戦う理由
覇吐鬼が根城についた時にはもう日が出ていた。
その根城は成田某が城主をしていたが覇吐鬼に打ち取とられた。城に残っていた者達もその報を聞き我先にと逃げ出したので誰も居なくなった。それでそのまま根城にした。山城なので守りやすく、攻め辛い城だった。
その城の中で一番広い部屋、かつてこの城の城主が評定に使っていた部屋に覇吐鬼は酒を飲んでいた。
覇吐鬼の隣には妙齢の女が酌をしていた。
その女の着ている物は、黒い袖無しで上下ともに黒かった。着ている物よりも目を引くのは、手の部分が大きな黒い羽で、五本の爪が細くあった。
「兄貴、今度の戦も勝って良かったな!」
勢力の長である覇吐鬼に対して兄貴と言っている、この女は風雅という蝙蝠の妖の女だ。
覇吐鬼の父である煉獄に仕えていた蝙翔鬼の娘だ。
煉獄の下に居た時から実の兄妹の様に仲良くしていた。
戦の時は伝令といった情報を得るのに重要な役目を果たすので大切に使っていた。
「ああ、そうだな」
「まぁまぁ、目的が達せられのだから」
「そうだな」
そもそも今回の戦の理由は、風雅から聞いた事なので隠す事はなかった。
「でもさ、そんなに大事ならどうして此処に連れて来ないの?」
風雅は不思議に思った。
それには覇吐鬼も口を詰まらせた。
「そ、それはだな・・・・・まぁ、何と言えば良いか・・・」
本心を言えば連れて来たいのだが、事情があるので出来ないと言えば納得するとは思えないので、何か良い言い訳を考えていたら。
「あ⁉ 分かった。もしかして、あたしが居るから?」
何故か見当違いな事えを言ってきた。
「でも、あたしは別に兄貴が人間のお嫁さん貰っても構わないよ。あたしはお妾さんにしてくれたら問題ないし」
「仮に俺が嫁をとり、その嫁が妾をとるのを禁じたら?」
「その時は・・・」
「その時は?」
「秘密」
「おいおい教えろよ⁉」
酒を飲みながら訊いた。
そこまで言って言わないと気になってしまう。
「秘密だから言いませんよ~」
「お前が言いたくないなら無理には聞かない」
にぃぃと笑ってきた。
「兄貴って鈍い癖にときどき格好いいよね」
しな垂れかかってきた。
「兄貴を格好いいと思っていつもこうやって体をくっつけても、何の反応も無いから実は女には興味ないって思ったよ。でもさ、兄貴がその女の為に戦をしたりするからその女の事がとても好きなのでしょう?」
言葉に出来なかった。
あいつにあって数年なのに、こんなに心が騒いだのはそれなりに長い時を生きて初めてだった。
どう接したら良いか分からないので、最初は遠くから見ているだけにしていた。そうしていたら近くで顔をよく見たいと思い一歩また一歩と近づいた。
その顔を遠くからでも見ているだけで幸せだった。その笑顔を見ているだけで堪らなく愛しかった。その笑顔を守るだけで俺には十分だと思った。
それ以上望むのは止める事にした。あいつは人間で、俺は妖だから。生きていく場所が違う。
そう頭では分かっているが心は納得できかった。
気持ちの整理がつかないのでこうして暴れて紛らわすしかなかった。
勝利の酒をどれだけ飲んでも酔わない。でも飲まなければこの鬱々とした気分が晴れないそういった毎日を繰り返すのであった。
そんな覇吐鬼を見て、風雅は毎日お酒の酌をするしかなかった。
自分ではこの人、いや鬼の心を満たす事ができないのだから、それが悔しくもあり妬ましかった。
そんな二人の心情とは別に時は過ぎていく。
気が付くと覇吐鬼は横になって天井を見ていた。
(いつの間にか寝ていたのだな。風雅は?)
