白と黒の剣
サルベー遺跡跡、パリドネル王国だけでなく似た様な遺跡はこの世界に数多くあった。
もう殆ど崩れていて建物としての原型は無いものも多かったがその中でもサルベーは随一だった。
そこに何かがあったのは確かだが建物の下の部分が数センチしか残ってないので研究者の大半はこの場所を遺跡跡と、もう何も出ない所と呼んだ。
しかしパリドネル王国の調査団はこの遺跡を諦めてはいなかった。
地上に無いのなら地下を調べるんだと、半ば往生際の悪い考えで掘り進んでいた。
しかし掘れど進めど出てくるのは土、石、土と調査団の面々も流石に諦めの雰囲気に成りつつあった。
三十人は居た調査員も次第に一人また一人と辞めていった。
そして残った十人のメンバーも今回の発掘で成果が出なかったら撤退を考えていた。
団長のグレンパール・コルテオを除いては…。
現在グレンは三十五歳で汗でへばりついた赤黒い髪にタオルを巻いていた。
グレンがなぜ諦めないのか、それは一つの発掘品があるからだ。
グレンの首に紐で掛けられてあるそれはなんの変哲もない刃の欠片で、メンバーからはたまたまそこに落ちてたんだよと言われていたがグレンは諦めきれなかった。
今日こそはとスコップで掘っていく、掘っていく、掘っていく、太陽が真上に来て昼食をとりまた掘っていく。
深さだけならかなりのもので建物一軒分はあるだろう。
紐と鉄の棒で作られた梯子をかけて行き来をする。土はバケツに入れて上から引き上げる。
広さは大人五人が座って寛げるぐらいにはあった。
グレンだけでなく他にも三人が掘る作業を続けていた。
「団長、もう良いでしょう?」
「まだだ…」
「日も傾いてます。街に戻りましょうよ」
「……」
この手を止めた時がこの事業の終わりである。
そんなのは嫌だった。
他の国に行けばもっと色々なものが出てくる遺跡はあるだろう。
だがこの国は?この国のサルベー遺跡は他の所じゃなんと呼ばれている?
遺跡“跡”だぞ?
グレンは研究者じゃないこの国の人々もこの場所をそう呼んでいることを知っていた。
既に前から諦められているのがこのサルベーという遺跡だったのだ。
そして刻限が来る。
他のメンバーがスコップを置いて梯子を登っていく。
行くなよ、俺たちが諦めたら…馬鹿にされたままなんだぞ?
止まれよ、何のために俺たちみたいな研究職の人間が手に豆を作って、汗水たらして筋肉付けて探してるんだよ。
しかし残ったのはグレン一人、残りの十人のメンバーは上で帰る準備を進めていた。
そして、遂に夜になった。暗闇の中では作業ができない。
明かりを持ってきても地中では中々照らせず意味を成さない。
グレンはスコップを強く握り締めて地面を叩いた。
「チクショウが!!」
その時だった。
突き刺さったスコップを中心に地面に亀裂が入ったのだ。
そして地面が割れてグレンは空中へ放り投げられることになる。
咄嗟に梯子を掴もうとしたが間に合わずグレンは暗闇の中を落ちていった。
当然ながらその異変に他のメンバーも気づいた。
崩落音を聞きつけて慌てて穴へと顔を覗かせる。
「だ、団長、今の音なんですか!?大丈夫なんですか!?」
「団長今の音はいったい!?」
しかし返事は無くその声は暗闇に吸い込まれていく。
一人が意を決して松明を片手に梯子を降り始める。
そして先程まであった筈の地面が消えていることに気がついた。
「じ、地面が…団長!グレン団長!!」
―――
全身の痛みで目を覚ましてグレンは起き上がった。
長い間力仕事をしていたおかげで筋肉がついていたのか骨は折れておらず打撲だけで済んだ様だった。
それに崩れた土がクッションになっていたのも大きい。
イテテと腰を摩りながら起き上がるとグレンは動きを止めた。
そこは部屋だった。いや、宝物庫と言っても過言ではないだろう。壁が魔道具になっているのか幾何学模様に光っていて視界には困らない程明るい。
辺りには金具に止めたれた指輪やネックレス等の装飾品が輝き、剥き出しで錆も刃こぼれも無い剣や槍が反射で輝いていた。
と、ここで自分は落ちたのだと気がついた。
天井を見上げて見ると穴がぽっかりと空いており光が漏れていた。
