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鬼の愛し歌   作者: 雪国竜
第1章 封印
4/13

愛しい者が唄う子守唄

 城を攻めてから数日後。

 覇吐鬼は屋根の上で、空を見上げていた。

 青い空を見て、何か良い句が出来ないかと考えた。

 この間の城に潜入した時も句を考えようとしたが、ゆっくりと出来なかったので後回しにしていたらすっかり忘れていた。良い句を考えて暇を潰そうとした。

 空を見て少し考えていた。

(よし! 出来た)

 書こうとして書く物を用意していない事に気付いた。

 せっかく出来た句を忘れないうちに、書こうと慌てて手ごろな木の板と筆の一式を用意してきた。早速書く事にした。

「雲上にて」

「御大将! 御大将はいずこにー?」

 句を書こうとしたら邪魔、もとい覇吐鬼を探している声がした。

 覇吐鬼が居る所は普段使っている部屋でも無く、本丸の屋根に居た。

 下から声が聞こえたので見ると、羅門が探していた。

 一式はそのままにして、覇吐鬼は下に誰も居ない事を確認して飛び降りた。

 どしーん、と派手な音をたてた。

 落ちた衝撃で地面が捲れあがっていたが気にしない事にした。

 埃が舞い上がり衣装についたが、払って落とした。

「羅門、何の用だ?」

 羅門は最初こそ音で驚いて警戒していたが、音を出した原因が覇吐鬼だと分かり頭痛がしたとばかりに頭を小突いた。

「如何した? 頭が痛いのか?」

「貴方様の行いに呆れているだけです」

 押し殺した声で答えた。

「俺が? 何故だ?」

 そう言われるのが分からないと首を傾げた。

 声を張り上げて怒ろうとしたが息を吐き自重した。

「何故、屋根から飛び降りたのですか? 誰か下に居れば大変な事になっていましたぞ」

 ぎりぎりで怒りを抑えている声で話し掛ける。

「誰も居ない事を確認してから落ちたのだから大丈夫だ」

「こうして地面がめくりあがっておりますが。誰が直すのでしょうか?」

「うん?うーん」

 顎に手をやり考えて。

「誰かやってくれるだろう」

「御自分でやったのですから、自分で直してください」

 冷たく即答された。

「断る‼」

「断れると思えると思いですか‼」

「それでも断る!」

「・・・・・あなたと言う人は・・・・・・とにかくちゃんと直して下さい」

 今回は羅門が言っている事が正しいから、ここは従うしかないのだが覇吐鬼は。

「それよりも、何かあったのか?」

 話を誤魔化す事で逃げる事にした。

「・・・・・・・そうでした」

 手に持っていた紙を見せた。

「先程御大将宛に矢文が届きました。その矢についていた文がこれです」

「俺宛に?どれ」

 文の中身を見ると。

『本日、暮れ六つ時(約午後六時)にいつもの場所で会いましょう。 竜』

 それだけしか書かれていなかった。

 覇吐鬼は表情には先程と何も変わらないように見えるが、内心では喜んでいた。

(字はあいつの字だが。普段はこうして矢文などしないのだが?)

 普段は矢文など飛ばさず、覇吐鬼が会いに行きたくなったらいくだけだ。

 会う時もあるし会わない事も良くある。

 変だなと思ったが、向こうがこうして誘ってきたという事は普通に嬉しい。

「何者が送ってきたのでしょう? 御大将は分かりますか?」

 羅門はこの意味が分かっていないようだ。

 それもその筈、手紙が書かれている場所は覇吐鬼を除けば知っているのは風雅と影王と竜胆の妹の楓しか知らないのだから、文末に書かれている竜も竜胆の名前から一字とったものだろう。

