プロローグ
ここは北海道北見市栄町。
何処にでもあるような普通の住宅街である。そんな住宅街に喧騒の声が響き渡る。
「咲哉! 今日こそてめえをぶっ殺してやる!」
「鮫嶋ぁ……またお前かよ。いったい何回俺に挑んできたら気が済むんだ?」
「うるせぇ!」
喧嘩を売られている男の名は神崎咲哉。
高校3年生で18才。
この作品の主人公である彼だが、人をおちょくるのが趣味と何とも微妙な性格をしている。
ただし、弱い者いじめはしないというポリシーを持っていたりするので、その点は誉められるところだろうか。
ルックスはイケメンというほどでもないが割合整ったほうだといえる。
髪型は紫色の髪にロン毛、服装は黒い短ランにボンタンと一般市民なら必ず避けて通るような格好をしている。
俗にいうヤンキーファッションというやつだ。
しかし、格好いいと思っているのは本人かヤンキー仲間だけだろう。
喧嘩を売っている男の格好も負けてはいない。
男の名は鮫嶋鋼機。咲哉とは違う高校に通っているが同い年の18才である。
鮫嶋工業の後取り息子だったりするが、本編とはまるで関係ないどうでもいい情報である。
髪型は茶髪のパンチパーマ。服装は長ランにドカンと、良くいえば応援団風の格好であり、悪くいえば一昔前の不良ファッション。
鮫嶋は咲哉と会うたび喧嘩を挑んでいるが連敗街道まっしぐらという……非常に悲しい男だ。
「鮫嶋……いい加減諦めたらどうよ?」
「俺の辞書に諦めという文字はない!」
「いやいや、お前の辞書には負けって文字しかないでしょ」
「てめえ!」
胸ぐらにつかみかかる鮫嶋だが、咲哉は余裕の表情でこんなことをいう。
「分かった。たまには話し合いで解決しようか。まあ、その手を離して、落ち着いてさ」
「話し合いだと?」
つかんでいた手を素直に離す鮫嶋だったが、その顔に咲哉の頭突きが勢いよく炸裂する。
さらに、痛みでうずくまっている鮫嶋の顔面を蹴り飛ばすという始末に終えない極悪さ加減。
「素直は美徳だけど、喧嘩の最中に油断するなんて馬鹿じゃねえの?」
「てめえ……卑怯だぞ!」
「喧嘩に卑怯もクソもないでしょ。しかも、お前から喧嘩売ってきたわけだし」
「くっ……」
「これに懲りたら、もう喧嘩売ってくんなよ。もういい加減、お前の相手をするのも飽きたわ」
鮫嶋から踵を返しゆうゆうと自宅に帰る咲哉であった。
◆ ◆ ◆
自宅に帰った咲哉はいつものようにすぐパソコンの電源をつける。
ヤンキーのくせにネットゲームが好きだったりするのだ。
咲哉がネットゲームにハマったのは幼馴染みである真美の影響なのだが、残念ながら彼女は小学校6年生のときに不慮の事故で他界してしまった。
思えばそのときから咲哉の素行が悪くなったのかもしれない。
「ん!? なんだこりゃ?」
ネットゲームにログインしたはずが、見慣れないゲームの画面が映し出された。
その名も転生クエスト。
某有名RPGをパクったような名前である。名前になんでも『クエスト』を付ければいいってもんじゃないんだよ! と強くいいたい。
しかし、咲哉はそんなベタなタイトルのゲームに興味津々のようで、スタートボタンをクリックする。
「まずはキャラクター作成からか」
こんなベタなタイトルのゲームだが非常に凝っているようで、かなり詳細なアバターが作れるようだ。
「名前はサクヤ・カンバヤシと、種族は人間の18才、ロン毛に紫色の髪と……おお! 俺にそっくりじゃね、これ!?」
独り言を呟きながらアバター作成を完了した咲哉は自分と瓜二つになりご満悦であった。
「なになに、この数字をステータスに振り分けるのか。数字はランダムか?」
出た数字は13。
低いのか高いのか分からないので何度かやり直してみる。
「8、18、11、9、28、9、22と……これはウィズ的な感じだな。おそらくとんでもなく高い数字があるはずだ」
ウィズとは知る人が知る、名作ダンジョンRPGのことだ。
あのゲームは60越えの数字を出せば忍者のキャラクターを作れたりする。
いい数字が出るまでひたすら繰り返す。
ゲーム画面をそのままに、食後も、風呂を上がった後も、高い数字を求めてひたすら繰り返す。
時間は深夜2時。泣く子も黙る丑三つ時。
「きたー!」
年甲斐もなく叫んだ咲哉の出した数字は999というバグのような数だった。
「しかし、とんでもない数だな。微妙にバグっぽいのだが……」