「団長!グレン団長!!無事ですかぁぁ!!」
「俺は大丈夫だ!それよりも世紀の大発見だぞ!皆も降りて来い、まだ梯子はあるだろう!?」
「団長!無事なんですね!?今助けに行きます!!」
少しばかり話が噛み合っていない感じもしたが彼らもこの部屋を見れば興奮が勝ることだろう。
グレンはもうガッツポーズをせずにはいられなかった。
一刻も早くこの部屋の物を研究所に持ち帰って調べたい気持ちだった。
彼らが下りてくるのにまだしばらく時間がある。
グレンはその間の時間が惜しいと近くに落ちている金貨を拾って観察する。
表面らしき所には数字と誰かの横顔、きっと歴史に名を残した誰かに違いない。
裏面だと思われる所には文字と数字だけだった。
文字は見たことがないが数字は多少の差異はあるものの現在使われているものと同じだったので読むのに苦労はしなかった。
「626…年だとは思うが…」
取り敢えずそれを戻して別の物を調べることにする。
既にグレンは目の前の物に夢中で体の痛み等忘れていた。
次にグレンが目を横切らせたときだった。
何か黒いものが見えて顔を戻した。
そこには台座に刺さった漆黒の剣が異様は気配と共に佇んでいた。
そしてその横には真逆に純白の剣が台座に刺さっていた。
白と黒、グレンは直感でそれが対となるものだと気づいた。
直ぐに近づいて観察する。
この刀身はなんの鉱石を使っているのか?どうやって造られたものなのか?
何時頃、何の目的があって造られたものなのか?
考えられる事を考えるだけでグレンの想像が頭を埋め尽くした。
グレンは逸る気持ちを抑えきれずその黒い刀身に触れた。
右人差し指が刀身に触れた瞬間。
グレンの頭の中に何か無機質な声が流れてきた。
「――――― ネンブリニ、セイメイタイヲカクニン・・・シキベツ、コタイメイ、グレンパール=コルテオ・・・タイショウハヒューマン、オトコ・・・ソウビテキセイシンダン・・・・・・エラーハッセイ、エラーハッセイ・・・タイショウコタイハレベルキテイチヲオオハバニフソクシテイマス・・・・・・ゼンカイノセッショクカラノスパンヲケイサン・・・ハンダンノケッカ、タイショウコタイグレンパール=コルテオヲキョウセイソウビオヨビキテイチマデノイクセイヲカイシスル」
「え?」
その瞬間漆黒の剣が瞬きの間にグレンの右腕に刺さった。
音もなく、そんな動きもなく本当にまばたきを一回した後にはグレンの腕に刺さっていたのだ。
そして、漆黒の剣は溶けるようにどろどろの液状になって切り口から侵入してくる。
腕の中でのたうち回る光景は腕の中に蛇やムカデでも入っているかのような気持ち悪さがあり咄嗟にグレンは肘を掴んでこれ以上上がってこれないように試みる。
「な、何なんだこれは!?くそっ!!」
掴んだのが功を奏したのか腕でのたうつ剣だったものは直ぐに落ち着きを取り戻す。
ホッとしてグレンが手を放した瞬間、グレンの右腕は肘から上だけを残して跡形もなく吹き飛んだ。
絶句、まさにそれが相応しかった。
静寂とは裏腹にグレンの脳内は激しく混乱を来たしていた。
無い。何が?腕が。何で?何故?え?分からない。
「あ……あああああああ!?――――――」
脳が現実を受け止めきれず、処理しきれずに鼻から血を流してブラックアウトする。
ああ、これは夢だ、そうに決まっている。
そんな甘い考えがグレンが最後に抱いたことだった。
―――
軋む車体に摩擦で煙を出し始める車輪。
絶叫を糧にするかのように加速する馬車は正に怪物。
中に乗っているハイルは次第に重力に負けて馬車の背に体を貼り付ける。
「ヒャハハハハハ!!お前たちも嬉しいか!!」
「ブヒヒィィィィィン!!!」
「ブルルルゥゥ!!!」
「そうかそうか!」
なんで会話出来てんだ!と叫びたい思いだったが。
思うように動かず断念する。
早く止まってくれ。
それだけがハイルが今できる祈りだった。
そのせい、もといその結果のおかげでハイルは国境へとたどり着く事ができた。
一応はステータスの高さもあり五体満足である。
馬車は物の見事にバラバラに、国境に敷かれた壁に激突して廃材へと早変わりした。
では御者のお爺さんと馬たちはどうなったかだって?
