3. 一次試験
神様曰く、私は30分ぐらい走っていたらしい。長い全力疾走に耐えきれなくなった足がもつれ、転ぶまで、私は狂乱することも出来ずにただ逃げ続けていた。なぜか野犬は追ってこなかった。追ってくるものもなく、一緒にいた人もいなくなり、土まみれで地面に転がっていた私は、こんな状況だからこそなのか、これほど強く何かを思った頃はついぞなかっただろうと思えるほど強く、ただ生きたいと思った。というよりは、それ以外の想いの一切がもはやどこかに吹っ飛んでいて、すべての想いが『生きたい』というただ一つの想念に収束していた。あとから思えば、たぶんこの時私は狂乱していたのだろう。ただそれが世間一般の様と違っただけで。だってこの時神様にから試験の内容を聞いた私は
『君達、おっと失礼、『君』の試験はね、この森にいる一人の老人を殺すことだよ♫』
一瞬も迷わずその老人を殺そうと思ったんだから。
神様曰く、その老婆は善良であり、動物によく好かれる人だが、それを生かして猟犬を育てていたらしい。ただ、それ等の犬が少々厄介な病原を宿してしまったが故に、封じ込めの為、その老婆を殺せ、ということだった。
神様は私が聞けば、その老婆は何処にいるのか、どうやればスムーズに殺せるのか、今野犬や猟犬は一体どのあたりにいるのか等、色々なことを教えてくれたし、私が何も聞かなくても、その老婆がどう生きてきたのか。いかに善良であろうとしてきたか。どんなことを思っていたのかなど色々なことを喋っていた。
食べ残しを使って野犬達と猟犬達を食い合わせた。私達を襲った野犬はいなかった。
神様に教えてもらった通りに、老婆の家の戸の隙間に骨を挟んで固定し、真っ先に死んだ子の懐から探し出したライターで、落ち葉や糞を使って火をつけた。老婆に逃げるすべなどなかった。塞いだ耳越しに聞こえる音、焼ける臭い、熱気。そんなものを感じながら1時間にも2時間にも感じられるような時をうずくまって過ごして――
『おめでとう!まさかこの4人からクリア者が出るとは思わなかったよ!』
なんて陽気な声とともにあの真っ白い場所に引き戻された。
戻ってきた私の手には土もライターも彼女たちの血も何もなかった。まるでさっきのことは何かの夢だったかのようにも思える中で、私一人しか帰ってこなかったという事実と、
[一次試験 クリア者82名 死亡者794名 後234名が試験中です]
試験前にはなかった巨大な電光掲示板に書かれた内容が、彼女達の死と、私の初めての殺人が現実だと、はっきりと示していた。