ダンジョン管理者アマイモンの憂鬱Ⅱ
類作:菌類から始まるダンジョン放浪記
前作:ダンジョン管理者アマイモンの憂鬱
はじめまして。
わたしの名はアマイモン。
地上が荒廃したこの世界で、ダンジョンという名の地下迷宮を管理している魔王の一人だ。
「アマイモン様! 人間どもが第10階層へ侵入しました!」
「ふむ」
人間がダンジョンに侵攻してくるようになってどれくらい経つだろうか。
やつらは地上を荒廃させ、あげくの果てにこのダンジョンにまで魔の手を伸ばしてきた。
「よし、ワルキューレ隊を出せ」
ダンジョンは人間のものではない。
我々魔王と、その配下たるモンスターたちのものだ。
「アマイモン様! ワルキューレ隊から返答が!」
「うむ、早いな」
部下のゴールドゴブリン――通称ゴルゴブが執務机の上に展開された魔法製の伝令文を読み上げる。
「『あそこ寒いからヤダ』だそうです!」
「……」
モンスターと言っても種類はさまざまだ。
火を吹く人型のドラゴン。
時速二百キロで走るゾンビ。
喋るキノコに、全長百メートルにもおよぶ大蛇。
元は人間だったが果てしない筋肉増強への夢に祟られ、そのままモンスター化したものまでいる。
「わがままなやつらめぇ……」
そんな中で、ワルキューレという天使型のモンスターは非常に見目が麗しいことで知られている。
彼女たちは白い羽が生えていること以外、見た目は人間とさほど変わらない。
戦闘力は人間とは比べ物にならないが、問題は彼女たちが人間の女子と同じようにやたらと綺麗好きでかつわがままなことだ。
「いったいどこなら喜んで出撃するのだ……!」
「コラーゲンの森、とかなら喜んで行くんじゃないでしょうか」
「ゴルゴブ、お前はよくそんなありもしない森をでっちあげられるな」
「いえ、アマイモン様。それが存在するのです」
「なに?」
ゴルゴブ。
こいつはゴブリン族から排出された稀代の天才である。
数ばかりが多く知能もさして高くないゴブリン族にあって、このアマイモンの右腕になりうる力を持った者はそう多くない。
というかたぶん、そんなやつ有史以来こいつしかいない。
「先月、深層を偵察中だったクラゲ型のモンスターが、途中で出くわした正体不明のダンジョン内生物に殲滅されました。結果、その階層はコラーゲンまみれになりました」
そういえばあったな、そんな事件。
「元の地形が森で、そこに植生している樹木が空間に偏在する生物の因子を吸い上げる特質を持っていたので、気づいたらコラーゲンを無限に生成するぬめぬめした森になりました」
「困ったものだな……」
「当分人間はあんな深層にまで到達できないとは思いますが、もし到達できたとしても突破は難しいでしょう。ぬめぬめしすぎてまともに歩けないので」
「うわぁ……」
わたしも行きたくない。
「ともかく、ワルキューレ隊は出せないとなると……」
「アマイモン様」
「ん?」
すると、ゴルゴブが机上ですらすらと魔法文を書きながらわたしに提案した。
「先日、アークリッチたちが新しい研究成果を提出してきまして、その中に目ぼしいものがありました」
「ほう」
アークリッチ。
アンデッド系モンスターの一つ。
わたしが管理するダンジョンでは、主に深層で自分たちの知的好奇心を満たすため日々さまざまな研究に励んでいる。
中にはもともと人間だった者もいて、研究のために自分を不死のアンデッドにした根っからのマッドサイエンティストの集まりでもある。
「なんだ、言ってみろ、ゴルゴブ」
やつらはあまりダンジョンで人間相手に戦ったりはしない。
一度出撃命令を出したことがあるが、「そんなことより研究だ!!」と言って拒否された。
わたしのダンジョン魔王としての威厳は……。
「ハイパーゴリラです」
「ん?」
なにか聞き間違えただろうか。
けっしてダンジョンに住んでいるはずのない生物の名が聞こえた。
「ハイパーゴリラです、アマイモン様」
「ゴリ……ラ?」
地上は荒廃した。
無論そこに住んでいた人間以外の生物も多くが死に絶えた。
ゴリラもまた同じく、だ。
「彼らは『ゴリラの復元に成功した!!』と、嬉々として報告してきました」
「お、おお……」
ま、まあ絶滅種を復元させたのはすばらしいことだ。
なぜそれがゴリラだったのかはさておき。
「そして、『せっかくなので魔改造してみた!!』とも」
なぜそのままにしてやらなかった……!!
「そうして生まれたのがハイパーゴリラです」
「やつらの魔改造はろくなのがなかったからな……今回は……どうなのだろうな……」
「パンチの速度がマッハを超えます」
「か、隔離しろ!! わたしのダンジョンがまた壊れる!!」
いつもこうだ!
わたしの配下は本当にろくなことをしない!
マッハだと!?
ドラゴニアンたちの火吹き祭りが子どものいたずらに思えてくる!
