表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/15

第肆話 もう一人の僕

僕は月明かりの中を

行くあてもなく歩いている。

自分でもどこへ向かっているのか

判らない。


右手に持つ大鎌だけが

満月に反射し、青白く光る。



―この大鎌を授かったとき、

僕は不安しかなかった。

僕にそんな任務が

出来るのだろうか。



「お前にしか出来ない―」

母の言葉を胸に

ここまでやってきた。

同僚に「要領が悪い」と

言われようが、

上司から「お前は躊躇しすぎる」と

言われようが。


でも、今日の任務は・・・

最悪だった。

何とか任務は執行したが、

魂は光を失った。


「転生は先送り」

そう判断されてしまったのだ。

この先、あの魂の転生は

もう・・・ない。


僕のせいだ。

僕がちゃんとしていれば

そうならずに済んだのに・・・


やり切れない気持ちで

歩いていると

一軒の古い家を見つける。



―ああ、僕は・・・



この大鎌を手放しにきたのだ。

普通ならば、

上司に返還するのだが

僕は何故かここに来ている。

僕の中の何かが、

ここだと言ってるかのように。



僕はその古い家の前に立ち、

「こんばんわ・・・」

一応声をかける。

中は真っ暗だ。

いや、それ以前に

こんな所に誰かが

住んでる訳がない。



僕はドアノブに手をかけ、

ゆっくりと回した。

ガチャリと少し

不気味な音を立てて

ドアが開いた。



闇の中の闇―。

窓から射す月明かりを頼りに

どこかに明かりはないかと

探すが見つからない。



―背後から気配を感じる。

思わず僕は振り返る。

「誰かいるんですか?」

暗闇に向かって声をかけたが

返事はない。


目が闇に

慣れてきたようだ。

窓辺には

黒い輪郭が浮んでいる。

そこには―



漆黒のマントを羽織った

一人の男が立っている。

思わず身を引く。


「初めまして・・・だろうな」

彼の声が暗闇に響く。

その声に聞き覚えがあった。



彼はゆっくり僕に近づく。

そして、その姿が

月明かりに

照らし出された。



―もう一人の僕だった。



「死神・・・」


僕の中にいる

もう一人の僕。

ふいに僕の意識に現れては

何の躊躇いもなく、

残酷なまでに魂を、

心を引き裂く。

氷のような眼差しを持つ、

そんな彼に

ふさわしい名だった。


「お前だって死神だろう」

「弱虫だが」

口の端を少しあげて笑い、

あの氷のような眼差しで

僕を見る。


「何故、ここにいるんだ」

そう問うと

彼はまたフッと笑い、

「お前が呼んだんじゃないか」

そう応える。


―呼んだ?僕が?「死神」を?



躊躇う僕には気にも留めず

右手を僕に差し出すと


「さぁ、その大鎌を―」

「こっちに渡せ」

そう言った。


僕は大鎌を

きつく握り締めると

「嫌だ・・・!」と言った。

彼は疑問の顔を

こちらに向け、

「何故だ?」

「手放しに来たのだろう?」

そう言う。


「お前にだけは渡さない」

そう言うと

彼は呆れた顔をして

「では何故ここに来た?」と問う。



判らない。自分でも・・・



「判らないようだから教えてやる」

「それはお前にとっては」

「ただの重荷にすぎないのだろう」

「だからここへ手放しに来た」


「死神」は淡々とそう告げる。


「違う・・・」

そう呟くと

「今日の任務だってお前一人では」

「執行すら出来なかっただろう?」

そう言うとまた

あの冷たい笑みを浮かべる。


―思い出す。

「あともう少し・・・」と悲願され、

躊躇った僕の隙をついて

彼が現れ、

無理やり引き裂いた。

引き裂かれた魂は

哀しみと怒りを増幅させ、

光を失った。


あの魂の

「ナゼ・・・」

そう呟く哀しい声が

まだ頭から離れない。



「お前が強制執行したから・・・!」

「あの魂はもう二度と」

「転生できなくなってしまったんだ・・・ッ!」

僕は両手をぎゅっと握り締め、叫んだ。


彼は僕を見下すように見つめ

「・・・だから何だ?」

「それが任務だ」

「そこから先のことなど関係ない」

「そうじゃないのか?」

そう呟いた。



僕は何も言えずに

ただ、首を横に振ることしか

出来なかった。


違う、何かが違うんだ。



彼はさらに僕に近づき、

僕の手の大鎌を掴み、

引き寄せた。


「何も言えないようだな」

「やはりお前には向いてないようだ」

「さっさと渡せ!」

彼の声が闇に響く。

僕はキッと彼を睨むと

「渡さない!」

「お前にだけは絶対に!!」と叫び、

力の限りに大鎌を

彼の手から引き離す。

彼は後退した。


僕は大鎌を両手で

しっかり握り締め、

「どうしても奪うと言うのなら」

「今、ここでお前を引き裂く!」

僕は大鎌を高く掲げた。


彼はそれを見て

「気の強いところは」

「あの女そっくりだな」

薄笑いを浮かべながら呟く。


「だが、お前にそんなことできるか?」

そう言った瞬間に

あの氷のような目が見開いた。

僕は捕らえられたように

動けなくなった。


動けない僕に近づき、

彼は僕の左手首を強く掴む。

「ウァッ!!」

あまりの激痛に

左手を離してしまった。


今は右手だけで

大鎌を掴んでいる。


「これが最後だ」

「渡せ」


何をされようが

僕の心は変わらない。

奪われたら、奪い返すまで。


「い・・・や・・・・だッ!!」

そう叫ぶと

彼は深い溜息をつき、

「では、力ずくで奪うまで」

今度は僕の右手首に

手をかける。


―もうダメだ。母さん、

ごめんなさい・・・


そう心で呟いた時に

どこからともなく、

何かが聞こえた。

彼にも聞こえたのか、

その手が止まった。


僕はその隙に身を翻して

彼から離れ、

再び両手に大鎌を握り締めた。



あの美しい音色―

母のハープの旋律だった。



―息子達よ、

争いはお止めなさい。



母の声がする。

彼はそれを聞いて

表情をゆがめながら

「黙れ!!」と叫ぶ。


そしてまた僕を見ると

「さぁ、渡せ!!」と

僕に襲いかかってきた。


僕は今度は躊躇うこともなく、

彼に大鎌を振り下ろした。


彼の漆黒のマントの

裾の一片が

散った花びらのように

ヒラヒラと床に落ちる。

今までの冷静な表情は消え、

愕然とした顔で

それを見ている。


僕は大鎌を振りかざし、

「次は・・・引き裂く」

そう言うと

顔を緩ませ、僕を見る。


「こんな時でも躊躇うとは―」

「やはり、お前には向いていないな」


そう言ったかと思った瞬間に

彼は踵を返し、窓を開ける。


「とんだ邪魔が入った」

「だが、諦めたわけではないからな」

「忘れるな」

そう言い残すと

まるで黒鳥が

飛び立つかのように

去っていった。



僕は安堵感からか、

その場に座り込む。

そして、右手に握り締めていた

大鎌を見つめる。


―それはお前にとってただの

重荷にすぎないのだろう。


「死神」の言葉を思い出した。



僕には彼のように

残酷に、容赦なく

引き裂くことは出来ない。

たとえその感情が

「重荷」になったとしても。



だから僕はその

「重荷」という名の

宿命を受け入れよう。

この先、どんなに哀しいことが

あろうとも―。






―第肆話 降幕―







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング参加してます。
お気に召しましたら
クリックをお願いいたします。↓

HONなびランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