♯06 名前
心の声さんの補助なしで、僕にも使える魔法やスキルを確認しつつ、彼女についても知っておきたい。
頭のぶっ飛んだ女神の使徒様に殺されかけた衝撃と、訳の分からないネタ称号に気を取られてすっかり置いてけぼりにしてしまったので、ここらで自己紹介とかを済ませておかねば。
挨拶、大事。
「えーと、初めまして?」
『じゃないけどね』
心が折れかけた。
気を取り直して、語りかける。
「あ、ごめんなさい。召喚された影響なのか、記憶が曖昧な所が多くて、お会いした事を思い出せなくって‥‥。済みませんが、お名前を教えて頂けませんか?」
『名前なんてないわ』
心が折れた。
いや、めげてちゃダメだ。今後の為にも、コミュニケーションはしっかり取ろう。命の恩人だし!
「その、助けて頂いた件も有りますし、何かお返しが出来れば。と思っているのですが、僕に出来る事は有りませんか?」
『‥‥‥』
もうやだ、泣きたい‥‥。
なんて思っていると、彼女から救いの声がかけられた。
どんな福音も霞むような、真の女神の声だった。
『名前、‥‥つけてちょうだい』
大森林の川縁で徐にガッツポーズをとる不審者が一人。
勿論、僕だった。
■■■
どんな名前が良いかは聞いたけれど
『任せるわ』
と一蹴された為、頭を捻る。
どうせならシャレオツな名前を献上して、好感度を上げておきたい。
これからも協力して貰えるかは取り敢えず置いといて、助けてもらった分を少しでもお返ししたいし。
片手間で済ませるのもなんだし、魔法とスキルは一度棚上げして、名前を考え始めた時に、ふと頭に不思議なイメージが浮かんだ。
毛並みの色艶の良い、愛らしい猫の顔だった。
「ぐぅっ!‥‥‥あぁ‥‥!!」
突然、激しい頭痛に襲われて、頭を抱える。
『何かを思い出そうとして頭痛とか、テンプレすぎませんかねぇ‥‥!』
『ちょっと!大丈夫!?』とか『しっかりしなさいよ!重蔵!』なんて、心の声さんに心配して貰えて
『あぁ、助けてくれたり、心配してくれたり、やっぱりやさしい人なんだなぁ‥‥』
なんて、気の抜けた事を考えながら、僕は意識を手放した。
■■■
目が覚めると、そこは雪国でも生まれ育った元の世界でもなく、相変わらずの大森林だった。
どれほどの時間、気を失っていたのだろう。
辺りを見渡せば、虫や梟の声が聞こえる、暗い暗い、夜が支配していた。
『気が付いたのね‥‥、もう大丈夫?』
やっぱりやさしい。折れた心は既に完全回復していた。
「ご心配おかけして済みません。大丈夫です」
まずは一言、そして提案。
「それで、名前なんですけど、文目さんなんて、どうでしょう?」
頭の中に水色の花が咲き誇った。