 文を握り潰し羅門に渡した。

「何かに使えるだろうからやる」

 紙は重要な時しか使わない程貴重な物だ。

「手紙の意味は分かりましたか?」

 覇吐鬼は首を横に振り茶を濁す事にした。

「いや、分からん」

 羅門は不審に思っていそうな顔だが、証拠もないので何も言えないようだ。

「では、この紙は処分しても良いのですね?」

「ああ、任せる」

 その場から早く逃げようと背を向けたが。

「何処かに行かれる前に、この場所を直してからにして下さい。御大将」

 肩にがっちりと掴まれて逃げ出せなかった。

(ちっ。逃げるのを失敗したか)

 肩を掴まれているのでしぶしぶだが直す事にした。

 直す作業中、風雅が通りかかったので手を貸せと頼むのだが。

「兄貴、自分でやった事だから自分で直さないと駄目だよ」

 呆れ交じりに言われた。

 誰も手伝ってはくれないので、一人で黙々と作業をした。

 完全に戻すのに六刻(約三時間)費やした。

 疲れたので部屋に戻り一休みしていたらそのまま寝ていた。

 目が覚めるともう暗くなり月はまだ見えなかったが、日は暮れていた。

(不味いな。そろそろ行かないと、手紙の書かれている所に時間どおりにつけない。急がねば)

 支度を整えて、馬小屋に向かった。

 門を出る直前に、羅門に見つかった。

「覇吐鬼様、如何しました? そんなに慌てて」

「羅門か。丁度良い、これから俺は外に出るから後は任せたぞ!」

「何処に出かけるのですか? 場所くらいは聞かせて下さい」

 何処に行くにしても場所を聞く事からこそ、何があっても大丈夫なようにするのが大事だと分かっているので聞いてきたようだ。

「帰ってきたら話す」

 今日は場所を告げず行ってしまった。

 羅門はその背を見送った。

 正直に言えば、護衛をつけて行って欲しかったが「要らん」といつも言われているので言わなかった

(まぁ、大丈夫でしょう。あの方を倒せる者などそうそう居ないのだから)

 その判断が覇吐鬼を、大変な目にあわせるとは誰も予想していなかった。

 城を出て綾瀬村の方に駆けた。

 村に行くのえはなく、行く道が途中まで同じなのでその道を進んだ。

 そして三叉路に差し掛かった。

 右に行くと沼地になっている、真ん中の道は綾瀬村に行く道で、左は丘があった。

 覇吐鬼は左に進んだ。

 村から歩いて四刻(約二時間)すると丘があり斜面に洞窟がある。

 この場所は竜胆が薬草取りをしている時に見つけと聞いている。それなりに広く、最初は薬草の貯蔵できる所として使っていた。

 今は覇吐鬼の逢引きする所として、使われている場所の一つになった。

 その場所に覇吐鬼はついた。

 空は暗くなっており月は雲で隠れていた。

(時間は大丈夫だろう。人の気配は?)

 その洞窟の中に気配があった。

 竜胆だろうと勝手に予想していた。遅れたのだからまず詫びようと洞窟の中に入っていった。

 そうして進んで行くと奥についた。明かりが一つも無いそこでは地面に敷物がひかれていた。座っても汚れない様にした配慮だろう、人が居るが暗く誰だか分からなかった。

 暗く顔が分からないが何も言わず近づいた。

 その人物も黙って座っていた。

 目の前にまで近づいたが、ぴくりとも動かなかった。

 暗く顔が良く分からない中、多分竜胆だと思い、そこに居る人物を抱き締めた。

 その者は抵抗しなかった。

 抵抗しないので、竜胆だと分かり唇を重ねて押し倒した。

 それすらもその者は黙って受け入れた。

 覇吐鬼は抱き締めている人物を良く確認もせずに唇を重ねた。

 

 どれくらいの時が経ったのだろう。行為の後なので覇吐鬼はだるい体を横にしていた。

 なんとなくだが、それ程時が経っていないと思った。

 この洞窟は自然で出来た所に少し手を加えていた。外の光を中に入れて暗くならない様にしていた。

 先程は暗く今居る部屋の全容は分からなかったが、月が出たのだろう、月明りで見えてきた。

 部屋の地面に敷かれていたのは、赤い毛氈で触れてみると質の良い手触りだった。

 毛氈の端を見ると煙が出ている器があった。回りを観ると部屋の何箇所に同じ物があった。

 器を持って匂いを嗅いでみたが。

(変だな? 香りが何もしない。何だ?)

