのか?変なの買わせても知らんぞ?」
「大丈夫です。変なのなんてどこにもないでしょ?」
「あはは、そりゃそうじゃ!なんたってわしの店じゃからな!」
そう言いながら意気揚々とおじいさんは店の奥へと向かってい行った。
少し経っておじいさんが戻ってくる。
その手にはハイルが頼んだ衣服が一式積まれていた。
濃い青のオーバーオールに白いトレーナーと下着、黒いリボンの計五点。
「それじゃあ代金をもらおうかのう、五点で6800バドルじゃ」
「バドル?」
聞きなれない貨幣に固まるハイル。
ハイルが所持している貨幣にそのバドミントンもどきは無いのだ。
ゲーム内で使用していた通貨は銅貨、銀貨、金貨、白銀貨で簡素なものだった。
値段を聞いて固まるハイルを見ておじいさんが声をかけてくる。
「もしやお前さん金もっとらんのか?」
「あ、いえ、えっともってはいるんですがどうやらこの国のお金は持ち合わせていなくて…」
「どれじゃ?見せてみぃ…一応この街の役所に通貨の換金所があっての、そこに行けば大抵は変えてくれるじゃろう」
「じゃあ、ちょっと待ってください」
そう言ってハイルはステータス画面の所持金欄をタップする。
すると出金額を操作する画面に切り替わって上や下に数字をロールする。
とりあえず1ゴールドを実体化させる。
どこからともなくハイルの手のひらに現れた金貨に目を大きく開くおじいさん。
「いったいどういう魔法じゃ!?金が突然現れよった!」
「それよりもこれなんですけど」
「ああ、どれどれ…」
おじいさんは金貨をハイルから受け取って顔に近づける。
「これは共通通貨じゃな。これなら換金せんでも使えるわい」
「共通通貨?」
「なんじゃお前さん、そんなことも知らんのか、普通国ごとに通貨っちゅうもんは変わるものじゃ、無論通貨が違うのじゃからその通貨は別の国では使えん。だが共通通貨はどの国でも使えるようになっているんじゃ、多少既存の通貨より価値は下がってしまうがどこでも使えるというメリットは旅をしている者や商人なんかが重宝しているぞ」
「なるほど…」
おそらくだがそこらへんも神様がどうにかしたのだろう。
「じゃあどの程度払えば?」
「そうじゃのう、国によっても共通通貨の換金率は違っているから…この国じゃと確か……まあええわ銀貨七枚で売ってやる」
「得したのか損したのかわからないですけどありがとうございます」
「早速着てくか?着てくなら店の奥に着替えるスペースがあるから使うといい」
「わかりました」
言われた通り店の奥へいくと横に広いカーテンで遮られた個室があった。
買った服を手に中へ入ると早速着替える。
と言っても一度インベントリに入れてステータス画面から装備を切り替える形で着替えた。
髪も後ろでまとめられてスッキリした。
出て行くとおじいさんが待っていて感想を言われた。
「ほう、これはこれは、最早別人じゃのう」
「ほんとですか?」
それなら買ったかいがあるとういのも。
ハイルは笑顔を見せる。
「じゃあこれで失礼します」
「ああ、また寄ってくれよ」
ハイルは手を振って店を出た。
その後はなんとか宿を見つけてこの世界で始めてベッドで寝ることができた。
「ただいま~」
「おおマニカ、ちゃんと届けられたか?」
「うん、迷わずに行けたよ。はいこれお金」
「うむ、しっかりとできたようじゃのう、じゃあ夕食にしよう」
「わーいもうお腹ペコペコだよー」
「わしもじゃ」
「あ、そうだ、今日ね、届けに行く途中で凄いかっこいい男の人に会ったの!」
「ほう、奇遇じゃなわしもじゃよ」
その少女はハイルがこの国で最初にであった少女だった。