初めての見せ場、見られず
瞬く間に風景が散らかった部屋から木が生い茂る森へと切り替わった。
四方八方木ばかりで正直出される場所を間違えた感が否めないが仕方がないので歩いてみる。
と、視線の高さに違和感を覚えた。
高さだけではない、視界の端にちらりと見える髪の色が黒ではなく金色なのだ。
「見た目が変わってる…って声も違うぞ!?」
まるで声変わりが完全に済んだような声だ。
咄嗟に首を掴んだ手も素手ではなく篭手を付けているのだ。
そう、それは紛れもない広夢がゲームで使っていたアバターを再現したものだった。
「はは、これは確かにすごいな」
ふと視界の右上に点滅する丸いアイコンがあるのに気がついた。
それはその空間にあるのではなく自身の視界にくっついているのだと顔を動かして気がついた。
それを触れると一気にアイコンが広がって見慣れた画面が出てきた。
「まさにゲームの時と同じだ!」
装備画面は勿論のこと体力に魔力のゲージ、ショートカットに設定している技やアイテムもそのままである。
「待てよ、アイテムの設定もそのままということは」
メニューにあるアイテム欄を開けばあるはあるはゲームで集めたアイテムと装備の数々、ポーションから剣に至るまで、更にはイベントで配られた限定アイテムもそのままである。
試しにポーションを一つタップしてみる。
すると手のひらに選んだポーションが実体化するではないか。
しかし試すにしても体力は減っていないので仕舞う。
因みにポーションと一言で言ってもその種類はそこそこある。
治すものによって名前も変わり体力ならヒーリング、毒ならポイズン、麻痺ならパラライズだ。
そこに品質が加わってレッサー、ミドル、グレーターの順で高品質である。
「そうだ、力はどうなってるんだろうか」
強くなっているだろうから試してみたくなる。
左に携帯している純オリハルコン製のロングソードを引き抜いてみる。
適度な重さが右腕にのしかかってくる。
竹刀のそれとは全く別物だ。飾りの刀を小さい頃に持ったことはあるがそれとも違った本物という感覚がこちらにはあった。
生憎辺りを見渡せば切りつけるのに丁度いい木が大量にある。
とりあえず目に付いた一本の木で試すことにした。
剣を両手で持って上から下へと叩き込む。
すると木は呆気なく剣を通して断面からスライドするように倒れる。
「お、おおお…」
振り下ろした姿勢のまま感動を覚える。
すぐさま近づいて木の断面を覗いてみれば鉋でもかけたかの様な綺麗なものだった。
指を当てればささくれなく滑っていくのが実感できるほどだ。
倒れた木の方も同じだが触れるとアイテムを収納しますか?とウィンドウが視界に出てきた。
どうやら倒れた方はアイテムとして判定されるらしい。
試しにはいを押すと確かにアイテムとして収納された。名前も木材・中となっていた。
「お腹空いたな」
夜食を食べていてもおかしくはない時間だったが別段空いてはいなかった。
だがこの体では一度も食事をとっていないことを考えると一応確認するべきだと思った。
だがここで問題が発覚した。
アイテム欄には料理などなかったのだ。
素材アイテムとして肉や果物はあるが調理済みという点では一つもなかったのだ。
器具があれば簡単な料理はできる自信はあるが生憎とここは見渡す限りの森である。
上を見上げてもお天道様が輝くばかりだ。実にいい天気である。
「呪文で焼けるかな?」
一応ゲームでは戦士の技と魔術師の魔法を使える聖騎士職もとっていたので本職のプレイヤーには劣るが呪文が使えた。
その中で火を出す呪文も当然存在し時々使っていた。
覚えているのは大半が補助系で職業柄アンデッドに強い呪文が多かった。
広夢はアイテム欄からオークの肉を出して剣に突き刺す。
それを右手の届く所に近づけて呪文を発動する。
「セイクリッド・フレイム」
覚えている中でも一番弱いものを使う。
すると天から輝くような光が剣の肉目掛けて降り注いだ。
瞬く間に消炭になっていく肉を見て慌てて剣を光の中から抜いた。
「うわっと、俺の肉が!」
プスプスと音をたてて黒い塊がボロボロと崩れていく。
そ、そんな、と軽くショックを受けたが炭の奥からいい香りが漂ってきた。
まさかと思い剣に突き刺さったままのオークの焦げを通り越した消炭肉を引き抜いて黒い部分を削り払っていく。
すると手のひらサイズの火の通った肉が姿を現したではないか。
広夢はそれに勢いよくかぶりついた。
う、美味いよ。塩とか胡椒とか全くないけどこれだけでも十分だよ。
「ふぅ…どうしよっかなぁ、これから」
今のところ人はおろか生き物にも出くわしていなのだ。
とりあえず歩いてみようと思い広夢は木の枝を折って空中へと放り投げた。
木の枝は地面に落ちると広夢も前側に倒れた。
「よし、あっちだな」
枝の指す方向を見て歩き始める。
しばらくすると遠くから水の音が聞こえてきた。
どうやら方向は正解だったようできっと近くに川があるようだ。
広夢はそれを聞いて意気揚々と走り始めた。
そして川の音が徐々に大きくなって遂に川へと出ることができた。
と、そこで不意に人と出くわしたのだ。
初のこの世界の人間との邂逅であった。その人物は大きな麻袋を肩に持つ革鎧を着て腰に剣を携えた男だった。
「え?」
「な!?」
両者とも不意の出来事で正面からぶつかり尻餅を付く。
その拍子に男の持っていた大きな麻袋がどさりと音をたてて転がる。
「て、てめぇどこ見てやがる!」
「す、すいません。大丈夫ですか!?」
慌てて立ち上がって男の手荷物を拾おうとする。
「ばっ、そいつに触るんじゃねぇ!!」
「え?」
時既に遅し、広夢は麻袋を両手で持ち上げた後だった。
そして広夢はその感触に違和感を覚えた。
それは生き物の様で微かに動いていた。
「今すぐ放しやがれ!」
「え、ちょっ」
「こ、この!」
男が勢いよく麻袋を引っ張るが力の差で用意には行かず広夢が手を放して男がよろめいた。
その拍子に麻袋の紐が緩んで中に入っていたものの正体が露見する。
「ッ!」
「イテテ…しまった!」
その中身は水色の洋服を着た長い金髪の少女だった。
黒い布で目と口を塞がれ両手両足は紐で縛られている。
これは…。
「誘拐?」
「見ちまったんなら生かしてはおけねぇな兄ちゃん、騎士のようだが一人なら都合がいいぜ」
「え、ちょ」
そこであの神様の言葉を思い出した。
ハッ!これはあの神様からの贈り物では!?
