エピローグ05
……あの時、僕がなんて答えたのかはまったく覚えていない。
適当な相づちを打ったのかもしれないし、あるいは必死に考えて言葉を紡いだのかもしれない。いずれにしても記憶に残っていない。
けれど彼の言葉の方は、黒星さんが何を言っていたのかは、すべてをはっきりと覚えている。
「――お前は、能力を手に入れて最初に何をやった?」
「自分は――寝た。時間を止めてな。好きなだけ寝たよ。頭が痛くなってもう一生分眠ったんじゃないかってくらいに」
「そうやって十分に寝たあとで、部屋の外に出たんだ。静かだったよ。すごく自由で、美しくて、なんだか泣きたくなった」
「時間を止めるということは、世界を独り占めするってことなんだ」
「あのときあの瞬間、世界は確かに自分のものだった」
「悪いな。あの経験をお前にもさせてやりたかったが、無駄遣いは禁止されてしまったからな。お前はそういうのをきっちり守るタイプだろう。それでもあえて言っておこうか」
「無駄遣いはするなよ。そして、悲観的になるな」
「宗玄翁とヴィルマ嬢には自分たちがいた。自分にはお前がいた。だがお前は、ここからずっと一人で戦っていかなきゃならん。およそ想像もつかない孤独だ。心が折れそうになりもするだろう」
「だが、悲観的になるな」
「宗玄翁はお前の未来について遠すぎてよくわからないと言っていたな。終わった後の生死は不明だと。でも、きっと大丈夫だ。漫画やアニメで生死不明と書かれて死んだやつはいない」
「落ち着きすぎだって? まあ、お前よりは年上だからな。格好をつけたいのさ、最後くらいはね」
人は見えるものしか見ることができない。
流れ出る血が赤くなければそれが血だとはわからないように、透明な血が流れても誰もそれに気づくことはない。
僕らの戦いには、おびただしいまでの透明な血が流れている。
「世界と、パネシアンサスたちをよろしく頼む」
それが彼と交わした最後の言葉だった。