4 初恋
俺の初恋は妻に逃げられてからだった。
俺は17歳の時に結婚して18歳の時に子供が生まれた。
妻とは幼い頃からの婚約者だった。
好きな物が違いすぎて、お互いが仲良くなることもなく、結婚することになった。
なので最初から夫婦仲は最悪だった。
ただ跡継ぎを生んでもらうために夜の生活だけはあった。
妻もつらかったのだろうと今になって思う。
毎日顔を合わせても会話らしい会話もせずに黙々と食事をする生活なんて
誰だって嫌だろう
娘、ベルが生まれた何か変わるのかと思ったが変わることもなかった。
俺は娘を溺愛しつつ、妻の事を気にかけているつもりだったが
たぶんつもりでしかなかったのだろう
そのつもりは妻には届かず。
そんな生活をしていたら当然妻は出て行った。
しかも男を作っていたことをここで初めて知った。
周りは憤っていたが俺は
俺では妻を幸せにすることはできないと思っていたから
これでよかったと心のそこで思った。
それからベルの育児と仕事の両立に励んだ。
俺の家は貴族にしては珍しく、親が子供を育てる家庭だ。
使用人は必要最低限の手伝いしかしないように伝えている。
まあ、一応やばそうな時や俺が仕事で遠征に行く時はさすがに
面倒を見てくれる、できたやつらだと思う。
そしてモワノール王国の救援が終り、救援失敗による失意の底にいる時に
その女性に出会った。
名前はリィ、赤髪に翠色の瞳という。モワノール王国民の特徴が色濃くでている見た目をしている女性だった。
はじめてあった時の事は今でも思い出せる、その日は増えすぎた魔物の討伐を一人で請け負っていた。
第一騎士団は貴族の断罪の他にこういったことは世間一般的な騎士団の仕事も当然する
ただし単独ですることはない
単独で行うのは新しく騎士団に入ったアホか命知らずな奴だけだ。
ただこの時の俺はそんなことも考えずに一人で討伐に向かった。
魔物に自分の無力感をぶつけたかったのだろうと思う。
そんな自分には精神的に余裕なんてあるわけもなく
いつもなら簡単に倒せるはずの魔物に手間取り、不意打ちで傷を受けてしまった。
その魔物自体は無事に倒せたのだがその場から動けなくなった。
だんだんと意識がとおくなった時、どこからか優しい光につつまれた。
回復魔法だ、俺はそう思った。
だんだんと癒されていくのを感じる
ふと、近くを見ると女性がいた、それがリィだ。
彼女は必死に俺に回復魔法をかけている。
ああ、暖かいな。
そして魔法で俺は完全に回復した。
回復が終った後に彼女は心配そうに俺の顔を見ていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。助かった」
「よかった」
彼女がにこやかに笑った。
なんというか、かわいい人だなと思った。
「自分の名前はスタード・ベルジュ一応公爵やっている、貴方は?」
「……名前はリィと申します。旅の魔導師をやっています」
「そうなんですね、本当に助かりました」
「いえ、気にしないでください、では私はこれで失礼します」
その時何故か、引き留めないと二度と会えない気がしてしまいつい言ってしまった。
「あのもし、まだ宿をとっていないのならの我が家に泊まりに来ませんか? そこで助けてくれたお礼をしたいのです」
「そんな悪いですよ」
「大丈夫です、それよりも助けてもらったお礼をしない方が我が家にとっては問題です」
「……そこまで言ってくださるのならば一晩だけお願いしますね」
「ええ、もちろんです」
「それではこちらです」
そして俺は彼女を連れて自宅に戻った。
自宅に戻った俺は長年勤めてくれている初老の執事のセバスに今までの経緯を説明してリィを紹介する。
ついでにおもてなしをするようにも伝える。
「かしこまりました、では歓迎の準備をいたしますね、それと今回の任務の報告はしておきましたか?」
「あーすまん、し忘れた、ついでにしておいてもらってもいいか?」
「はい、かしこまりました。しかし報告するまでが任務ですから、次回からは気を付けてくださいね」
「面目ない」
「いいえ、では失礼いたします」
お小言をいいつつも、なんだかんだでやってくれるセバスには大変助かっている。
さてと、リィを部屋に案内しないといけないな。
そう思っていると幼馴染のメイド、フィルが話しかけてきた。
「スタード様、お帰りなさいませ、セバスからお話は伺いました。すぐに通せる部屋はございますので私が彼女の案内をいたします」
「ああ頼むよ」
「ではこちらに」
「はい、よろしくお願いします」
彼女も俺にとってはとても頼りになる存在である。
見た目は20歳を超えているように見えるが、実際は俺と同い年の18歳で結婚もしている。
子供もいて、ベルと同い年だ。
あれ、そうやって考えるとフィルと俺の関係のようになるのかベルとフィルの娘レフィは
親子二代で幼馴染とはなかなかだな……
さて、フィルが案内をしてくれているので
俺は自室にもどり、着替えた。
さすがに血まみれのままずっと過ごすわけにはいかないからな。
そして、しばらく部屋でぼーっとしていた。
いつもだったらモワノール王国について考えて、考えて
後悔して、もっと強くならなくてはとは考えていた。
だが今日は違った。
出会った、リィについて考えている。
彼女はどうしてあそこにいたのだろうか
それがとても不思議だ
だがそれでもいい
俺は何故か彼女には惹かれるものがある。
あの国を守れなかった自分が
あの国の面影を持つものに惹かれるのは間違っている
あの事があってから
そんなに時間が経っていないのに
面影のある彼女に惹かれているなんて
そんな事を感じる自分が
嫌になってしまう。
そんな感じで考え込んでいるとドアをノックする音がした。
