世界を跨る少女
シベリアトラとの遭遇を経て、謎のキャバクラにやってきた橘 茜です。
今シアさんとタクマさん、そしてそれぞれの隣に女の子が座って、計6人で飲んでます……
タクマさんの隣には佐藤
シアさんの隣にはクッシー
そして私の隣にはコイヌの嫁
「ぁ、ぁの……可愛いワンちゃんですね……」
コイヌの嫁と呼ばれる娘の膝の上には、ミニチュアダックスフンドが鎮座していた。
ゆっくりそのコイヌを抱き上げて娘は言い放つ。
「私の……旦那さん……」
コイヌの嫁って……そっちかー!! と思いながら、やけくそでビールを煽る。
例の男から連絡を受けて怪しい店に来てみたものの……リストに私達が探しているであろう宇宙人は居なかった。それどころか意味不明な店員ばかり……
「ぁ、ぁの……コイヌのお嫁さん? これちょっと見てほしいんだけど……」
と、例の私達が探している女の子の写真を見せる。
「この子、この店で働いてない?」
コイヌが写真を咥える。あぁ、ヨダレがついてしまう……
その写真を嫁? が受け取ると、マジマジと見つめ……
「居る、けど……」
「け、けど?」
やっぱり居る……リストに載ってないけど……
と、そこに昼間会ったあの男がテーブルの前に現れた。
「楽しんでますか」
本気で言ってんのか……と言い返したくなるが、クッシーとシアさんはノリノリで
「「楽しんでマッスー!」」
ダメダ……完全に酔ってる……
「それは何より……君、こっちだ。」
と、私だけ男に呼び出されコイヌの嫁に別れを告げて席を立つ。
「彼女と……あの男より君が一番まともに見えたんでね……一人が不安なら連れてきてもいいが……」
いや、わたしも同意見です……
「構いません……それより会わせてもらえるんですよね……」
「ああ、こっちだ……」
そのままキャバクラスペースからさらに奥……事務室のような場所に通された先に、その子は居た。
「こんばんは、探偵さん」
私達が探している行方不明の少女と同じ顔をした……宇宙人……
「こんばんは……」
挨拶を交わしながら、男はその子の隣に座り、私は向いのソファーにテーブルを挟んで座った。
何から話せばいいのか……と悩んでいると、宇宙人と名乗る少女は口を開いた。
「貴方達が探してる女の子は私が保護してる……時期が来れば家に帰すわ」
私はゴク……とツバを飲みこみ……
「保護……ですか……世間が行方不明の少女を必死になって探してるのは……ご存知ですよね……」
ビールが入って酔っているのか、半分喧嘩を打っているような目つきで尋ねる
「知ってるわ。でもあの子の為に必要なの。なんでも答えるわ、聞きたい事があるならどうぞ」
とても11歳の少女とは思えない口調、そして態度だった。私は本当に宇宙人なのかどうかはさておき……
「色々聞きたい事があります……。まず……この新聞記事なんですが……」
例の新聞記事を出す……白いワンピースを着た双子ちゃんと全く同じ見た目の少女の写真が掲載された新聞。
「この写真の女の子は誰ですか……?」
宇宙人はジっと新聞記事を見つめ……
「あなた、悪いけど席を外してくれる?」
あなた……?
「わかった……何かあれば内線で呼んでくれ」
そういって男は出て行き、私と宇宙人と二人になる。
「驚いたわね。どこで見つけてきたの? この新聞」
どこでって……団長がネットで見つけたものだが……
「ネットにUPされていたものですが……」
「嘘ね、この新聞はこの世界軸には無いもの」
せ、世界軸……? なんだそれ……
「ここからの話は信じる信じないは任せるわ。私は約50億年前から、この地球が誕生する前……この宙域に居るわ。でもこの宇宙は一つじゃないの、いくつもあって私はそれを自由に行き来できる」
すごいB級映画みたいな設定だ……
「でも、いくつもある宇宙には決められた……運命っていうのがあるの、貴方がこの宇宙に存在しているのも、その運命なのだけど……」
なんか話が壮大すぎる……
「それで……貴方達が探してる女の子……由良じゃ無い事は気づいてるんでしょ? あの家に変な幽霊置いて行ったの貴方達なんでしょ?」
ば、バレてる……
「心配しなくても何もしてないわよ、由良の面倒みてくれてるんだから私には好都合よ」
そ、そうなんだ……っていうか……あの双子ちゃんは本当に入れ替わってたのか……
「それで話は戻すけど……宇宙には決められた運命がある。そして……この写真に写ってる女の子、紗弥は……どの宇宙でもある時期に死んでしまうの」
思わず酔いが吹き飛ぶ……いや、なんかいきなり具体的な……
「何で死ぬのかは分からないわ、ただ、この宇宙で一番最初に死んでしまう原因は交通事故だった。家出した日に車に轢かれて死んでしまう」
でも……さっき保護って……
「そうよ、まだ生きてる。私が無理やり法則を捻じ曲げてるだけ。でも一年かけて、この宇宙の決められた運命を塗り替えてやったわ、でもまだ完全じゃない」