「出撃……しました……」
ゴルゴブが重々しく言った。
なに? もしかして今の間にアークリッチたちに伝令分送っちゃったのか?
ゴルゴブ、それは確信犯というのだぞ? 重々しくいっても命令出したのお前だぞ?
「これでまた人間の希望は絶たれるでしょう」
「わたしの安寧な魔王生活も絶たれた」
修繕費が……。
ダンジョン直すのだってタダではないのだぞ……。
また隣のダンジョン魔王に借金をしなければならない……。
「も、もういい。とにかく、これで人間は撃退できるわけだからな」
「あ」
「おい、どうした、なんだゴルゴブ」
くそ、嫌な予感しかしない。
「第10階層へ転移後、ハイパーゴリラはパンチの試し打ちをしたのですが……」
なんてことだ。
余波が……ソニックブームが……。
「死にました」
「えっ」
「魔改造の代償です……打った瞬間に右腕が……そして発生したソニックブームで体の方まで……」
寿命までマッハか。
もうマッハゴリラに改名しろ。
「人間たちはパンチの余波でみな戦闘不能になりました。ダンジョンに潜るために用意していた物資も粉々に持っていかれたので、このまま撤退するでしょう。ひとまずダンジョンの平和は守られました」
マッハゴリラとわたしの精神の平和は守られなかったぞ、ゴルゴブ。
「ちなみに訊くがゴルゴブ、第10階層の崩壊状況は」
「壁がすべて抜けてしまってますね」
くそぅ!!
第10階層は節目となる層だからかなり外装にこだわったのだぞ!
王宮風の外壁に高い絨毯やら絵画やらを設置した『うわ、ダンジョンの中なのに妙に整っている……これは逆に異様だ……危険を感じる、注意して進もう』って独特なシリアス感を出させるためにわたしがんばったんだぞ!!
きっとわたしとともにロマンを追い求めたドワーフたちもさぞ悲しんでいるだろう!!
「わたしのダンジョンがぁ……」
「大丈夫です、こういうときこそアークリッチたちの出番です。彼らなら時間を巻き戻す魔法も使えるでしょうから、それで直させましょう」
「直る……のか?」
「アークリッチたちはマッドサイエンティストですが、死んでもなお研究を続けている彼らにはそれに見合うだけの力がありますからね。無論、魔法の研究もしています」
「そ、そうか!」
よかった、わたしのお気に入り階層の復活。これが叶えば今はなにも言うまい。
「あ」
「なぁんだゴルゴブゥ!!」
「アークリッチたちが第10階層へ転移したのですが、ハイパーゴリラの残骸を見て嘆き悲しみはじめました……」
「ふむ……自分たちの研究成果だからな。やつらなりにかわいがっていたのだろう」
そう思うと、少し悪いことをしたという気にもなってくる。
もう少し時間をやればよかった。
……。
いやまて、命令を出したのはゴルゴブだ。
なんで当の本人は平然としているんだ。
「ゴルゴブが怖い……」
「あ、アークリッチたちがハイパーゴリラを時の魔法で復活させはじめました」
「やめろぉぉぉ!! これ以上わたしの10階層を壊すんじゃないぃぃぃ!!」
「大丈夫ですよ、もう敵はいませんし」
ゴルゴブ!
貴様はこのわたしの悲哀をちゃんと理解しているのか!
貴様本当にわたしの側近か!?
なんだその「はあ、めんどくせぇ」みたいな顔は!!
「アマイモン様、少し落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかぁ……!」
「アマイモン様、私たちは自分たちが生きるために常に人間たちにロマンを提供しなければなりません」
「そうだ、だから10階層を作ったのだ!」
ダンジョン内のモンスターは人間の出す特殊な生気がなければ長生きができない。
ダンジョンはモンスターのものだ。
しかしだからこそ、定期的に人間をダンジョン内に導き、その生気を置いていってもらわねばならない。
財宝を設置し、時にロマンを提供し、人間たちにとってダンジョンが魅力的であるように、常に維持し続ける。
それがダンジョン魔王に課された使命であり特命。
「どこかうらびれた王宮風の階層」
「ん?」
ぼそり、とゴルゴブが言った。
「かつてはさぞ栄華を極めたであろう王家の、忘れ去られた遺産」
「……」
なんだ、この甘美な響きは。
「追憶する。きっとここには今や亡き王家の財宝が眠っている」
「ほう……」
「少し壊れているくらいがちょうどいいのですよ、アマイモン様」
ゴルゴブがにやりとした笑みを浮かべた。
こいつ、わかっている。
「よろしい。ゴルゴブ、貴様の思い描くロマンを10階層に再現してみせよ」
「御意のままに、我らが魔王様」
なぜだろうか。
久々にわくわくしてきたぞ。
「よし、この調子で20階層も改装するとしよう!!」
「あ、20階層は今デュラハンたちが自分たちの乗る馬の休憩所に利用しているので行かない方がいいですよ」
「なにぃぃぃ!?」
「馬の糞って……結構くさいんですよね……」
嗚呼!
わたしが手間暇かけて作った地下聖堂風の20階層が!
お風呂で考えたやつその3。