エピローグ01
◆◇◆◇
いまさら回想することに意味はない。
――なぜなら、物語の本質はもう終わっているのだから。
ゆえに結末に変動はなく、救われるものは必ず救われ、死ぬ定めのものは僕以外既に死んでいる。分岐点はすべて通過してしまっており、後は着地点に向けて静かに進むだけだ。
それでも僕はときどきみんなのことを思い出す。
それでも僕は変わらず日常を続けようとしている。
そうすることで、自分の中に残った人間性を確認しているのだ。
授業が終わり、みんなが休み時間へと移行する中、僕はせっせと黒板の内容をノートに写し続けていた。次の授業の前に、日直が消してしまう前に写しておかなければならない。
と、そんな僕の様子に気づいた委員長が不思議そうな顔をした。
「あれ、遠野くんって左利きだっけ?」
「いや、ちょっと右手を怪我しちゃってさ」
「そうなんだ。お大事にね」
「ご丁寧にどうも」
「なんか他人行儀だなぁ。キミ、そんなキャラじゃないでしょ?」
彼女は苦笑して、それから席の離れた友人と話をしに行った。
「……うーん」
そう言われると自信がない。
僕は僕なりに僕らしくあろうとしているが、失われたものが多すぎる。
今や遠野彼方ではなく、遠野彼方だったものにすぎない。
そんな自虐的な思考を読み取ったのか、体内同居人の声が聞こえてくる。
『否定。遠野彼方の時間的連続性は未だ保たれている。宿主は間違いなく遠野彼方であると認定できる』
(……ありがとう、クララギィエル。そういうことにしておこうか)
しかし、それに対して反論もまた体内から飛んでくる。
『クララギィエルは遠野彼方の定義について触れていない。あまりに主観的意見であり、当方としては肯定できない』
『私もヨグドルゼプスの意見に賛同する。樹になっていた林檎と、皮を剥いて切り分けた林檎が時間軸的連続性だけで同じものと判断できるかどうか、再考の余地がある』
(あー……うん、まあ、そうかもしれないね。でもクララギィエルは僕のために気を使ってくれたんだと思うから、ヨグドルゼプスもパネシアンサスもそんなに責めないでやってくれ)
『理解した。当方の意見を取り下げる』
『私は宿主の意見に疑問を呈する。クララギィエルにそこまで人間的感情があるのか、議論の余地があると考える』
(まあ、人間的感情かはわからないけど……僕と一番付き合いが長いのはクララギィエルだからね)
『…………』
パネシアンサスの黙考がいかなる内容なのかは、さすがに宿主の僕でもわからない。けど残り少ない時間、体の中の空気が悪くなるのは避けたい。
と、そのときだった。
『――宿主』
(なんだい、クララギィエル? 何か間違っていた?)
『否定。テメトメェトルが最後の因子の到達を確認した』
「……そうか。じゃあ、最終決戦だね」
時間を停止させた教室の中で、僕は静かに椅子から立ち上がる。
「いや、決戦じゃないな。勝つことは決まっているから、せいぜい後始末か」
『肯定。今日という日のためにすべては積み重ねられてきた。我々の勝利は揺るがないだろう。しかし――』
そこで終わるはずの話を、クララギィエルは続けた。
『その後はその限りではないと考える』
「んん? それってつまり――」
『その先の結末にはまだ介入できるのではないかと、私は考えているのだ。ゆえに私は、ここからできうる限り宿主を残す努力をしようと思う』
あまりにも予想外の言葉に一瞬呆然としてしまった。
そして苦笑した。
なんだかんだ言って、僕は彼らの人間性を認めていなかったのかもしれない。
彼らだって知性体なのだ。成長するし、学習するし、交わった者に似てくるものだ。
そこでパネシアンサスが黙考から復旧する。
『私も先程の意見を取り下げよう。クララギィエルには、多分に人間的な感情があるようだ。それがどのように生じたのか、私は議論がしたくなった』
「――そうだね。後始末が終わったらいっぱい話をしよう、パネシアンサス」
概念を造り変える《魔剣》、クララギィエル。
あらゆる疑問に解答を示す《魔剣》、テメトメェトル。
人類の持つ能力をすべて引き出す《魔剣》、ヨグドルゼプス。
時間と空間を支配する《魔剣》、パネシアンサス。
精神生命体であり、超常能力であり、別宇宙からの訪問者である彼らと――そして、かつて彼らの宿主であった三人のことを想う。
なぜ僕がここに至ったのか、そのことをいつも考えている。
送り出してくれた三人と、共に戦ってきた四つの力のことを。