風雅は覇吐鬼の腕を枕にして寝ていた。
起こさないように静かに腕を抜いた。
「うん・・・むにゃ・・・・兄貴・・・・」
寝ていても覇吐鬼の事を思っていた。
頭を撫でて足音を立てない様に部屋から出て行った。
部屋をでて外を見ると夜になっていた。
「今宵は三日月か」
月を見ていると、無性にあいつに会いたくなった。
あいつの居る所は、この根城からは少し離れているので、足が必要だ。
それで馬小屋に向かった。
馬小屋と言っても飼われているのは、影王一頭だけだ。
馬小屋に近づいたら影王は寝ていた。
馬は立って寝る生き物のせいか、影王も立って寝ていた。
近づくと起きたようで顔を近づけ頬ずりしてきた。
小屋から出し鞍を付け乗った。
「行くぞ、影王。場所は言わなくても分かるだろう?」
もちろんとばかりに啼き駈け出した。
***
そうして城から出て野を駆けて半刻(約一時間)程の距離に村がある。
その村の名は綾瀬。
人に見つかると面倒なので秘密の覗き場に影王を向かわせた。
その場所は村から少し離れた所にあり、村の守り神として崇めている巨木だった、その木から見る風景は絶景だった。暇な時は何時もそこからあいつを見ている。
巨木が何の木かは村人も知らないくらい古くある物だった。あまりに古い為花も咲かないが、そこから村のすみずみを見渡せるから良く登って、あいつを探した。
今夜もそうして探そうとしたら先客がいた。木に向かって何か祈っていた。
「楓か? 久しぶりだな」
楓と言われる少女が振り返った。
「覇吐鬼様⁉ いつから此処に?」
楓という少女は、化粧っ気は無いがそれでも可愛いと言える容姿だった。
件の巫女の双子の妹で、顔がそっくりで親ですら偶に見間違える。
なので、楓は髪を後ろに結っている。
「こ、こんな夜に何の御用で?」
楓は髪を手で整えたり、来ている巫女衣装の襟を直したりと落ち着きがなかった。
「ああ、ちょっとな・・・・・・」
楓の姉に会いに来たと、言えず言葉を濁していた。
その態度で分かったのだろう。楓は。
「姉上なら川で水垢離をしています。案内しましょうか?」
「そうか⁉・・・・・・いや違う。ちょっと近くを通りかかったからな顔を見に来ただけだ。って、水垢離の最中に行っていいものか?」
「姉上は気にしませんよ。むしろ喜びますよ」
「なら、顔を見せに行くか‼」
上機嫌で覇吐鬼は行こうとした。
「案内は要りますか?」
「いや、分かるから必要ない、それよりも・・・・・・」
笑みを浮かべ楓の頭を撫でた。
「寝るのが遅いと、朝起きれなくなるぞ?」
「覇吐鬼様! わたしは子供ではありません!」
頭を撫でられむきになった。
「そうやって怒っていると子供と言われるぞ。はっははははは」
撫でるのを止めて川に向かった。
その背を楓はじっと見送った。
(覇吐鬼様。)
撫でられた頭を触り覇吐鬼の手の感触を思い出そうとした。
(固くごつごつとした大きな手。優しく撫でてくれた)
それが嬉しいのか笑顔だった。
(その手は姉さまやわたし、自分の部下を守っている手。どんなに傷ついてもわたしや姉さまには笑顔を絶やさなくしてくれる優しい心、こうして姉さまに会いに来て、少しでも話せたらわたしはそれで十分幸せです)
楓は自分の慕情を誰にも口に出して言った事は無かった。
家族にも。
進むこと四半刻。
川の流れる音が聞こえてきたのでそこら辺にある木の近くに馬を止めた。
「此処で待て。直ぐに戻る」
影王にそう言って待たせて、川の上流に向かった。水垢離をする時は上流でしていると見て知った。
上流につくと一人の女が白い衣装を纏い、水を掛けていた。
その様子を木の陰から観ていた。
(綺麗だ)
