♯18 記憶
血が落ちる
視界がかすむ
温もりが消える
突き刺さった両刃の剣が、ずるりと嫌な音と感触を残して、重蔵の脇腹から抜き去られる。
急激に力が抜けていく最中、重蔵は今までの戦いが走馬灯として浮かぶ脳裏を、なんとか奮い立たせようとして――
■■■
三代重蔵は、記憶喪失である。
一部の記憶が正確に思い出せないので、記憶喪失と言って良いかは、重蔵自身にも分からないけれど、ともかく、何故自分が戦っているのかも分からないまま、目の前の剣士と命の遣り取りをしている。
高圧的な態度で剣を向けてきた男、バルなんちゃらードは、はっきり言って弱かった。
つい数時間前に戦った大きなカメレオンの方が、強かった気がする。
『殴り合いに慣れてなかったから、かあ‥‥』
考え事をしながら、相手の剣閃を避け、拳を、脚を、相手に向けて打ち出す。
何故、相手の剣の軌道が予測できるのか。
何故、自分の拳の軌道が敵を捉えるのか。
考えれば、頭が痛くなる。
止まない頭痛が、重蔵を苛んだ。
『イライラする‥‥』
『重蔵、この男、魔法も使うみたいだし、早く畳んじゃいなさいよ』
事も無げに告げる文目さんに、重蔵は心の中で苦笑した。
当たらない、当てられない。
カメレオンより弱く感じる目の前の男は、それでも自分よりは、強いのだろう。
不意に痛い頭に一撃が加えられ、衝撃に目を回しかけながら、重蔵は、文目に魔法の強化を、消すように告げた。
■■■
『どういう事よ!アンタ死ぬわよ!?』
何処かの占い屋さんの、懐かしいセリフを聞きながら、僕は目の前の剣士と撃ち合いを続けている。
『済みません、文目さん、魔法が体の動きを制限している感じがして、上手い事動けないんです』
先刻の痛撃が、程良いショックだったのか、今は思考がかなりクリアになっている。
カメレオンの攻撃を避け、殴り続けていた時、不意に『そうであるのが当然の事のように』打ち出す拳が敵の硬皮を打ち据え出した。
その謎が、今しがた受けた攻撃によって、解けたのである。
言い募る文目さんに、僕は一言だけ
『安心して下さい、僕は死にません』
力強く、心の中で、一つだけ、頷いた。
■■■
頭に一撃を受けた重蔵の脳裏に浮かんだのは、身の丈180㎝程の、筋骨逞しい老人の顔だった。
子供の頃の重蔵が、「ししょー」と呼んでいた、道場の師範。
数週間前に顔を合わせた時も、御歳87歳でありながら、背筋の伸びた、巨大な老人。
彼の道場に通って、重蔵は強くなった。
相手の力を利用して、増幅し、撃ち返す。
感覚として、一番近い合気道とも、似て非なる戦闘術。
死ぬ気で鍛錬した。
死ぬ程の修練だった。
それが今、重蔵の体に、戦う力として戻ってきたのである。
「頭も痛いし、他人を見た目でしか判断しない程度の相手と、詰らないお遊びをする程ヒマじゃ無いので、終りにさせて貰いますね」
『六鬪門、師範当位師範代、三代 重蔵、推して参る』
心の中で名乗りを上げて、重蔵が拳を振りぬく。
相手の鈍重な一撃が、左肩を狙って放たれた。
それを右手で、下から時計回りに円を描くよう、的確に軌道を反らし
ガラ空きの右脇腹に、特殊な呼吸を用いた左の拳を打ちつけた。
左手に鎧のひしゃげる感覚を得ながら、拳を引き
払ったハズの相手の剣が、重蔵の右脇腹に突き刺さっているのを確認し、重蔵は脱力していった。
いやに響く文目の声が重蔵の名前を呼び続けていた。
■■■
『ヤバい‥‥』
白く染まりゆく視界の端で、相手が此方を見据えているのを捉えた。
まだ剣を手にしているその男は、血を払い、剣を構えなおしている。
意識が薄れそうになるのを、何とか堪え、踏ん張ろうとして、膝を付いてしまう。
文目さんが、治癒魔法を発動してくれているのが分かるものの、それでも全身に廻る死の感触が、僕の意識を静かに吸い取っていく。
気が付けば見知らぬ世界に居た。
思い出しても理不尽なここ数日の思い出は、とても納得できるものじゃ無い。
別に、死にたくない訳じゃない。
でも、ここで死ぬ訳にはいかない。
何故そう思うのかは分からないけれど、泥に沈んだ様な思い頭で、僕は無意識に手を伸ばし――
チート要素がアップを始めました。
ご注意下さい!