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アキバ周辺のとあるフィールド。
低レベルで見た目がグロテスクではない、モンスターが出現という条件を満たした、絶好のフィールドである。
出現する〈走り茸〉はどちらかというと、ユニークな見た目に分類されるモンスターだ。
その短い脚で走る〈走り茸〉に向かう、3人の〈冒険者〉の姿が見える。
厳つい鎧を身にまとい、巨大な盾と剣を構えた大柄な〈冒険者〉が先頭に立って〈走り茸〉を迎える。
その右後ろに控えた双剣の青年が、両手に握った剣の柄を握りなおすと、その隣で〈ゴーレム〉に担がれた少女が、美しい〈水の精霊〉を召還した。
〈走り茸〉が3人の元に辿りつく前に、彼らの戦闘準備は整えられ、動き出す---。
「〈アンカーハウル〉!」
「〈ピンポイント〉」
「ウンちゃん、〈エレメンタルレイ〉!」
〈アンカーハウル〉でヘイトを集めたAGEに群がる〈走り茸〉を、両手に装備した2本の剣でタカムが切り倒していく。
タカムが取り逃がした〈走り茸〉にセルクルが召喚した〈水の妖精〉(ウンディーネ)がとどめと言わんばかりに青い閃光を降らす。
あっという間に〈走り茸〉たちはキラキラとした泡へとその身を変え、後にはわずかな金貨とアイテムが残っていた。
それらを回収しつつ、AGEは今の戦闘での自分の動きを思い返す。
(本当にモーションと詠唱だけで技が発動する…。メニュー画面がいらないから、視覚をモンスターに集中させられるのもいい)
黙々と金貨を拾いあげながら、彼は納得できない現実を理解しようと考えを巡らせる。
結局その考えがまとまる前に、すべての金貨を拾いきってしまった。
最後に装備の盾を拾い上げ、その浮かない顔を上げるとあるものが目に留まった。
体を動きに対応しようと、練習しているタカムの姿がAGEの。
その滑らかな動きは、もう何年も見ていないものだった。
骨肉腫。その病に侵されて4年間、琢磨は動くたびに強い痛みに襲われた。
そのうち彼の出かける頻度は減り、筋肉が落ち、ほっそりとした体形に変化していった。
タカムの体を得て、病魔の痛みから解放された琢磨は、今まで動けなかった分を取り返すかのように素早く動きまわる。
(あいつ、大丈夫だろうな…?)
そんな弟の姿に喜びながらも、AGEは一抹の不安を感じていた。
このままタカムがこの世界にのめりこんで、取り込まれてしまうのではないか、と。
この〈エルダー・テイル〉に来てからというもの、AGEには弟が何かに悩んでいるよう見えた。
答えの出ないその悩みから解放されるために、焦っているのではないだろうか。
それによって悪い決断をしてしまうのではないか。
そんな不安がAGEの脳裏をかすめるのだった、
AGEが見るタカムの瞳は、まっすぐと前を見つめていた。
その視線の先に何があるのかは、AGEには知る由もないことであった。
自分が兄さんと呼ぶ〈ゴーレム〉に担がれ、隣に〈水の妖精〉を侍らして移動するセルクルは、この戦闘のスタイルを気に入っていた。
〈ゴーレム〉に守られているおかげで、決して多くないHPを温存でき、かつモンスターから距離が置ける。
隣に〈水の妖精〉がいることによって、安心感を得ることができ、パニックに陥ることもなくなった。
(これなら、コンコンさんたちを迎えに行ってあげられるかもしれない…)
セルクルはそう思いつつも、実際に自分がアキバを離れて〈緑小鬼〉と戦う姿を想像し、ぞっとした。
未だに実物を見たことはないが、画面上でも薄気味悪かった彼らが目の前にいるのは考えるだけでも耐えられそうにない。
セルクルの暗い顔を見てか、〈水の妖精〉がすり寄ってくる。
次の瞬間、視界が大きく揺れたかと思うと、目の前に大きな手で握られた小さな花が映し出された。
セルクルを担ぐ〈ゴーレム〉が、その辺に咲いていた花を渡そうとしてくれたのだった。
「ウンちゃん。兄さん。ありがとう!…でもそれ、毒があるお花だから、ぽいしようね」
〈ゴーレム〉が慌てて持っていた花を捨て、〈水の妖精〉がクルクルをその周りを回る。
セルクルはそんな2体を見て、嬉しそうにほほ笑む。
(あぁ。私、〈召喚術師〉で本当によかった!)