緊急離脱装置
「メーデー、メーデー、メーデー!我、攻撃を受ける。我、攻撃を受ける!」
緊急電を発したものの、相手がわからないし、単なる故障ということもある。
が、今まさに失速し、墜落寸前となっているのは事実だ。
錐揉み飛行をして、わずかにくるくると回っている。
ただ違うのは、地面にほぼ75度の角度で突っ込んでいっているということだ。
角度計でどうにかわかるものの、それも本当の角度を示しているのかあやしい。
「っくそ、帰ったら灸据えてやる」
もはや誰も聞いていないだろう。
こうなったら最後の手段を使うしかない。
「緊急脱出シークエンス開始」
緊急脱出装置は、極めて簡単に使える。
右側か左側のどちらかにある、両手両足それぞれのスイッチのうち2カ所を押す。
目安はかかとと手首の位置だ。
スイッチが機能しなかったら、座席下にあるレバーを引くという手もあるが、今回はそれは使わなくて済んだ。
高度1万mから急激に落下し、運よく水面へと墜落していく機体から、時速300kmで射出される。
ここがどこかということは二の次だ。
この射出と同時に、緊急ビーコンが手野グループの衛星に伝えられる。
だからすぐに救助が来るはずだ。
ふわふわと浮かびながら墜落していく機体を眺めていると、何がおかしいのかが分かった。
「エンジンがねぇな」
見事にエンジンがあったはずの両翼には、スッキリと空間があった。
まるで空爆後のようだ。
どこに落ちたかは武装警備本社に任せることにした。
どうせここでは何もすることがない。
戦闘中ではないということがよかった。
「私は手野武装警備飛行少尉だ。すまないが、連絡できるところはないか」
パラシュートをたたみつつ、遊んでいる子供らに尋ねる。
サッカーでもしていたのか、地面には線も引いていないが、近くにあった彼らの頭ほどもある石2つをゴールに見立てて、攻めた守ったと遊んでいた。
「あっち」
指さしてくれたところからは、大人らが心配そうに出てきていた。
「ありがとう」
英語が通じるだけありがたい。
まだ意思疎通は楽そうだ。
電話は、通じたが金を要求される。
手野武装警備では、こういう時の為に、非常着陸用の金銭をいくばくか持たせていた。
1ドル紙幣が5枚、25セント硬貨が8枚、それに1セント硬貨が1枚だ。
「これで足りるか」
ドル紙幣を渡すと、貸してくれた村の長老はにこやかにわーわーと話してくれる。
衛星電話で、緊急ダイヤルへと連絡を入れる。
「手野武装警備です」
声が聞こえる。
なんと日本語だ。
「こちらはケビン、ケビン・ウォック飛行少尉。所属番号F521」
女性が答えたので、優しい声で、たどたどしい日本語で答える。
「……了解しました。事態の概要をお願いします」
「1項事案が発生した」
「分かりました。今の状況は」
「1項着陸で近くの村にいる。場所は世界測地系で不明、現状、衛星電話によって通話中」
「分かりました。すでに1項事案は完了しましたか」
「完了したと推定、完了地点は不明」
全部日本語で、なかなか難しいが、理解をしてくれているようだ。
「了解しました。現地にて安全であると判断されるのでありましたら、そのまま待機してください。1項着陸は後刻報告を願います」
「了解」
電話を切ると、見たこともないものを見る目つきで、彼らが見ていた。
「あなたは魔術師か何かか?」
このご時世、そんなことを聞かれるとは思いましなかった。
「いえ、ただの少尉です」
そう答えるのがいっぱいいっぱいだ。
1時間かからずに、最寄りの手野武装警備か姉妹会社の基地からヘリが1機やってきた。
「ケビン飛行少尉ですか」
「そうです」
ローターがゆっくりとなり、止まる。
「お迎えに来ましたが、その前に1項着陸地点を確認します。どこですか」
「あのあたりです」
指をさすのは湖だ。
海ではなかったが、完全に水没しきっていることだろう。
「分かりました。ここに駐屯し、機体の回収の確認をします。あなたはこのヘリに乗り込んで、一度基地へと帰ってきてください」
ヘリから降りてきたのは、どうやら機体回収専門の部隊らしい。
詳しくは知らないが、ここからは俺の出番はなさそうなので、さっさと怒られるために帰ることにした。
敬礼を交わし、ヘリコプターに乗り込み、ドアを閉め、それから6人の回収班を置いて、俺は空へと再び戻った。