異世界イイトコロ
部屋に入ってまず思ったことは汚いである。
辛うじて足場はあるようで声の主のもとまでは難なく行くことができた。
部屋の中央にはテーブルが置いてありその奥に椅子に腰掛けてた声の主が居た。
天然なのか短い金髪の毛先はくるりと巻かれている。
そしてなんと奇抜な格好だろうか何かの式典か貴族が着ているような衣服を身にまといハット帽にはぐるりと懐中時計が付けられそれぞれが別々の時間を指している。
首周りにも眼鏡にゴーグルが複数、一体何に使うのか、またはそういうデザインなのか疑問だ。
エセ貴族とでも言うべきだろうか、しかしながらどことなく職人のような雰囲気もある。
「どうぞ、腰掛けて」
「は、はぁ…」
広夢は男に促されるまま目の前に置かれていた椅子に座る。
机には得体の知れない液体の入った試験管や三角フラスコ、羽ペンやどこの天体を表しているのか不明な地球儀が目に付いた。
いやいやいや、確かに目移りしてしまう部屋ではあるのだがそうじゃないだろ!俺!
まず最初に聞くべきことがあるだろうが!
「あの、ここはどこなんですか?なんで僕の部屋の扉に?」
扉というか廊下にだろうか?
というよりも元の廊下はどこへ?
「ここは私の部屋だよ、今は君の部屋と隣り合わせにして存在しているんだ」
「へぇー、そうなんですか」
「そうなんです」
「いやいやいや、意味わかんないから!結局のところ一体全体何しに!?」
「君を別の世界に連れて行こうと思ってね」
「………どういうこと?」
「あれ、わかんない?あれだよあれ、異世界転移ってやつ」
「いや、わかんないから」
「えぇー」
「その一から説明するのメンドくさいって顔やめて貰えます!?」
「じょ、冗談だよ冗談、ちゃんと説明するから、ね?」
男はコホンと咳払いすると広夢に向き直る。
「初めまして、私は神様です」
真顔で、キメ顔で、男はそう言った。
神?何言ってんだこいつ。
「神様だから君の部屋と私の部屋をくっつけることができるのです」
「なるほど、神様ってすごいんですね」
「なーんか信じてなさそうな顔してるけど普通の人に空間を操ることとかできないからね」
「はい、一応は分かりました」
「で、なんだけど、君、今の生活ってなんだか物足りなくない?」
「いや、得には」
そしてこの物語はここで幕を閉じるのだった。
~完~
「待って、お願い!」
「ちょ、なんなんですか、警察呼びますよ」
「いーじゃんもう少しくらい話聞いてくれたって、帰ろうとしないで後生だから!」
立ち上がり帰ろうとする広夢を自称神が机を乗り出して掴みかかる。
ただでさえ色々とものが置いてあるので乗り出した表紙に地球儀は転がり落ちインク瓶が中身をぶちまけた。
「は、離せ!」
「いやーだー、君が椅子に戻ってくれるまでいやあーだー」
なんだこの人、大の大人がここまで子供っぽく振舞うのを見て軽くショックを受ける広夢。
「わ、分かりましたから離して!」
「いやー話の分かる少年で助かるよ」
ニコニコと笑顔で座り直す自称神。
変わり身の速さにも驚いていると早く早くと椅子に促される。
「自分神様ってもっと威厳のある人だと思ってました」
「え、あるでしょ?」
「いえ、あなたには全くと言ってございませんよ」
「う、刺さるなぁ…まあいいや、気を取り直して聞くけど異世界って言ったら分かる?」
「すいませんアニメの話ですか?自分あんまり見ないもので、ジョ○ョぐらいですかね見てるの。まあ親が好きって理由ですけど」
「あ、○ョジョ?良いよねぇ私も好きだよ、お気に入りは七部かなぁっと、脱線脱線、そっかぁ、じゃあまずはそこからだね」
そういうと自称神は後ろに並んでいる本棚から本を何冊か取り出してきた。
そこには有名なものから全く知らないものまで揃っていた。
「これはデ○モン?」
