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第陸話 永遠(とわ)の旋律

―誰かが何処かで泣いている。


その声は淋しげだったが、

まるで音楽を奏でるような

優しい旋律でもあった。


僕はその声のする許へ降り立つ。

そこは閑静な住宅街だった。



道端に赤ん坊くらいの大きさの

クマのぬいぐるみが落ちている。



僕が拾い上げると

「―僕を彼女の所へ」

「連れてって」

そう言って泣いた。

さっきの声は彼の声だった。



そっと抱きしめると

彼の記憶が

僕の中に流れ込んでくる。



―彼と彼女が出会ったのは

彼女が生まれた日。

父親が娘が生まれた記念にと

彼を連れてきたのだ。



彼女は彼を「エリク」と呼び、

とても愛してくれた。

エリクも彼女をとても愛していた。


彼女が成長し、

1人で家を出る、その時も

エリクも一緒のはずだった。


運命の悪戯なのか、

彼女は

「エリクは抱いていく」

そう言っておいたはずなのに

エリクはトラックの荷台に積まれ、

途中で落とされてしまったようだ。



だからこうしてここで

泣いていたのだった。



「可哀想に」

「連れて行ってあげるよ」

僕がそう言うと

エリクは嬉しそうに

「―ありがとう」と言った。



彼女の家の近くに来ると

若い女の人が道端で

あたりを見回している。

その表情は

今にも泣き出しそうだった。



「エリク!」

彼女の心の声が

何度も彼の名前を呼ぶ。


―あの人が

エリクの最愛の人なんだ。



「君のこと探してるね」

「早く行ってあげよう」

僕がそう言うと

「うん」と彼は頷いた。



僕は彼女の部屋に入り、

テーブルの上に

そっとエリクを置いた。


「―ありがとう」

「良かったね」

僕がそう言うと

エリクは嬉しそうに声を出した。




―さっき聞いた優しい旋律。

それは彼の中に入っていた

「オルゴール」だった。




まるで子守唄のような、

優しいその音色に

僕は目を閉じて耳を傾けた。



彼女が戻ってくる音がする。

「戻ってきたよ」

「じゃあね、エリク」と声をかける。


エリクは返事の代わりに

その音色をいつまでも

僕に聞かせてくれていた―。



「―エリク!」

彼を呼ぶ声が聞こえた。

「良かった!居たのね!」

そう言って彼女は駆け寄り、

愛しそうに彼を抱きしめる。


「探しても見つからないから」

「心配してたのよ」

「良かった・・・」

そう言って彼女は

彼に頬をすり寄せた。



僕はそれを見届け、

天界に戻って行った。






年月は流れ、その時が来た。



彼女は自室のベットの上で

その身体を横たえている。

時折、家族が様子を見に来るが

今は誰もいなかった。



僕は彼女の枕元に降り立った。



彼女は僕を見つけると

「貴方がエリクを連れてきてくれた人ね?」

そう言ってにっこり微笑む。

「―何故それを?」そう聞くと

「夢でエリクから聞いたの」

「どうもありがとう」そう言った。




エリクは彼女を見守るように

その傍らに佇んでいた。

その姿は出会った頃とほぼ変わらず、

ずっと愛されてきたというのが

すぐに判った。



あれからずっと一緒に

時を重ねてきてたのか。

喜ばしいことだった。


「君が来てくれて嬉しいよ」

エリクにそう言われ、

僕は複雑だった。


僕は君たちの魂を、

運命を引き裂きに来たのに―。



「そんなに哀しそうな顔しないで」

「ずっと離れないって誓ったんだ」

「僕は満足だよ」


エリクのその言葉に

僕は顔を逸らす。



「お願いがあるんだ」

そう言われ、僕はエリクを見る。

「彼女に僕の声を」

「聞かせてあげたいんだ」

涙が溢れそうになるのを堪え、

僕は頷いた。



僕は彼女の耳元で

「エリクから」

「プレゼントがあるようですよ」

そう囁くと

「あら、何かしら?」と嬉しそうだ。

僕はエリクに掌をかざす。



―エリクから、

あの優しい旋律が聞こえてきた。



その旋律を聞いて

彼女は目いっぱいに涙を浮かべ、

「もう壊れて聞けなくなっていたのに」

「最後に聞かせてくれるのね」

「エリク、ありがとう・・・」

彼女はそう呟いた。



「―いつまでも一緒だよ」

エリクが彼女にそう語りかける。

その声は彼女に届いたようだ。



「ええ、そうだったわね・・・」

「あたしたち、生まれてから」

「ずっと一緒だったものね」

そう言って微笑み、

彼女は目を閉じた。



その優しい旋律の中で

僕は大鎌を振りかざす。



「―貴女方の魂を今、解放します」



僕は二人を静かに引き裂いた―。




彼女の旅立ちの日、

孫息子がエリクをそっと

彼女の隣に寝かせてやる。

彼の両親は

エリクまで連れて行くのは、と

反対したが、

「おばあちゃんが言ったんだ」

「一緒に寝かせてちょうだいって」

彼がそう言うと

両親は黙り込んでしまった。



「エリク」

「おばあちゃんのこと、よろしくね」

その小さな目からは

涙が溢れている。

それを見た母親が

「おばあちゃん」

「エリクのこと大好きだったものね」

「一緒なら淋しくないわね」と呟き、

顔を逸らす。



その時、エリクから

あの優しい旋律が聞こえた。

家族は一瞬耳を疑う。

だが、その旋律は

すぐに聞こえなくなってしまった。




「―きっと」

「さよならって言ったんだよ」

彼はそう言って空を見上げ、

涙を拭いた。


「今頃二人でお歌歌ってるのかなぁ?」

「ねぇ、おばあちゃん、エリク?」






―第陸話 降幕―





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