ハハハ、勿論生きてるさ!あの野郎、ぶつかる直前に馬車と馬を切り離して自分たちだけ逃げやがった。
マジで許せない。野放しにされた馬車と俺は成す術無く激突したというのに。
「いやぁ、久しぶりに血が滾ったわい。ささ、早く国境を越えて次の街へ…」
「行くか!二度と乗るか!」
「ッ…」
「なに心底驚いた様な顔してんだよ、当たり前だろ!」
「じゃが、もう次の街までの料金も貰ってしまってるしのぅ…」
老人は指をツンツンしながら言う。
どう見てもただ走りたいだけの様にしか見えない態度である。
「いい、あげる」
「いや、しかしのぅ…契約が…仕事じゃし…」
「問題ない」
「…ダメ?」
「ダメ」
老人は絶望した。
もう走れない事に…。
そこへ彼の馬が慰めるかのように老人へと擦り寄ってくる。
「おお、ソシリウス、ヴァインダリス慰めてくれるか!よーしよしよし!」
「なんなんだこいつら…」
「あんた、わしは反省したよ。確かにスピードを出しすぎたかもしれない。久しぶり過ぎて舞い上がっておったのじゃ、わしの馬車に乗る酔狂なもんは中々おらんくてのう…すまなかった。これがきっと最後なんじゃろう。最後に楽しく走らせてくれてありがとうな…じゃあ達者で……」
そう言って老人は馬二頭を連れて引き返していく。
途中途中でこちらをチラリと見返しながら。
それを頑なな顔で仁王立ちのまま見据えるハイル。
「チラ?」
「…」
「チラチラ?」
「…」
「チララララ?」
「早く帰れ!」
「うわーん!!」
「ブヒヒィィィィィン!」
「ブルルルゥゥ!!」
遂に観念したのか老人は馬を引っ張って走り去っていった。
そう馬を引っ張って。
あの老人馬必要ないだろ。
そう思ったハイルだった。
―――
「ちょう…団長!グレン団長しっかりしてください!!やっぱり無理しすぎたんですよ!!」
「うっ…ここは…はっ、そうだ!」
いつの間にか団員達が降りてきておりその一人に抱えられている状態だった。
気を取り戻して直ぐに自身の右腕を確認する。
するとそこにはいつもと何ら変わらない腕が、見慣れた自分の腕が確かな感触と共に存在した。
ホッとして周りを見ると数人の団員がこの部屋の物を上に運び出している最中だった。
「わ、悪い。俺は落ちたんだったな…あまりの光景に痛みを忘れて調べようとして…それで…」
「全く、あなたと来たら…確かに団長の心中は察して余りありますが。それでも怪我をしては意味がないんですよ!」
「ああ、悪かった。もう一人で立てる」
団員を押しのけてよろめきながらも立ち上がった。
右腕で鼻血を拭い…。
感触は今までと変わらないな。やっぱり夢かなにかだったんだろう。
もしかすると盗賊対策の幻術魔法が施されていたとか?
そう思い先ほどの剣の置いてある場所を見ると空の台座が二つ置いてあるのが見えた。
「お、おい、あそこにあった剣はどうした?」
「ああ、あれですか、かなりの業物って感じでしたよね。安心してください。最優先でかつ慎重に丁寧に上に運びましたよ」
「そ、そうか、なら良かった…良し、この部屋の物を傷つけずに全部運んで撤収だ!!」
「「おう!!」」
グレン達は最大級の成果と共にメンタークへと戻るのだった。
そして、持ち運んだ発掘品の中にあの漆黒の剣は見当たらなかった。
しまった!グレンパール・コルテオはのろわれてしまった!