といいつつも、ご機嫌な様子でステータスに数字を振り分けていく。
「STR250、INT500、DEX100、AGI149と……魔法戦士的なイメージで、えっと、職業はこの中から選ぶのか。しかし、凄い数の職業だな」
咲哉は知らないが、ステータスの数値により選べる職業が変わるのだ。
999という数字を出して、とんでもないステータスとなった咲哉の職業は選びたい放題というわけだ。
「目新しそうな職業は、イレイザー、ジョーカー、ゴーストスティーラー、シャーマンキング、オーラバトラー、モンスターイーターか」
他にもナルシストやぺてん師、ストリートキングなどの怪しげな職業に、ミキマウスやスペランカーと著作権に触れそうな感じの微妙な職業もあったが、さすがの咲哉もスルーした。
「よし! モンスターイーターにしよう!」
モンスターイーターを選んだのは何となく名前の響きが格好いいからと理由。
咲哉は中2的な響きが大好きなのだ。
「ん!? "転生の儀式をスタートします。よろしいですか?"もちろん、いいに決まってるだろ!」
『はい』の文字をクリックすると、モニターの画面がブラックアウトしてパソコンがフリーズしてしまった。
「おーい!」
モニターの画面をコンコンと叩く咲哉。
続けてキーボードをカチカチと叩く。
「フリーズって、マジかよ……!? ふざけんじゃねえ!」
怒りのあまりキーボードを壁に叩きつけるが、当たり前の如くそれでゲームがはじまるわけでもない。
「くそっ! 999なんて数おかしいと思ったんだよ。やっぱりバグか……時間を無駄にした!」
ふてくされてそのまま布団に潜りこむ咲哉だった。
◆ ◆ ◆
「むしゃくしゃするなぁ。鮫嶋が喧嘩売ってきたらストレス発散でもさせてもらうか」
朝起きて通学中も、未だにイライラが止まらない咲哉は、鮫嶋を使っていかに気持ちよくストレスを発散させるか考えていた。
「ん!? なんだ、あの車は?」
近所の公園を通り過ぎようとしたそのとき、車が蛇行しながら走ってきたのだ。
「危ねえな。居眠り運転か? ここでドラマなら公園からボールが転がってきて子供が飛び出してくるんだけどな」
運転手の安否より、ドラマみたいなシチュエーションを考えている咲哉は本当にダメダメな男だ。
しかし、ここで予想通りのことが起きてしまう。
「マジかよ!」
公園からボールが転がってきて、子供が飛び出してきたのだ。
「ここで子供を助けたらヒーローってか!」
勢いよく走り出す咲哉。車と接触スレスレのところでスライディングジャンプをし、その手で子供を突き飛ばした。
「ゴン!」
体に激しい衝撃を感じて、ゆっくり目を開けた咲哉は子供の無事を確認した。
「子供は無事だったみたい、だな……。しかし、俺は……」
死んでヒーローになるなんて勘弁してくれと思いながら意識が遠退いていくのを感じる咲哉だった。
「転生の儀式条件が整いました。転生をスタートします」
意識を失う間際、変な声が聞こえてくる。
「――転生クエストか? フリーズしたゲームに未練タラタラかよ。俺、成仏できないかも……」
そんなどうしょうもないことを思いながら、完全に意識を失う咲哉だった。
◆ ◆ ◆
「あれ!? 生きてるのか? うーん……病院には見えないが」
朦朧とした意識を頭を振ってシャキッとさせる。
咲哉は見慣れない石造りの神殿みたいな建物内にいたのだ。
起き上がり辺りの様子を確認してみると、バスケットボールのようなピンク色の物体が跳ねながら近づいてくる。
よく見るとピンク色のバスケットボールには目と口があり、見方を変えれば癒し系といわれるペットと思えるかもしれない。
しかし、どう考えても地球上には存在しない生き物だ。
「あっ、やっぱり俺は死んだんだな。あんな奇妙な生き物、地球にはいないし」
「奇妙な生き物とは失礼なやつだな。オレっちにはポムポムって立派な名前があるんだ」
「ポムポムって、ポムポム跳ねるからポムポムなんだろ? そのまんまじゃねえか」
「うきー! 失礼を通り越して、お前は外道だな!」
謎生物がしゃべったことなどお構い無しに、いつもようにおちょくる咲哉。
この適応力はある意味凄いのかもしれない。
「これ! ポムポムやめるんじゃ!」
白い衣をまとった老人が杖をつきながらが近づいてくる。
「そんなことをいったって神様! こいつホント失礼なやつだよ!」