塗り替える……どこかのネコ型ロボットみたいな……
「今、どれだけ塗り替えようとしても無駄なのよ……また数年後に……この子の未来を変える必要がある……」
う、うーん……まあ、それはそれとして……
「あと、この新聞は本当にどうしたの? これは私がこの世界軸に来る前の世界の新聞だわ。この写真に写ってるのは紛れもなく紗弥よ。紗弥の両親が提供した写真よ」
え、で、でも……あの両親が白いワンピースを着た写真なんて……
「さっき言ったでしょ、前の世界軸って……私は前の世界軸で紗弥と由良を入れ変える様に仕向けなかった。家出したのは由良のほうよ。そのあとすぐに由良は事故で死んで……でも由良は見つからなかった。轢いた人間が……由良を連れ去って逃げたからよ。この写真は、その時撮影された紗弥よ。由良を探すために全く同じ顔の紗弥の写真を新聞に載せたのね」
それで……こんな悲しそうな顔して……
「でも、このあと紗弥も自殺した。だから私はその世界軸から逃げた、次はこの世界軸で成功させてみせる」
成功とか……失敗したら次に行くとか……
「何様のつもりって思ってる? でも私にはこれしかない。私は生きてる紗弥と一緒に過ごしたい」
頭がこんがらがってくる……
「だから、今この世界は……私とって理想の世界なの、紗弥も由良も居て……」
「わかりました……ちょっと待ってください……頭が付いて行かなくて……」
宇宙人を手で制しながら携帯を出す……
団長に聞いてもらおう、団長……そうだ、団長はどうやって……この新聞を……この世界には無いものだとこの子は……いやいや、何信じてるんだ……全部が全部本当ってわけじゃ……
「団長……その人がこの新聞を見つけたのね」
ビクっと宇宙人を見る。今……私声に出してた?
「ごめんなさい、私貴方の心の声……聞けるの。お願い、その団長って人と話させて」
少し考える……いいのか……でも、幽霊やら喋るシベリアトラを社員にしてる人だ……宇宙人なんて怖くないだろう……たぶん……
団長へ電話をかける……すぐに団長は出て……
『もしもしー、なんか進捗あったー?』
「団長……例の宇宙人の方が……団長と話したいって……変わります……」
いいながら携帯を渡す。
「こんばんは、団長さん。私、貴方が誰なのか知ってるかも……」
団長の声は聞こえない……
「貴方……番人ね……私のしてる事がそんなに気に食わない? 外にあんな物騒な猛獣まで連れてきて」
猛獣……? トラゴロウさんの事か……
「そうね、貴方の言う通りだわ。でも私は辞めない……もしこれ以上ジャマするなら……」
宇宙人の目が私を見る
「この子をここで殺……」
ガシャーン! とキャバクラのほうから凄い音がした。
「何?」
そのまま走るような足音が……怒鳴り声も……こっちに向かって……
勢いよく……ドアが吹き飛んだ。
叩き壊すように、そこに居たのはタクマさん……無言でこちらに来て、私の目の前に立つ。
「わかったわ、じゃあ紗弥を保護するのは貴方に任せるわ。じゃあね、団長さん」
そのまま携帯をタクマさんに渡す宇宙人……タクマさんから私に帰ってくる。
「とんでもないボディーガードね、じゃあ話はここまでよ、貴方達の団長に紗弥の居場所を伝えたわ。これで貴方達とも……いえ、何かあったら連絡させてもらうわ」
それだけいって……フっと……目の前から宇宙人は消える……
「た、タクマさん……」
フラフラの私をタクマさんが……お姫様だっこ……って……え?! は、初めてされた……
コクン……と頷いてそのまま歩き出すタクマさん……お店では女の子とお客さん達が怯えるような目で……
シアさんを見ていた……シアさんの片手には……テーブルの角を叩き折ったような……破片が握られている……
「茜ちゃん?! よかった……ごめんね、一人で行かせて……」
タクマさんに抱っこされてる私の頭を撫でながら謝ってくる……そのまま、タクマさんが例のオッサンに……ポイっと……札束を投げる。楽に100万……いや、300万はありそうな……
「修理代だ」
その時私は初めてタクマさんの声を聴いた。すげえ……カッコイイ……
そのまま私達は乗ってきたトラックでホテルに帰る……
そして翌日、団長から連絡があり紗弥ちゃんが見つかったと言われた。
そのまま地元の警察に保護され時期に家族の元へと返されるそうだ。
団長はあの時……なんて言ったんだろう……電話で……宇宙人と話してる時に……
『そうね、貴方の言う通りだわ。でも私は辞めない』
まるで……あの宇宙人が悪い事をしてるような……ただ……一人の女の子を助けたいだけなのに……
それが……いけない事なんだろうか……
私もあの時思った……何様だと……
でも……私は……純粋に紗弥ちゃんを助けたい、そう願っている宇宙人の姿が酷く脆そうに見えた。
そして私は入社して初めての仕事を終えて探偵派遣会社に戻る。
お城のような洋館に……幽霊と一緒の部屋に……
次はもっと普通に事務がしたい……