「そう、数ある異世界モノでも一番有名で人気、他にも○バロ、この○ば、リ・○ンスター、転○スラ、○の勇者、リ○ロ、アラ○ォー、建○記、ス○ホ、無職○生、薬○、農○、庶民に○ぎたい、etc、色々あるんだよ」
「単に異世界って言っても色々あるんですねぇ」
「ほんとにね、基本はファンタジー世界の話なんだけどやってることは様々なんだよ。それに忘れちゃいけないのが俺TUEEEEEってやつ、主人公は何かしら能力を持ってたりする訳よ、それをね、広夢くんにプレゼントしちゃおうって訳!圧倒的な力で悪者を倒すのは爽快そのものだよ、それで女の子にはキャーキャーとモテモテさ!大丈夫だったかい?怪我はないかい?ここは任せて先に行け!という感じでまさにヒーローさ!」
「イマイチピンと来ないんですけど」
「鈍い、鈍すぎるよ広夢くん!要はこの神様が広夢くんに君がやっているゲームのキャラクターの力をあげて異世界に送ってあげるってことさ!」
「ッ!」
広夢の目が見開きそれを見た自称神が指を組んで顔を置く。
広夢も同じように指を組んで顔を置いた。
「フフフ、気がついたようだね広夢くん」
「話を聞こうじゃないか、擦り合せは?」
「オフコース」
この瞬間、広夢の異世界行きが決定した。
広夢は異世界への片道切符を掴んだのだった。
「広夢くんも気になっている能力についてだが、先程も言ったとおり君がやっているゲームのキャラクターの力をプレゼントしよう。ただ誤解しないで貰いたい」
「というと?」
「あれはゲームであって現実には無い物だ。だからそのままの力っていうものは渡せないんだよ」
「…」
「落ち込まなくても良いよ。なんたって私は神なんだからね!」
「流石神!G・O・D!G・O・D!」
「私は器用でね、大抵のものは創れるんだよ。だから広夢くんのやっているゲームの情報を紐解いて理解し、ちゃんと形にしてきました!」
「よっ社長!大統領!!」
そういうと自称神は机の上にコトンと紫色の結晶を置いた。
飴玉サイズで少し透き通っていて綺麗な宝石の様だった。
「それを飲み込むとあら不思議、君の視界には見慣れたステータス画面やなんやらが出る仕組みさ」
「これを飲み込むのか…お腹痛くなったりしない?てかちゃんと消化できるの?」
「当たり前じゃないか、私は神ダゾ?」
「よ、よし!」
広夢は意を決して結晶を飲み込んだ。
飲んだあとお腹の調子を確認して抑えてみるが特に変化は無く視界に変化も起こらない。
「なんにも変わんないけど…」
「消化までに多少時間がかかるからね」
「あ、消化したあとなんだ…」
「じゃあ早速異世界に…」
「ちょ、ちょっと待って!」
自称神が空間から杖を取り出して何かをしようとするのを見て待ったをかける。
「まだ問題でも?」
「よくよく考えてみたらさ、この見た目でカッコつけるのってちょっと恥ずかしいというかなんというか…」
「ああ、そういうこと、そこもノープロブレムさ、ちゃんとゲームで使ってる見た目にしてあげるよ。なんたって、私、神ですから!」
「か、神様!」
「はい、それじゃいきまーす」
自称神はそういうと杖を横に振った。
その瞬間広夢の姿は掻き消えそれに合わせるように扉が自動的に閉まる。
「ふぅ、一件落着」
自称神が疲れたと椅子に背を預けると先ほどの扉がノックされた。
返事を待たずに扉が開かれるとそこには栗色の長髪が似合う小柄のメイドさんだった。
「お疲れ様です」
「あ、ティオ、お茶入れてくれたんだ。ありがとう、いやぁ、久々に喋ったから喉が渇いて渇いて」
お盆から湯呑を受け取って一気に煽る。
「また幼気な人間を騙したんですか?」
「騙してなんかいないよ。今までに私が人間を騙したことなんてあったかい?」
ティオは少し記憶を辿ると口を開く。
「いえ、ございません」
「でしょ?さ、しばらくしたら様子みるから今は少し眠るよ。一日経ったら起こしてね」
「かしこまりました」
「…」
自称神は被っていた帽子を顔にずらして手をお腹辺りに置いて眠り始めた。