第伍話 黒猫ジオン 後編
執行報告をするために
上司の部屋にいた。
上司は報告書を見ている。
「…で、代わりにそのネコか?」
そう言って目だけ僕に向ける。
「んだよ、不満なのかよッ?!」
ジオンの魂がそう怒鳴る。
「ジオン、ちょっと黙ってて…」
小さい声でそう言うけど
「そこいらのネコと一緒にするなってんだよ!」
「あの寒空の中生き残ったんだからな!」
更に怒鳴る。
上司は溜め息をつくと、
「お前では」
「新しい命の代わりにならんのだ」
そう言う。
「はぁ?」
「よく判んねーけど」
「オレが死んだんだから」
「そういうことにしろっての!」
そうジオンの魂が言うと
上司は報告書を机に投げ出し、
「…もういい。帰ってよし」と言った。
「―失礼します」
僕は頭を下げ、部屋を出た。
「なぁ、もういいって言ったってことは」
「紫苑が死ぬってことはないんだよなぁ?」
ジオンの魂が聞く。
「うん、多分しばらくは…」
「ないと思うよ」そう言うと
「しばらくっていつまでだよ?!」
「もしかして明日とかそんなんじゃねーだろうな?!」
「それじゃオレが身替わりになった意味がねーよ!」
ジオンの魂は
一気に捲し立てる。
「ジオン、そう怒鳴らないでよ」
「あまり怒鳴ると」
「しゃべれなくしちゃうよ?」
そう言うと
「おや?強気に出たね?」
「やれるモンならやってみろってんだ!」と言う。
僕は大鎌をジオンの魂の前に振りかざした。
「え、おい…マジ?」
ジオンの声のトーンが変わる。
「僕だって辛いんだよ」
「でも…運命は変えられない」
「仕方ないことなんだよ」
「今回はジオンが変えてしまったけど…」
「この歪みは何処かで修復しなきゃいけないんだ」
「歪み?修復?」
「いったい何のことだ?」
僕は今まで
引き裂いてきた人たちのことを
思い出し、涙が溢れてきた。
愛する者との別れ。
それはいつになっても、
どんなにくり返しても
哀しい出来事だ。
そして、それを執行するのは…
この僕なんだ。
自分の部屋に戻った。
あれからジオンも黙ってる。
僕はベットに寝そべる。
「ジオン」
「これから君はどうする?」
「仲間がいる処に行く?」
「行くなら連れて行くけど」
そう言うと
「行かない」と答えた。
「…何故?」
「仲間がいた方が君も楽しいだろ?」
そう言うと
「お前は泣き虫だから」
「放っとけないよ」
ジオンの優しさが伝わってくる。
「紫苑も泣き虫だったから」
「泣かれるのは辛い・・・」
珍しく弱音を吐いた。
「それよりか」
「この姿何とかなんねーのか?」
「どうもしっくりこねーよ」
そう言われ
僕は大鎌を振りかざした。
ジオンは前の
黒猫の姿に戻った。
自分の姿を確かめるように
ジオンは手足をパタパタさせ、
「おぉ、これでこそオレってモンだよなぁ」
そう言って
僕の肩に乗ってきた。
「ジオン、ホントに僕の傍にいるの?」
そう聞くとジオンは渋い顔をして
「そう言っただろうが」と言う。
「じゃあ…」
「ジオンには僕のやってることがどういうことなのか」
「ちゃんと説明しておかないとね」
そう言うと
「さっきの歪みがどうとか」
「修復が…ってのか?」と聞く。
僕は頷いた。
僕らの任務は
人の魂を空へ導くこと。
それは決して
無意味な略奪ではなく、
新しく生まれてくる人のための
糧であること。
その糧が得られない時、
新しく生まれてくるはずだった命が
無くなってしまうこと。
僕はジオンにそのことを話した。
「…ってことは」
「紫苑の代わりに」
「誰かが死ぬってことか?」
そう聞いた。
僕は何も言わなかった。
「オレが死んだだけじゃ」
「その糧ってのにはならないのか…」
「ジオンの場合は」
「新しい子猫が生まれる糧になるんだ」
「今頃何処かで生まれてるはずだよ」
「あぁ、それが『生まれ変わり』ってやつだな」
そう言われ、僕は頷く。
「ところでさっきも聞いたけど」
「紫苑はこの先どうなるんだ?」
ホントに聞きたいのは
そのことらしい。
でも彼の気持ちも判る。
愛する人の運命は
誰だって知りたい。
「大丈夫。彼女は人生を全うするよ」
「ちゃんと結婚もするし、子供も産む」
「そして孫に見送られながら」
「僕とここへ来る」
そう言うと
ジオンはホッとした顔をした。
「でもね」
そう言うとまた僕を見た。
僕は窓を差す。
その向こうには
さっき来たばかりの魂がいた。
「紫苑の代わりに、あの子が来たんだ」
「あの子は今日生まれてくるはずだった男の子だ」
「彼の人生は78年のはずだった」
「でもジオンが変えてしまったから」
「ここに来てしまったんだよ」
「え…」
ジオンは言葉に詰まった。
「紫苑の命の糧を」
「彼が受け取るはずだったんだ」
「でも…それが無くなってしまったんで」
「ここに来てしまったんだよ」
そう言うとジオンは俯いて
「そうだったのか…」と呟いた。
「運命は変えられないって言ったのも」
「このことがあるからなんだ」
「誰がいつ死んで」
「誰がそれを受け取るか」
「そういうのも最初から決まってるんだ」
ジオンは起き上がって
僕の前に座った。
「だからお前は泣くんだな」
「変えられない運命を嘆いて」
僕は黙って俯いた。
こういう時のジオンは苦手だ。
何もかも見透かされてるようで―。
―第伍話 後編 降幕―
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
実はここに出てきたジオンは
今後ちょこちょこと出てきます。
小さな活躍をご期待ください。(笑)