桜の封印―2
あれから数日―。
僕は桜の樹の下にいた
彼のことを考えていた。
まだいるのだろうか。
思い切って行ってみることにする。
あの桜の樹の下に降り立つ。
今日は―いない。
いったいここで何があったのか。
僕はそっと桜の幹に手を触れ、目を閉じる。
桜、教えて。
彼に何があったのか―
そう語りかけると
桜の記憶が
僕の中になだれ込んできた。
―桜の花が満開だった。
その花びらはまるで雪のように
降り注ぎ、美しい。
彼が歩いている。
隣にはショートカットの女の子。
仲良く手を繋いで
互いの顔を笑顔で見合っている。
「キレイだね」彼女。
「うん、ここのは見事だって評判だからな」彼。
「来れて良かった」彼女は満面の笑み。
「な」彼も彼女に笑顔を返す。
「来年も来ようね」彼女が言う。
「うん・・・」
彼が返事をするかしないかの時―
突然耳を裂くような音。
2人は振り返る。
笑顔が消えた。
哀しい運命が
2人の繋いだ手を離した―。
僕は思わず目を逸らした。
この裁きを下した神は・・・
なんと残酷なのだろう。
「あんた、また来てたのか」
その声にハッと我に返る。
彼が立っていた。
その瞳には苛立ちが込められている。
「何泣いてんだよ?」強い口調で言われ、
僕は自分が泣いていたことに気付く。
慌てて涙を拭い、
「こんにちわ」と言う。
彼はそれには返事をしなかった。
「ただのおかしなやつだと思ってるなら」
「話しかけないでくれる?」
「あんたも同類にされるよ」
そう言う目はどこか寂しげだ。
「おかしいなんて思ってない」
「桜が咲くのを待ってるんだよね?」
そう言うと
僕を見て少し驚いた顔をする。
彼は照れたように俯き、
「桜が咲くのもそうだけど・・・」
「あいつが来るのを・・・
待ってるんだ」そう呟いた。
―彼にはあの日の記憶がない。
そう確信した。
人は衝撃的なことがあると
無意識にその記憶を
封印するという。
そう・・・
「もうこの世の者ではない」ということさえも。
彼がいつから
ここにいるのかは判らない。
でも・・・
封印を解かなければならない。
「真実」という封印を―。