♯17 或る冒険者の受難 終 決死
静かな森林のさわやかな朝。
そんな光景に似つかわしくない影が二つ。
天賦の剣才と、世界でも希少な魔法を使う冒険者、バル・エネス・ソルザード
記憶を一部失い、女神の使徒からの圧倒的な暴力を逃れ、魔物との戦いを制した、異世界からの闖入者たる、青い体毛に、濃紺の縞模様を持つ獣人
不可思議な、ほとんど魔物にしか見えない、魔法に身を包んだ冒険者が、全身から汗を滴らせながら、獣人と対峙する。
「お、おmヴェッホ!ゲーホ!オェ!!」
『お前に話が有る!決して悪くない話であるし、お前に危害を加えるつもりもない!』
此方を見つめる獣人の眼光は静かな物だった為、先ずは小手調べとばかりに、交渉を優位に進める為の演技を行おうとしたバルは、見事にその思惑を砕かれた。
正直な話、自身の最高最強の魔法を長時間使っての移動だ。
魔法適正が高く、剣技の才が無ければ、この対話をすら、バルは諦めていただろう。
目の前の青い獣人は、こめかみを指で押さえ、眉間に皺を寄せている。
こんな場面で無ければ、見惚れていたかも知れない。
美しい毛並みに、女性らしい柔らかな身体つき。それも、全身が毛皮に覆われた獣頭、獣顔の獣人種には珍しく、関節を含めた身体構造は、正しく人間を
もとに生み出されたかの様だった。
『美しい‥‥』
それが、数多くの獣人と触れ合う環境で育ち、そして、獣人を助けあえる隣人として見る事の出来るバルの、率直な感想だった。
衣服どころか、葉の一枚すら身に纏わぬ状態の為、文化圏とは程遠い所で生を受けた、新種の獣人種かと思ったが、敵対意志が無いと、丁寧な言葉使いをする姿を見るに、どうやら森林を歩く内に、止むに止まれぬ事情(戦闘等)で衣服を捨てたか、そもそも、立派な毛皮自体が、その身を守る服や鎧の役割を持っているのだろうと、判断するに至った。
ともかく、第一印象で大失態を演じたバルは、取り繕う為に頭をフル回転させ、言葉を投げかける。
文化の違いはあれど、獣人と、比較的良い関係を持つ国は、この大陸ではバルの属する国だけだ。
そして、獣人は、力の強い者に従う傾向が強い。
弱味を見せ、下手に出るよりは、強がって、上から命令する方が、青い獣人が数時間を戦ったであろう魔物を、一撃で討伐し、力の差を見せつけた今のバルには、もっとも良い選択肢のハズだった。
「どうやら身体能力は悪くないようだし、毛並みも美しいものと評価してやる。私の奴隷になる事を許すぞ?獣人よ!」
相手の容姿や能力を褒めつつ、強い者に従う事を促す。
首や肩を回して骨を鳴らす青い獣人が、圧倒的優位者で有るはずのバルに向けた瞳は、ゆっくりと広がり、怪しい光を湛えた。
バルの選択は、残念ながら正解では無く、ここから、対峙する二人の戦闘が、始ってしまうのだった。
▼ルゴナ大森林パゼロ山南側付近
『魔法はもう、使えそうにないか‥‥』
自身の体を廻る魔力が、極端に少なくなっている状態を冷静に分析しながら、自慢の魔法剣を使って攻防を続けるバルは、煩慮していた。
目の前の青い獣人は、顔色一つ変えずに、バルの剣閃の一つ一つを、避け、往なし、受け止めている。
剣術の師であり、バルの実直な性格を育てた、王国の剣聖
先輩冒険者であり、バルの冒険者人生を導いた、覇の拳王
彼らを彷彿とさせるその動きは、余りにも現実離れしていた。
美しい毛並みを持つ獣人は、動きの一つ一つですら、芸術的だった。
■■■
幾度にも亘る撃ち合いを経て尚、お互いの攻め手は、限界を見せなかった。
獣人が右の拳を撃ち込んでは、魔法の剣が横から打ち払い
バルの魔法剣が肩口から侵入しようとすると、静かに横腹を撫でる獣人の掌が、剣の軌道を微妙に曲げる
どちらも決定打を出せずに、かれこれ一時間は、演武のような、しかし苛烈な応酬を続けている。
『侮っていた‥‥、まさかここまでの強さだったとは‥‥』
反省し、謝罪しようと口を開きかけた所で、獣人がポツリと洩らした一言は、バルの矜持をズタズタに引き裂いた。
「頭も痛いし、他人を見た目でしか判断しない程度の相手と、詰らないお遊びをする程ヒマじゃ無いので、終りにさせて貰いますね」
事も無げに紡がれた一言にバルは強い衝撃を受けた。
『お遊び‥‥だと?』
人を救う為に鍛え続けた剣術を
平和を守る為に耐え抜いたつらい日々を
目の前の獣人は「詰らない」と言った。
想いの全てを否定されたような衝撃を受けてほんの一瞬、意識がブレた。
瞬間、青い一撃が脇腹を襲う。
尋常じゃなく、重い一撃。
バルの腹部を守る鋼鉄製の鎧が、一撃で圧し曲がった。
鎧に守られていなかったらと思うと心が冷えに冷える。
死を身近に感じた剣の天才は、ここで更なる力を得た。
[決死の一撃]
防御を捨て、相手の命を奪う為だけの一撃を放つ、戦士系の最高位スキル。
新しい力を手に入れたバルは、ついにオウラ級の実力を得て、平和を願う英雄に、また一歩近づき、そして
青い獣人の脇腹に致命傷を与えた魔法剣を、静かに引く。
バルを殴り付けた拳を引きながら半身に構えようとした青い獣人は、驚きに目を見開き、膝を付いた。
日は高く昇り、気温が上がってはいたが、森の木々に囲まれたこの場所は
涼しくて、緑にあふれていて、そして静寂に包まれた。
次回から展開が変わります。
楽しんでもらえる展開になるように頑張りますので、よろしくお願いします。