「だから、やめろといっておるに!」
神様といわれた老人は杖でポムポムを軽くこづいた。
まだまだいい足りなさそうなポムポムだったが、口を真一文字に結びグッとこらえている。
「ポムポムが失礼したな。ところでお主、妙に冷静だが状況は理解しておるのか」
「えっと、俺は死んで、天国にいる……そんなところか?」
「うむ。半分正解ってところじゃ」
「半分?」
「お主は死んで転生したんじゃよ」
「あっ! 転生クエストか!」
神の話によると、転生クエストとは、神の術式を組み込んだ転生儀式の媒体であり、優秀な魂を選ぶ振るいにもなっているとのことだった。
間もなく死を向かえる優秀な魂は転生クエストに廻り合うというわけだ。
しかし、ここで疑問も生まれる。
ヤンキーであった神崎咲哉の魂が本当に優秀であったかということだ。
咲哉自身もすこぶる疑問に思うことだった。
「自分でいうのもなんだが、俺の魂が優秀だとは思えないのだが……」
そんな疑問に神は間髪入れずに答える。
「お主の魂は過去に類を見ないほど巨大なんじゃよ。転生クエストで999の数字を出したじゃろ? 普通は何度繰り返してもそんな数は出んわい」
「なるほど……。あれはバグじゃなかったのか」
どんなに優秀な魂でも500の数字が出ればいいほうで、それも極々稀なケース。
999というのがいかに異常な数だったかが分かるというものだろう。
ちなみに転生される条件は200以上とのことだった。
魂の大きさは志の高さに比例し、魂が大きければ大きいほど、大きなことを成し遂げる器があるということになる。
しかし、魂の有能さは大きさばかりではなく、形や純度も含まれる。
形は球体に近ければ近いほどよく、素直であればあるほど球体の魂になる。
純度が100パーセントだと虫も殺せない純粋さであり、逆に10パーセン以下だと罪悪感もなく平気で人殺しができるレベルだ。
純度が70パーセント以下だと転生の条件からは弾かれる。
咲哉の魂は凸凹した球体であり、純度は71パーセントとぎりぎり転生の条件を満たした感じだ。
誉められるのは魂の大きさだけともいえる。
「俺が巨大で優秀な魂を持っているのは何となく理解した。けど、何のために転生したんだ? 何か理由があるんだろ?」
「うむ。その通りじゃ。お主には、とある世界を平和にしてもらいたいんじゃ」
「いやいや、待て待て。俺はどう考えても世界平和ってガラじゃないだろ」
いきなり世界を平和にして欲しいといわれて、面を食らってしまう咲哉。
ヤンキーであり喧嘩三昧な日々を過ごしていた咲哉には突拍子もない話である。
「しかし、この話を引き受けてもらわないと、お主はまた死ぬことになるぞ」
「ん!? 俺はもう死んでいるんだろ?」
「死んで転生したから今は死んでおらんぞ」
「ちょっと待て。じゃあ、死ぬとどうなるんだ?」
神の話によると、死んだ魂は霊界に送られ、300年間修業をして再び生まれ変わるとのことだった。
そのときは今の記憶はキレイさっぱりなくなってしまうらしい。
人は魂を進歩向上させるために生まれ変わり死に変わりを繰り返しているとのことだ。
「うーん、霊界で修業か。あまりいい響きじゃないな……」
咲哉にとっては今の記憶をなくしてしまうというのもいただけない話である。
「分かった。世界平和を引き受けようじゃないか」
割とあっさり引き受けた咲哉であったが、再び死んで300年も霊界で修業をし、記憶をなくして生まれ変わるよりは、自分のガラに合わないとしても、世界平和に協力するほうがマシだと考えたのだ。
「引き受けてくれるか。では詳しい話も必要じゃろうて、場所を移動しようかの」
神が杖を頭上にかかげると、一瞬で景色が草原へと入れ替わる。
「ここはアスナルドという世界じゃ。この世界をお主の力で平和にしてもらいたい」
「はあ? けど、いきなり世界を平和にしろっていってもよ。俺は何をしたらいいんだ!?」
「もちろん、それ相応の力は授けるよ。この世界でいうところのスキルじゃな」
「スキル?」
「そう、スキルじゃ。お主には世界構築スキルを授けよう!」
世界構築スキルという何とも仰々しい名前のスキル。
このスキルはいったいどんな効果のあるスキルなのだろうか。
そして、咲哉はこのスキルを使いどうやって世界を平和にしていくのだろうか。
――物語はまだ始まったばかりである。