俺は返事をしそびれたが来たのは幼馴染のフィルだったので
いると断定したのだろう、ドア越しに話しかけてきた。
「スタード様、そろそろお食事の時間です」
「……わかった、今いく」
考えることをやめて俺は食事が用意されている部屋に向かった。
食事が用意されている場所は大広間だった。
長いテーブルに清潔なテーブルクロスがかけてある。
その上にいつもより少しだけ豪華な食事。
いつもだと、少しの肉とスープとサラダ、パンと至って普通の内容だ
まあ貴族的ではない食事内容だ。
我が家は貧乏というわけではなく、基本的に生活に関しては質素な生活をしている。
そのかわり、剣や防具の開発をして、完成したものを自警団に渡して領地を守ってもらっている。
まあ、最高の出来のものは一応我が家が使用しているが。
さらに領民に還元できるような便利道具を開発している。
さて今回の食事内容はいつもの内容とステーキとワインが置いてあった。
今日はリィの歓迎を兼ねているために少しだけ豪華なのだ。
そのリィというと最近俺の義弟になった、ライトと少し話し込んでいた。
二人が並んでいると姉弟みたいだなぁと思った。
二人ともそっくりな髪の色なのだ。
俺はすでに座っていた二人の前の席に座り、遅れたことをわびた。
「すまない、遅くなってしまったようだ」
「スタード様、大丈夫です。ライト様と話していましたし、そんなに待っておりません」
「それならよかったが、ライトも大丈夫か?」
「……スタードさん、大丈夫です」
実はライトとは何を話したらいいのかわからずに困っているのだ。
たぶん、ライト自身も何を話したらいいのかわからないのだろうと思っているので
俺は頑張って話しをしてみようとしている。
「本当に? 本当に大丈夫か?」
「……大丈夫です」
本当に何を話したらいいのか?
リィがいるというのを忘れて頭を抱えた。
近くから少しだけ笑う声が聞こえた。
見るとリィが笑っていた。
「スタード様、そんなに難しく考えなくてもライト様の話しをちゃんと聞いてあげてください、それだけ今は十分ですよ」
「そうなのか。ライト?」
「…うん、僕の話しを聞いてほしいかな、スタードさんはいつも僕の事を気遣ってくれるけど、僕の話しは全然聞いてくれないんだもん」
「すまなかった、気が付かなくて」
「ううん、僕も言わなかったから、これからは話してもいい?」
「もちろんだ、どんなことでも話してくれ、俺はライトと仲良くなりたい」
そういうとライトは初めて笑った。
それに感動して少し涙ぐんでしまった。
それをごまかすように、話しをしながら食事をはじめた。
食事も無事に終わり、ライトには明日の剣の稽古について話しをすると嬉しそうに部屋に帰って行った。
剣の稽古は好きらしく、できることが嬉しいと言っていた。
俺はそれすら、気が付いていなかったんだな。
ちなみにリィと俺はまだ大広間にいる。
リィは嬉しそうに微笑みながら俺に話しかける。
「スタード様、よかったですね」
「ああ、ありがとう、リィのおかげでライトと分かり合えた気がするよ」
「それはよかった」
微笑む彼女に俺は傍にいて欲しいと心の底から思った。
出会ったばかりだし、やはりあの国の面影があるものに惹かれてしまう自分に嫌気もさす
だがこの気持ちは本物だ。
だから聞いてしまった。
「……これから、リィはどうするんだ」
「……私はこれから遠い旅に出ます」
彼女の表情は真剣だ、この決意は出会ったばかりの俺なんかではきっと変えられない。
無理して残ってもらってもそれは俺が惹かれた彼女ではないだろう。
だから俺は詳しくは聞かないことにした。
そしてこの気持ちは伝えないことにした。
だが一つだけ贈り物をしたいと思う。
「そうかもっと恩を返したかったが」
「今日のこのお礼だけでじゅうぶんです、申し訳ございません」
「謝らないでほしい、きっと君にもやるべきことがあるのだろう、ただ助けてもらったお礼が一泊だけというのは俺の気がすまない、だからせめてこれだけは受け取ってくれないか?」
俺は女性に対する贈り物ではないとわかったうえで一つの贈り物をする。
それは……
「公爵家の紋章が入った、スティレット!?」
短剣を彼女に贈った。
他国の出身である彼女にはただの変な男に見えるだろう。
女性に剣を贈る変な男だと。
我が家は愛する人には家の紋章が入った剣を贈る風習があるんだ。
それは戦姫様と伴侶になった神様が聖剣を贈ったことが起源だと言われている。
そしてその風習を知っているのは高位貴族だけだ。
だから彼女はその意味は知らないはずだ。
俺の気持ちを伝える気はないがそれぐらいは許してほしいと思う。
「いいのですか、これを貰っても」
「ええ、お礼ですから。それにそれがあれば少なくとも我が国では貴方の身分は保証はされますし、それに護身用にでも使えるので使ってください」
「……ありがとうございます。大切にいたします」
彼女は頭をぺこりと下げた。
表情はわからなかった。
だがそれでいい。
その後、俺は彼女と色んな話しをした。
基本的にはこの国の近隣の事だけだった。
だけど彼女は近隣国であるモワノール王国に関しては何も話しをしなかった。
それは少しだけ疑問に思ったが何も聞かなかった。
話したくないこともきっとあるだろうし
夜遅くに彼女と別れて俺は自室に戻った。
それから彼女にはずっと会えていない。
俺が目を覚ました時には彼女はこの屋敷からすでにいなくなっていた。
屋敷の使用人は誰も見ていないらしい。
彼女は誰にも見送りを許してはくれなかったみたいだった。
ただ、彼女が泊まった部屋には紙だけが残されていた。
それには一言、ありがとうとしか書かれていなかった。
それが俺の初恋で失恋だった。