この一言しか浮かばなかった。
その姿をいつまでも観て居たかった。
成田某を殺した時も、最初成田某の手勢の一部がこの村に略奪をしているのが、分かりそいつらを皆殺しにした。
「この落とし前はつけてやる」
そう巫女に言い成田の軍勢が居る所に一騎で向かい成田某を討ち取った。
楓やこの巫女は村を救った事を喜んでいたが。
覇吐鬼としては、落とし前をつけただけなので、喜ばれる事でも無かった。
水垢離をしている巫女を黙って見ていた。
声は掛けなかった。水垢離は大事な儀式でもあると前に聞いていたので、邪魔をする事は無い。それよりも巫女の体を見た。
水で濡れた服が体にはりつき形をくっきりと見せた。胸は普段さらしで巻いているから知らない人が多いだろうが意外にも大きい、腰は細く柳の木を連想させた。
水で濡れた髪も暗褐色の長髪が月の光にあたり輝いていた。
それをいつまでも見ていたかったが。
「いつまで、そうして見ているつもりだ? 覇吐鬼」
はっきりと名前を言われた。
居るのがばれたので、あっさりと木の陰から出た。
「良く分かったな? 竜胆。気配は消していたのだが」
覗いていたのがばれて、不思議で仕方が無かった。
「お前のよこしまな視線を感じたからな」
困ったものだと言わんばかりに、溜め息を吐いた。
覇吐鬼は巫女が気付かれなければ水垢離が終わったら帰ろうとしていたので、話せて嬉しかった
「喜べ、竜胆。お前のあの話無かった事にしてきたぞ」
胸を張って自信満々に言った。
竜胆は何を言っているのか分からず、首を傾げた。
「お前が妾になる件だ」
「まさか⁉ お前、城に攻め込んだのか?」
「ああ、そうだ」
竜胆は体のあちらこちらを触ってきた。
「何処も怪我は無いのか? 何故そんな無茶をした?」
「決まっているだろう! お前を渡さない為だ」
「それは嬉しいが、何もそこまでする事では無いだろう?」
「俺にとってはする事だ」
そう言って竜胆を抱き寄せた。竜胆はそれを黙って受け入れた。
「おまえを手に入れる為なら神仏だろうと、この国に居る全ての妖だろうと戦ってやる‼」
「覇吐鬼」
竜胆は覇吐鬼の胸の中で黙っていた。
「俺の半分は妖だ。それは事実だ、だからお前より長く生きるだろう。もし俺がお前より先に死んだら墓ぐらい作ってくれ」
「わたしが先に死んだら?」
「お前の墓守をしてやる。命が尽きるまで」
「ふっ。そんな事までする事は無いぞ。わたしは生きている限りお前とこうして語らい。抱き締めて夜が明け目覚めたら、お前の寝顔を見ているだけで十分だ。死んでもお前を縛りたくない」
―――だから無理を言うな。お前にはお前のする事があるだろう?
口には出さないがそう言っていた。
覇吐鬼はそんな事をお構いなしに力の限り抱き締めた。
「それでも俺はお前と離れたくない。絶対に」
「・・・・・・・このうつけが」
嬉しそうに言い竜胆も抱き締めてきた。
このまま夜が明けるまで此処に居たいがそれでは竜胆に迷惑が掛かるから、名残惜しいが手を離した。
だが、竜胆は離れなかった。
「竜胆、手を離せ。そろそろ村に戻らないと駄目だろう?」
それでも竜胆は離れなかった。
「もう少しだけこのままで居させてくれ。もう少しでいいから・・・」
小声で囁いた。
離れたく無いのは、覇吐鬼も同じなので突き放せず、そのままにさせた。
(こいつが離れないから、もう少しだけこうするか)
そう言い訳して離れるのを止めた。
竜胆は何も言わずくっついていたが、突然頤をあげ目をつぶっていた。
二人は何も言わず唇を重ねた。
その様子を木の陰から見ている者がいた。
当の二人は、見ている者に気付きもせずに、体をあます所が無いように抱き締めていた。