 これについては訊いた方が早いと思いそばで(・・)に(・・)なって(・・・・・)いる(・・・)巫女(・・・)に訊こうとした。

「竜胆、これはいった・・・・」

 その後の言葉が続かなかった。

 そこに居たのは竜胆ではなかったのだから。

 覇吐鬼のそばで横になっていたのは、楓だった。

(何故だ⁉ 何故、此処に楓が居る?)

 訳が分からず混乱した。

「ん・・・・・・」

 楓が目を覚ました。目が覚めて覇吐鬼の視線を感じたのだろう、身支度を慌てて整えただしてすっと立とうとしたが。

 痛みが走り、顔しかめて立つ事が出来なかった。

「楓」

 声を掛けたが、何も言わなかった。

 無言で立ち去ろうとしたが、足に力が入らなのだろう、一歩も動けなかった。

「楓、何故だ? 何故こんな事を?」

「わたしの我が儘です」

「我が儘?」

 頷いて、上半身裸の覇吐鬼の胸に触れた。

「このお香は人が子作りに使われる物ですが、妖には体の動きを鈍くさせる物です。それだけ言えば御分りでしょう?」

「そんな事をするのは何故だ? 楓」

「それは・・」

「そこからはわたしから言おう」

 その声で振り返ると本物の竜胆が居た。

「り、竜胆、いやこれは深い訳が・・」

 手を横に振り弁解しようとしていた。その姿は浮気した亭主が誤魔化そうとしているようだ。

「わたしは怒っていない」

 しかし、その目は明らかに怒っていた。その視線は人を殺せる位の殺気があった。楓は顔すら見ていない。

 二人とも怯えては話にならないなと思い、ふぅと息を吐いて気を静めてくれた。

「このような事をした訳は・・・・・・お前がやりすぎた所為た」

「俺が?」

「そうだ。お前が暴れるから近くの村々が警戒して、なんとかしてくれと父に頼まれたからだ」

(おいおいおい。俺は別に村を襲った事は無いぞ。何でそう警戒される?)