ここでこの娘を助けることが俺にとってかっこいいことに違いない。
そもそもこの世界で戦闘はしたことがないので試すのにも丁度良いかもしれない。
広夢はゲームの時の敵を思い出す。
エネミーの中にはモンスターだけでなく人間も当然のことながらいた。
PKもいたのであまり抵抗はなかった。
「てりゃああ!!」
斬りかかってくる男を見る。
正直に言ってものすごく弱そうだった。
動きも遅く感じるし負ける気がしなかった。
これは素手でもいけそうだったが試運転も兼ねているので剣を引き抜く。
広夢はとりあえず男の剣を払おうと軽く振った。
するとそれだけで男の剣が真っ二つに折れてしまったのだ。
その拍子に男の軌道もずれて広夢の左側、草むらの方へと突進してしまう。
その力の差に驚いているのは広夢だけでは無かった。
受けた側である男の方も当然ながら驚いている。
「け、けけけ剣が…!?」
「これが俺つえーってやつなのか…」
広夢が剣から男へと顔を向けると怯んだような反応をしながらもすぐさま逃げられるような大勢をとった。
「て、てめぇこんなことをしてタダじゃ済まないぞ!今ならまだ見逃してやる!そいつをこっちに渡すか回れ右して消えるんだな!」
「そう言われてもなぁ…ここで逃げたら男が廃るんでね!」
少し前に見ていたドラマの決めゼリフを吐きながら広夢は男を切りつけた。
すると豆腐を切るかのように簡単に男の右腕は吹き飛んでしまった。
「うぎゃああああああ!?」
「う、おぇ」
男は右上腕から吹き出る血を見て叫び広夢は吐き気を催した。
予想よりもグロテスクでこれで吐き気がするならもし剣の切れ味が悪かったと思うとちょっと引いた。
「さっき肉なんて食べるんじゃなかった」
そうこうしているうちに男はいつの間にか上腕を服を引きちぎって縛って止血していた。
「あ、えっと、大丈夫ですか?」
「な、なんなんだお前は!!」
まるで化物でも見るかのように睨む男に広夢はこれまた決め台詞を吐いた。
「愛と正義の使者さ…」
ふっ、決まった。
ただし見ているのは男だけである。
囚われの少女は未だに気を失っていた。
そして渦中の男はというと。
「そうかよ、このイカレやろう!てめーの顔は覚えたぞ!このことは上に報告させてもらうからな!俺たちを敵に回したことを後悔させてやる!」
「逃すとでも?」
「いや、逃げられるさ」
一瞬だけ怯みはしたものの男は懐から何かを取り出した。
それは広夢も知っているものだった。
淡い光を放つ青色の鳥を模った木像だ。
「ん?それは」
「緊急脱出用のマジックアイテムだよくそったれ!」
「あ、待て!」
広夢の声は男に届くことは無かった。
それよりも先にマジックアイテムが発動して男を予め指定された場所へと転移させたのだ。
「荒鷲の木像・青か、使用者一人を対象に発動するマジックアイテム…この世界も同じアイテムがあるのか」
おそらくだが俺が持っていてもおかしくないように神様が整合性を合わせたのかもしれない。
「う、ううん…」
「おっと、忘れるところだった」
広夢は剣を戻して少女のもとへと駆け寄ると拘束を全部解いてやる。
「えっとこういう時はどう声を掛けるべきか…」
しばらくして少女が瞼を開いた。
少女の瞳は綺麗なアメジスト色をしていて輝いていた。
現在、広夢はお姫様だっこをしている状態である。
そして広夢と少女の目が合うとこういうのだ。
「お怪我はありませんか、お嬢さん?」
「え、あ、はい」
白い歯を見せて微笑む広夢を見て頬を染める少女はただ頷くだけしかできなかった。