桜の封印―3
どう「封印」を解くか
まだその糸口は見つかってなかったが
僕はその桜の樹の下の彼に
毎日会いに行った。
相変わらずぶっきらぼうだったが
少しずつ心を開いてくれるようだった。
僕らは桜の樹の根元に座っていた。
「ねぇ」
「君の彼女の話を聞かせてくれない?」
そう切り出すと
一瞬驚いた顔を見せたが
やがて笑顔になり、
「カワイイ子だよ」と照れたように俯く。
そして桜の樹を見上げると
「初めて2人で来たのが」
「ここの花見だったんだ」と言った。
僕が見た桜の記憶が甦る。
少し眩しいくらいだった。
彼はふと不思議そうな顔をする。
「でも、よく覚えてないんだ」
「あいつと手を繋いで歩いていたのは覚えてるんだけど」
「そっからが曖昧で・・・」
「気づくといつもここにいるんだ」
そういう彼の目は遠くを見ている。
時が来たのかも知れない・・・
何かを感じたのか、
彼は僕の顔を覗き込み、
「どうかしたのか?」と言う。
僕は顔をあげ、彼をまっすぐ見た。
彼はキョトンとした顔をしている。
「僕の話を聞いてくれる?」
そう言うと
「改まってなんだよ?」
笑いながら言うが、
その顔は少し困惑している。
「君は」
「彼女が来るのを待ってると言ったね?」
そう言うと彼は頷く。
何の迷いもない眼差し。
僕は一瞬、躊躇った。
大鎌を振り上げる瞬間の
刹那に似たものが
僕の中に溢れ出る。
僕はまた・・・引き裂いてしまう。
魂だけでなく、純粋なその心までもを。
僕の中の「死神」が
うごめき出してきた。
「死神」―
残酷なまでに魂を、
心を切り裂く
もう一人の僕。
彼に事実を告げようとする。
―まだだ。もう少し待ってくれ。
僕はそう叫ぶが、
僕の意識は「死神」に支配された。
「彼女は・・・」
「もうここへは来ない」
「死神」がゆっくりとそう告げる。
「え?」彼の表情が一瞬で曇る。
「君は・・・」
「封印してしまった」
「あの日に起こった哀しい事実を・・・」
彼との間に冷たい風が吹きつける。
「封印?事実?」
「いったい何のことだ?」
「それにあいつが来ないって・・・」
「どういうことだよ!」
震える声を必死に
絞り出すかのように
彼は叫んだ。
「死神」は右手の大鎌を振りかざす。
彼はそれを見て
「それは・・・」
「あんた・・・死神なのか?」と
驚愕の表情で見る。
「まさか、あんたがあいつを・・・!」
そう叫び、詰め寄る。
「死神」は静かに首を横に振る。
「じゃ、何で俺のとこに来るんだ!」
そう叫ぶ彼を見つめ、
「それは、君を覚醒させるため」
「事実を受け入れさせるため」
静かにそう言うと大鎌が青白く光った。
「君がここにいる限り、彼女は来ない」
「いや、来れない」
「永遠に」
「死神」はさっきの言葉を繰り返す。
彼は苦痛にも似た表情になった。
「どうしろってんだよ・・・」
彼は俯き、呟いた。
泣いているようにも見える。
「死神」がさらに彼を切り裂くように
「君が事実を受け入れるのならば」
「彼女もまた解放される」と告げる。
彼は呆然とした顔のまま
「真実って・・・何だよ」と呟く。
それが合図だったかのように
「死神」は大鎌を空にかざし、
「それは・・・この桜が知っている」
そう言うと桜の樹を引き裂いた。