♯11 難題
[絶望の声]の威力は、凄まじい物だった。
遮断結界と外界は、内外の厳然たる差を明らかにし、魔法の強烈な威力を表している。
草木は枯れ朽ちて崩れ、水はどす黒く濁り、地面すら、異様に変色している。
先頃までの、大樹と清流に守られていた大自然の一角は、一筋の境界線を境に、天国と地獄に、別たれているのだった。
そんな地獄に、巨大な爬虫類と、青い毛皮の獣人がひと組。
静かに睨みあっていた。
「オノ‥‥レ、何故ダ‥‥、何故死ナヌ‥‥!」
息も絶え絶えに、カメレオンが僕をねめつけ、怨嗟の声を投げつける。
「魔法の効果を遮断しました、これ以上は其方の命が危険です。ここらで終わりにしてもらえないですか?」
『殺さないと成長出来ないわよ』
カメレオンは静かに体を捩り、僕と対峙した。
「愚カナ‥‥。我ラハ傷ツイタ時カラ、命ヲ繋グ事ナド夢モ夢‥‥。貴様ガ我ガ命ヲ奪ワズトモ、スグニ他ノ魔物ガ我ヲ食ライニ集マルワ‥‥」
『ほら、さっさと殺して、成長しないと、他のモンスターと戦えないわよ?』
「回復魔法も多少は使えます。これに免じて、僕を追わないで貰えないでしょうか?」
『ちょっ』
「ナント‥‥」
あからさまに、頭のおかしい奴を見た空気が、頭の中と外で広がりを見せた。
「ククク‥‥、フハハハハハ‥‥、良イダロウ。回復シタ後、貴様ヲ追ワヌト約束シヨウ、青イ獣ヨ」
『良かった、分かって貰えましたよ!』
『誰が回復魔法使うと思ってんのよ?』
■■■
結局、文目さんを宥めすかし、カメレオンに時間経過で体力を回復する魔法をかけてもらい、回復しきる前に、いろいろと話を聞く事にした。
「成ル程、異界カラ来タ者ダッタトハ、我ガ敵ワヌモ、道理ヨ‥‥」
カメレオンはお爺ちゃんみたいになっていた。
ともあれ、ネリさん以外の情報のみで何とか話をうまく持っていき、事情を説明して、人間や、亜人とよばれる、魔物とは別の生活圏を持つ種が暮らす国、街、村の在り処を、知っている限り教えてもらった。
ネリさんが言っていた通り、召喚された場所の周辺数百キロに、人や、それに準ずる生き物の暮らす場所は、存在しなかった。
それでも運が良かった。
このまま川沿いに進めば、程なくして小さな山が現れ、反対側の麓には、地下に続く洞窟の入り口と、そこを管理している小さな集落が存在するという事だった。
小さな種族が、小さな集落を治め、またその集落は人間との交易も行われているという。
『なんか、話が美味すぎて胡散臭いわね』
『そんな事言っちゃダメですて』
なんてやりとりをしつつ、カメレオンの傷が癒える頃には、小さな種族が、獣人にも比較的まともな対応をしてくれる。という事。
そして、その集落には、僕の足で、大体十日も歩けば到着するだろうという事。
これより先には、カメレオン以上に強い魔物は滅多に存在しない。という、喜ばしい事を知る事が出来た。
先頃の戦闘は、終始此方の有利に進める事が出来た様に思えるが、それでも、文目さんの補助が有って尚、一撃で傷を負う事を考えれば、余り強い魔物とは戦いたくない。
話が通じれば、最終的に和解は出来るかも知れないけど、話が通じない相手との戦闘は、多分、凄惨な物になる。
最悪、命を落とすかも知れない以上、やはり基本的には隠密行動で、こっそりひっそり、集落を目指したいのだ。
ビバ、ラブ&ピース。
■■■
こうして、数時間ドつきあったカメレオンと僕は、友情は芽生えずとも、
或る程度の相互理解でもって、お別れの挨拶を交わせるまでになっていた。
「二度ト会ワヌ事ヲ願ッテイルゾ、青イ獣ヨ」
「それは残念です。では、お世話になりました」
『あ』
「え?」
「グッ‥‥」
一難去ってまた一難。
カメレオンの下半身が、地面からいきなり生えてきた顎に、食いちぎられた。
「な、なななな!?」
『[多重上位防御結界][上位精神干渉遮断結界]展開、[上位魔法防御][上位物理防御][上位スキル補正][上位ダメージ転化][各能力上限解放]発動、逃げるわよ!』
文目さんは、怒涛の魔法と結界発動後、大きな声で僕に撤退を指示してきた。
見るからにヤバい巨体が、此方に向き直るのも無視して、僕は全力で走ったのだった。