 覇吐鬼は不思議がった。

「お前が城を二つも攻め落とすからこうなったのだぞ」

 そう言われたら何も言えなかった。

「しかし、俺はお前を守りたかっただけだぞ? それの何が悪い⁉」

 そのような事を言う村を襲ってやろうと動こうとしたが、体が動かなかった。

「なぁ⁉」

 先程まで普通に動かせた体が動かないので驚いた。

「お前の言い分など向こうからしたら知った事では無い。向こうは襲われない様にしただけだ」

 竜胆は悲しそうな顔をしていた。

 自分も辛いのだろう。初めて好いた者をこうして罠にかけるのが。それでも人々を守らないといけないと思いこうして実行した。

「父が滅ぼさないで封印する事で話を纏めてくれた。だから」

「だから、大人しく封印されろと? ふざけるな‼」

 香の影響で足が動かせないが声を張り上げる事は出来た。

「俺は好いた女を守る為だけにこの力を使い暴れた⁉ それの何が悪い! 俺が妖だからか? それだけで封印される事か? 答えろ‼‼ 竜胆!」

 竜胆はそれには答えられなかった。

 何も言わず部屋の中央に居る覇吐鬼の隣に座った。

「おい⁉」

 おそらく此処が封印される場所だ。なのに座るのが訳分からなかった。

「お前を封印する話になって二つ困った事が出来た。一つは楓の事だ。楓はお前に懸想していたので封印されるお前を助けようとわたしと二人で必死に村々に懇願した」

「楓が?」

 楓を見ると顔を真っ赤にしていた。

「それが受け入れられないと分かると、お前との思い出が欲しいと父とわたしに頼んできた」

「思い出?」

「そう。思い出だ、その思い出がお前に抱かれる事だ。父もしぶしぶだが同意した。勿論わたしは最後まで反対したぞ!」

 楓を睨みだした。

 本人も気まずそうな顔をしている。

「楓がどうしてもと頼むので、わたしも根負けした。それでこうして抱かれる機会を作ったが・・・・・・覇吐鬼」

「何だ?」

 微笑みながら近づいて来た。

 すると竜胆の手が伸び耳を引っ張る。

「この浮気者‼‼」

「痛ってててて! は、離せ」

 耳を千切れそうなくらい痛かった。

「お前はやってはいけない事をした・・・・・・わたしの妹と契るとは。お前が女好きなのは知っていたが私の妹に手を出す外道だとは想わなかったぞ!」

 目に涙を溜めて怒った。

「悪かったから、耳離せー⁉」

 悪いのは自分だと分かっているので、それ以上何も言えなかった。

「この色情狂っ、けだものっ、・・・・・・でも好き・・・・・・馬鹿っ、鈍感っ」

 息が切れたのだろう、呼吸を整えていた。その間も手を離さなかった。

「おい。気が済んだか? いい加減耳から手を離せ」

 ギラリと睨まれた。これでは何を言っても駄目だと覚った。

(それなりに長い付き合いだが、こんなのは初めてだ)

 この状況でなかったら新鮮で嬉しいと思った。

 そんな視線で気付いたのだろう。変な物を見る顔をしていた。

「な、何だ⁉ 何か言いたいのか?」

「い~や、何も無い」

 からかうと面倒になるから言わなかった。

 これ以上言っても無駄と察したのだろう、楓に顔を向けた。

「楓」

「は、はい」

 竜胆はそんな妹を見て微笑んだ。

「お前の願いは叶ったか?」

 竜胆は優しい声音で訊いてきた。

「はい‼」

「では、行きなさい。もう会う事は無いだろうが元気でな」

「はいっ。姉さまもお元気で!」

 頭を下げて覇吐鬼の方に顔を向けた。

「覇吐鬼様、こうして生きて会えるのはこれで最後でしょうが。長い時の果てで、また会える事を祈っています。それまで、お元気で」

 覇吐鬼にも頭を下げた。直ぐに顔を上げ部屋から出て行った。

 その目には涙が溜まっていた。

「お前の事だから気付いているだろうが。此処が封印される場所だ。動けないから逃げられないだろうが、入り口も楓が出たら塞がれる事になっている」

「足が痺れて逃げられないのに用心深い事だ。っと待て、お前は如何する?」

「話の途中だったな。もう一つの困った事だが」

「おいそんな事より早くここから出ろ。一緒に封印されるぞ!」

「それで良い」

「何⁉」

「もう一つはわたしの事だ」

「何だと⁉」

「わたしはお前が封印されるなら一緒にしてくれと父に頼んだ。だからこれで良い」

「・・・・・・お前はそれで良いのか?」

「これがわたしに出来る精一杯の事だ。眠るなら一緒に眠ろう」

 覇吐鬼はそこまで想われて嬉しかった。その気持ちを言葉にするのが恥ずかしく言えなかった。その代わりに自分の大切な物を教える事でその気持ちに答える事にした。

「××××××」

「え⁉」

「俺の諱だ。俺の配下で知っているのは誰も居ない。知っているのは母とお前だけだ」

「そうか、ありがとう教えてくれて」

 覇吐鬼の頭を膝に載せて唄を歌いだした。

「愛し子よ ながる涙ぬぐい、いつまでも、この胸に眠りなさい 稚い貴方の、(さいわ)いを願い うたきこゆ」

「良い子守唄だな」

「母が良く歌っていた子守唄だ」

 竜胆は微笑みながら歌い続けた、その途中で洞窟が揺れた。

 竜胆と一緒に封印されるので退屈はしないと思った。

 それから直ぐに意識が遠のいたが、頭の中には子守唄がいつまでも響いていた。


 



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