第参話 桜の封印
まだ人々はコートを羽織り、
寒さに前かがみになって
衿を掴んで歩いているというのに
その青年はネルのシャツに
Gパンだけという軽装だった。
その青年は大きな樹を
じっと見上げている。
―あの子・・・
彼のすぐ目の前に降りた。
僕は気付かないようだ。
気のせいか―
その場から去ろうとした時に
「―うわぁ!!」と振り返り、
僕を見る。
「何なんだ、あんたは!」
「いきなり隣にいるなんて」
「ビックリするだろう?!」と怒鳴る。
―やっぱり、彼には僕の姿が見えているんだ。
僕は戸惑いを隠そうと笑顔を作り
「こんにちわ」と言う。
僕は彼が見つめていた樹を見上げ、
「何を見ていたの?」と聞く。
彼はふいっと顔を逸らすと
「・・・別に」と呟く。
僕はもう一度樹を見上げる。
「これ、桜だよね?」そう聞いても
黙ってるだけだった。
今は3月。
蕾にも葉にもまだ少し早い。
枝が空に向かって
手を伸ばしているように見える。
ただそれだけだった。
何が彼をここに縛り付けるのだろうか。
「まだ何もないのに」
「どうしてここにいるの?」
そう聞くと彼は僕を見て
「あんたには関係ないだろ?」と睨む。
僕は肩をすくめ、確かに。という顔をする。
彼は僕の何かを感じたのか、
露骨に嫌な顔をし、
「あんた、気味が悪い」そう言うと
走り去ってしまった。
僕はそんな彼の後姿を見送った。