桜の封印―6
彼があの桜の樹の下に
姿を現したのは
あれから数日後のことだった。
彼は僕を見つけると
気まずそうな顔をする。
僕は軽く微笑んだ。
「このまま逃げるって」
「思ってなかったか?」
そう聞かれ、
「思ってなかったよ」
正直に答えると
彼は何かを
思い出したような顔をし、
「あんたからは逃げられないか」
そう言って苦笑いする。
僕らは彼女のいる
病院へ向かった。
僕は彼が何かを
握り締めているのを
見つける。
「それは?」そう聞くと
「内緒」と笑う。
彼女の病室へ降り立った。
「さよ、ごめんな」
彼はまだ
眠っている彼女に声をかける。
もちろん返事はない。
「今、迎えに行くから」
そう言うと
僕に振り返る。
僕は頷いた。
僕は大鎌は振り上げ、
宙を引き裂いた。
―桜吹雪が舞う、
あの場所に僕らは立った。
あの桜の樹の下に
彼女が一人佇む。
彼はまた僕を見た。
僕は黙って頷き、
背中を押す。
「さよ!」
彼は彼女の名前を
叫びながら駆け寄る。
彼女は振り返り、
パッと笑顔を見せて
「もぉー遅いッ!」
そう言って
彼の胸を軽く叩く。
「ごめんな」そう言うと
彼は彼女に
手を差し出す。
彼女はその手を
握り返した。
彼等は桜吹雪の中を
ゆっくり歩き出した。
「やっと会えたね」
「ずーっと待ってたんだよ」
彼女は彼の顔を覗き込む。
「ホントごめん」
「・・・どれくらい待ってた?」
彼がそう聞くと
彼女はしばらく考え込み、
「どれくらいだったっけ・・・」と呟く。
彼女は少し俯いたまま
「夢を見ていたような気がするの」
「とても哀しい・・・」
そう呟く。
「どんな夢?」
彼がそう聞くと
彼女は首を横に振り、
「もういい」
「こうやって会えたから」と笑う。
彼は彼女に向き合い、
「教えて」と言う。
彼女は躊躇いながらも
「夢の中でも」
「あたしたちはこうやって」
「桜の中を歩いているの」と語りだす。
「何を話してるのかまでは覚えてないけど」
「二人で笑ってるの」
「でも突然大きな音がして・・・」
「目の前が真っ暗になるの」
「映画が終わった時のような真っ暗に」
そこまで話すと
彼女はひとつ溜息をつく。
「―気づくとあたしは一人なの」
「そこでずっと」
「あなたが来るのを待ってるの」
「それの繰り返し」
そう言って微笑む。
彼はそんな彼女を
ぎゅっと抱きしめた。
突然の行動に
彼女は唖然とするが、
すぐに笑顔になって
「どうしたの?」
そう言って手を背中に回す。
彼は彼女の髪を撫でながら
「さよ、聞いて」
「それは・・・夢じゃないんだ」
そう呟いた。
彼女は少し離れ、
「え?」と彼の顔を覗き込む。
彼は俯いたまま
「お前が夢だと思ってることは」
「本当にあったことなんだよ」
そう言った。
彼女はまだ
理解できていないようだ。
首を横に振る。
「何言ってるの?」と彼を見る。
「嫌よ、あんなの・・・」
「夢じゃなきゃ嫌」
そう言った瞬間に
涙が頬を伝う。
―時がきたようだ。
僕はまた大鎌を振りかざし、
桜の樹を引き裂く。