♯09 準備
目の前の大カメレオン以外には、取り敢えずの脅威が無い事を敵性感知で調べ、いつでも対処できるように、相手を観察する。
傾いた巨木の幹に抱きつく形で、目だけが異様に爛々と輝いている。
トカゲを横からプレスした様に平べったく、凸の文字を丸っこくした感じの胴体に、夜闇に溶け込もうとする細かな鱗の一つ一つが、奇妙に蠢いている。
ドラム缶程にもなる四本の脚は胴体とは不釣り合いな程太く、そこだけ発達した鱗は、鎧とも言える有様だ。
極めつけは、長大な尻尾で、恐らく体長の二倍はある、凶悪なムチと言える。
ステータスどころか、見た目の強度でも敵わない相手ではあるけれど、文目さんの魔法や、僕自身の結界・スキルを使用して戦闘を行えば、勝機は十分に有ると判断出来る。‥‥多分。
出来れば戦いたくはないけれど、こんな魔境を行軍する以上、魔法が通じないとか、そういう相手が出てこないとも限らない。
戦闘行為自体に慣れておかないと、今後どんな障害に悩まされるか知れないのだ。
なので、転移魔法も、今回は最後の手段に取っておく。
『危なくなったら、すぐに転移お願いします!!』
『気が向いたらね』
文目さん‥‥‥。
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カメレオンが身じろぎして、ガッチリ目が有った。
そのままムチの様にしならせつつ、尻尾を高く掲げ、此方を見つめている。
どんな攻撃が来ても対応できるように腰を低く、余分な力を抜いて構えた時に、カメレオンが不意に動き
「青イ獣、我ガ縄張リニ、何ゾ用カ?」
声を発した。
めちゃくちゃ渋くて、良い声だった。
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挨拶をして、僕たちに自分から戦う意思が無い事、転移魔法の暴走で、人里の近くから飛ばされて、道に迷っていた(説明が面倒だったので誤魔化した)事を伝えると、どうやっているのか大きな目を細めて、カメレオンが大きく頷いた。
唐突に全身の毛が逆立つ感覚に襲われるのと同時に、文目さんの大声が響いた。
『重蔵!伏せて!』
慌てて姿勢を低くした瞬間、僕の頭が有った位置を、物凄い速度で何かが通り過ぎる。
カメレオンの尻尾だ。
「ちょっと!」
口を開くも、続け様に襲い来る尻尾の連撃に、まともに言葉が続かない。
「待った!」ブォン!!
「なんで‥」ドゴォッ!!
「このっ!」ブアッ!!
猛攻の最中、カメレオンが厭らしい笑い声で僕の疑問に答える。
「愚カナ獣人ニ、一ツ教エテオイテヤロウカ?ヨク聞クガ良イ」
「今忙しいんで、出来れば尻尾を大人しくさせておいてもらえませんかね!?」
尚も迫り狂う(本当に狂ったように振り回してる)尻尾をなんとか躱わし、[四編結界]の準備をしつつ、文目さんに[各能力上限拡張]をお願いする。
因みに、この上限拡張。今の僕が耐えられる限界近くまで、ステータスを底上げしてくれる魔法らしい。
『説得出来なければ、最悪、魔法と結界でコテンパンに伸す!』
出来ればだけど!
戦闘準備を頭の中で整えていると、カメレオンが尊大に言い放った。
「我ハ偉大ナル森ノ王!縄張リニ踏ミ込ンダ時点デ、下等ナ人種ナゾ、食ライ殺ス事ニ決メテオルノダ!」
『[各能力上限拡張]、[スキル補正上昇補助]、[結界各性能上昇]、[物理防御結界]発動。やっちゃいなさい』
過剰強化を頂戴して、余裕が出た僕の心に浮かんだ一言は言うまでもなく
『文目さん、声が冷たいです』だった。