プロローグ
この世界がまるで楽しい世界だと思っているのなら、ゲームだと思っているのなら、僕は、僕は本当に馬鹿だったんだなと思う。
佐々木広夢、14歳、中学二年生、趣味はRPGゲームとお笑い番組を見ること。
勉強はそこそこ出来て体育は普通のどこにでもいる子供だ。
学校から帰宅すると真っ直ぐに部屋に戻ってオンラインゲームに勤しむ。
今日も今日とて今やっているファンタジック・エッセンスをプレイ中だ。
やっとレベルが100に到達するというところで昨日は止めてしまったので逸る気持ちを抑えきれなかった。
通学カバンをベッドへと投げて学ランのまま椅子に腰掛ける。
すぐさま電源ボタンをオン、立ち上がった瞬間に慣れた手つきでゲームアイコンをクリックして起動する。
スクリーンいっぱいに画面が出ると制作会社の名前とゲームロゴが順に表示される。
スタートを押してゲームの世界に入る。
見慣れた街のマップが表示されると既にプレイしている人たちが各々でアバターを動かしている。
広夢も直ぐにキーボードを押して自身のアバターを操作する。
キーボードと連動して動くのは「Heil」と頭上に表記された青に白の鎧を着た長い金髪の聖騎士だ。
長髪だが性別は男である。髪を長くしたのはなんとなくその方がかっこいいと思ったからだ。
街を出て真っ直ぐに目的の山へと向かう。そこで広夢はレベルをよく上げていた。
そこは荒れた山で頂上に行けば行くほど植物が無くなって灰色の世界が広がっている。
勿論それだけではなく行けば行くほど敵の強さも上がって行く。
広夢が目指しているのもそこだ、頂上付近にはドラゴンやワイバーンと言った竜種が住処としていて高レベル帯になってくるとそこがレベル上げにちょうどいいのだ。
広夢の他にも多くのプレイヤーが経験値集めに勤しんでいる。
パーティを組むもの、ソロで活動するもの、様々だ。
広夢は基本的にはソロで遊んでいた。
時々臨時でパーティを組んだり、レイドやイベントで必要なら組むぐらいだった。
ギルドにも入ってはいるがあまり顔を出していない。誰でも歓迎の適当なギルドに入っているためだ。
パーティを組むというのはもっぱら彼らとだった。そういうギルドなのだ。
名前だって適当で幻想騎士団と広夢が勝手に変えてそのままなのだ。
と、誰も戦闘をしていないドラゴンを見つけたので早速攻撃を仕掛ける。
簡単な呪文でこちらにタゲを取って戦闘を開始する。
慣れた手つきでスキルやアイテムを使用する。
アバターがそれに沿った動きをしてドラゴンを攻撃する。
基本は剣での戦闘を行うのでアバターも剣を振り回していた。
途中夕食とお風呂で離れたがしばらくするとドラゴン狩りで遂にレベルが100に到達した。
やったとガッツポーズをして机に肘を打ち付ける。
痛みで画面から目を離すと机の右斜め上に掛けられた時計に目が行った。
熱中し過ぎて時間を忘れることはよくあるが今日は既に夜中を回っていたようだ。
今から寝ても睡眠時間は6時間程だ、まあ問題はないだろう。
これが土日ならもう少し遅くまでやっているのだがやりすぎると母さんと父さんに怒られるので自重している。
これで成績が落ちた暁には最悪の場合没収まであるだろう。
とりあえずトイレ行ってさっさと寝よう。
広夢は部屋の扉を開けて見慣れた廊下に出ようとした。
しかし、そこには見慣れた廊下は無かった。
代わりに色々なものが所狭しと置かれた散らかり放題の部屋が広がっていた。
「寝ぼけてるのかな…」
広夢は一度扉を閉めて目頭を解す。
もう一度扉を開くとそこには見慣れた廊下…ではなく先ほどと変わらず散らかった部屋が広がっていた。
「え、え、え?」
まさに混乱状態だろう。これがゲームなら速攻で状態異常回復ポーションを使用しているところだ。
だがここは現実で後ろを振り向けば見慣れた自室が広がっている。
と、自室の窓に目が行って駆け足で確認する。
外は間違いなく見慣れた町が広がっている。
しかし部屋の扉を見ればそこは別世界。
どうすれば良いのか困惑していると扉の奥、即ち謎の散らかり部屋から声が飛んできた。
「早く入ってきなよ。別に取って食べたりしないからさ」
正直に言ってここまで恐怖を感じたのは小学生のころに見たホラー映画ぐらいであった。
心臓が脈打つ中広夢は勇気を出して声のする部屋へと入ることを決めた。