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アイテムボックスの中の人

作者: 月本 桂

「よっしゃー!これで俺も上位冒険者の仲間入りだぜ!」


 男が叫ぶ。


 その日、彼はかねてよりの悲願であったマジックバッグを手に入れた。見た目は小さな鞄でありながら、内部は異次元と接続されており、見た目からは想像もつかない量のアイテムを収納することができる魔道具である。


 ランクにより収納できる量に違いがあり、また収納したアイテムは時間の経過により普通に劣化するが、この魔道具を持っていること自体が冒険者の格を決定づけるとされる。


 彼が手に入れたのは下級に分類されるマジックバッグで、小さな小屋程度の容量でしかないが、それでも所有しているだけで一生食うに困らぬ生活が保障される程度には有用であった。


 彼はまず、自分の背中を圧迫し皮膚を赤く染め上げる元凶である重い荷物──干し肉や野営道具一式、ポーション類、貨幣等を無造作に放り込んだ。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「たっだいまー、って一人暮らしじゃ返事してくれる人もいやしねぇか」


 今年大学に合格した少年は、小さなボロアパートの鍵を開けて中に入る。『将来の自立のために今から一人暮らしをしておきたい』等と適当な理由を付け、何かと小うるさい両親の目から逃れる事に成功。

親父の小遣いが減ろうが、妹が進学を諦めようが知った事ではない。学費も下宿代も一切支払うことなく手に入れた自分だけの小さな城に満足していた。


 そんな少年がドアを開けて真っ先に目に入ったものは──酷い匂いを放つジャーキーのようなもの、撥水加工もメッキもされていないキャンプ道具、試験管のようなものに入っている目が痛くなるような色をした液体──の山だった。


「な……なんじゃこりゃーー!」


 思わず自分のお腹を確認したくなるような、そんな悲惨な光景であった。


 金銭的には全く自立できていない少年であったが、自分の部屋だけは綺麗に保つようにしていた。綺麗好き、というわけではなく、いつでも女性を自室に誘えるように、という下心に満ち溢れた行動である。


 そんな少年にとって、目の前にある光景は到底許されるものではなかった。少年はすぐさま行動に移る。


 ジャーキーのようなものは全て密封容器に封入して冷蔵庫に放り込み、キャンプ用品は押入れの中に無理矢理突っ込み、蛍光色の液体は授業で使っている試験管立てを拝借してインテリアのように偽装した。


 ようやく片づけがひと段落した頃,どこからか声が聞こえてきた。


『うし、とりあえずポーションを取り出す練習だ!』


 謎の声にびびった少年だが、次の瞬間もっと信じられないような光景に出くわす事となる。


 何もない所からいきなり腕が生えてきて、何かを探しているような動きをしているのだ。それを見た少年は、彼の人生の中でもトップクラスのスピードでトイレに駆け込んでいった。


『んー、慣れていないと取り出すのも時間がかかるんだなぁ』


 呑気な声が聞こえてくるがこちらはそれどころではない。まだせりあがってくる胃液をなんとか飲み込みつつ、空中で蠢く手に【紫色の液体が入った試験管】を乗せた。


『かー……【マナポーション】が出てきたか……下級とは言え【マジックバッグ】を使いこなすのも時間がかかりそうだなぁー』


 その言葉を聞いた時、少年は愕然とした。

 彼は一応ラノベを嗜む。ただ、そういう系統の女性に話を合わせるためであり、面白いと思った事は殆どない。極少し──スライムになったものとか、悠久の時を生きる魔導士とか、盾専門の奴隷使いのやつとかが気に入った程度である。


 それでも【マジックバッグ】の凡その能力についてはある程度知識があった。異なる空間に物を保管するアイテム、或いは能力である。


 その空間に……僕の部屋が選ばれた。


 言葉にするとたったそれだけ。それだけなのだが……まさか僕の部屋が選ばれるなんて思ってもみなかった。


 震える手で、今度は【青色の液体が入った試験管】を手渡す。当たりでありますように、と祈りながら。


『おー、これだこれだ。ようやく慣れてきたか?』


 慣れたのはお前じゃない。そんな事を考えつつ、試験管立てにラベルを貼りつけた。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


「どうよ、マジックボックスの調子は」

「んー、まだまだかな。中々思った通りのアイテムを引き出せねぇわ」

「ま、その辺は練習あるのみかな。最初は取り出したい物を発話するといい、と聞いた事がある。長い事使えば、手を突っ込むだけで思い通りに引き出せるようになるさ」

「なるほど……長く付き添った女房みたいだな」

「言えてる」


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


「……誰が女房だこのクソが……」


 あれから数週間経った。奴が無造作に放り込んでくるゴミのようなものを律義に整頓する日々が続き、講義にもまともに出られなくなってきた。試験どころか必修授業の出席点ですら危うい。


 声しか聞こえないためどんな奴なのかはわからないが、僕の人生にこれほど干渉する奴を許してはおけない。いつの日か……目にもの見せてくれる。


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼


 マジックバッグを手に入れてから4年。


 入手当初は見当はずれのアイテムが出てきたりと相当苦労させられた。


 今でも取り出したい物を正確に発話しないとまともに出てこない。貯めこんでいた金貨も、よくよく計算してみると明らかに目減りしている。常温で放り込んだはずの干し肉がアツアツになって出てきたり、入れた覚えのない上級酒が出てきたりと便利な所もあるが、それを差し引いても損害の方が多い気がする。


 だが──金銭で考えれば損が多くとも──生死が賭かった場面では、こいつのおかげで必ず生き残った。上級ポーションを取り出せなければ、予備の剣を取り出せなければ──死んでいた。


 もっといいマジックバッグに買い替えるべきだ──何度も仲間に言われてきたが、俺にその気はなかった。こいつは俺にとって幸運の魔道具だ。手放すつもりは全くない。手放す時は、俺が死ぬときだ。


 その姿を見た者は生きて帰れない、とされる魔人を睨み付け──奴に対抗しうる唯一の武器を手にするため、アイテムボックスに腕を突っ込んだ。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


 僕の城にゴミを突っ込まれてから4年。


 当たり前のように留年し、退学。親にはそれを伝えていないが既にばれているだろう。

 男が持っていた金貨やこの世界では手に入らない素材を何とか換金し、それなりに蓄えもできた。


 もういい。どこの誰かもわからぬ者の倉庫番など懲り懲りだ。


 幸い、と言っていいのかはわからないが、奴がどのような状況に陥っているのかは聞こえてくる叫び声でわかる。その度に壁が打ち鳴らされるが、そんな生活もこれで終わりだ。


 奴が今求めているのは、相対する魔人とやらを殺すための剣。


 了解だ。受け取るがいい。


 僕は鞘から剣を抜き、



 剣先を握らせた。


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