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結局、ヨコハマで一泊し、今日も帰れそうにないコンコンは、ミナミに向けて飛びったってしまったアニアのことを思う。
「うちのやったことは、何でこんなにも裏目にでるんやろうなぁ?優・・・」
彼女のせいで、アニアはひとり孤独な戦いをするはめになってしまった。
そのことに責任を感じながら、アキバから持ってきた味のするお茶を煽る。
「そんなん知らんやん。てかそれ、ほんとにアルコールちゃうんやんな?」
「ちがいますー。お茶ですー」
「いや、素面には見えへんけんな」
酔っ払いかのように、床にだらしなく横になったコンコはプリプリと怒っている。
その話し方は、しっかりしているようで、どこか危うかった。
第一、丹波のことを本名で呼んでいることも珍しい。
「失礼やねぇ。ちょっと悲観的になってるだけで、素面ですー」
「皐月は、泣き上戸やんけ」
「こんなときまで酔いまへん」
ため息とともに立ち上がったコンコンは、丹波の隣に座り込み、全体重を預けてくる。
べったりを貼りつかれては、うっとおしくて仕方がない。
しかし、一度こうなった彼女がどうにもならないことは、丹波はよく知っていた。
「そんなん、自分ひとりで抱え込むからやって赤司にも言われたろう?」
「あんなガキンチョに言われて、腹立つわぁ!」
「いや、あながち間違いやないと思うで?」
「丹波はんまで、そんなこと言わはるん?ショックやわぁ」
コンコンは不幸そうな声をあげた。
さっきから、丹波に対する呼びかけが安定しない。
アルコールがなくても酔えることはあるのか、調べる手段がないのが困ったものだ。
丹波の膝の上でだらだらとしている、彼女の相手をするのに疲れてきたころ、念話の呼び鈴が鳴る。
助かったと喜んで出た丹波だったが、赤司の開口一番の発言に撃沈することとなる。
『お取込み中悪いな。今きちんと話せる状況か?』
「それってどういう意味や?」
『お2人さんでお楽しみ中ではありませんかって意味やー』
赤司は軽く返答してくる。
丹波としては、はた迷惑な勘違いであった。
「お前未成年かほんまに?年齢詐欺ってるやろ?今時の若い子の話し方ちゃうで、それ?」
『だれが年齢詐欺やねん!』
いらぬ言い争いをしつつ、赤司はすぐに本題を話たがった。
そして本題は、案の定アニアに関してだった。
さっきと変わらぬ軽い口調で話す赤司だが、そこにはしっかりと不安が垣間見れた。
『ミナミにおる知り合いに様子を聞いたんやが、あんま良くないみたいや』
「それ、コンコンには言いなや」
『やからお前にかけてるんやろうが』
「俺も聞きたくなかったわ」
何言うてんねんとどやされながら、丹波は自分の膝の上にいるコンコンの様子を盗み見る。
ぶつぶつと何事かを言っている彼女は、ジロリと彼を見返してきた。
『まぁ、アニアにはもともとからファンがおるからな、何とかなるとは思う。
どう立ち回ったらええかも、一応念話しといた。あとはあいつの手腕次第やな』
「ほんで?あっちの様子はどうなんや?」
何でもないと、彼女に身振りで伝えながら、赤司の話を促す。
聞き耳をたてるコンコンには、あとでどう説明するかが悩みどころだ。
『いやー、すごいで。元〈茶会〉のお嬢さんが、女の武器使いまくって無双してるらしい。
〈大神殿〉購入の計画が実行中や。もうミナミは落ちたな』
「ひえぇ。恐ろしい。おちおち死ねへんなぁ」
『今が、ミナミ脱出のラストチャンスとも言われてるわ』
ミナミの惨状を聞きながら、コンコンの〈忌み鏡〉に映った2人の女性を思い出す。
どちらも魅力的な女性だったことは確かだった。
あの2人に魅了され、下に着いた者が何人いるか?丹波はそれを考えないようにした。
そんな場所に、仲間の1人を送り出したことに軽い後悔を感じる。
「それは、どういう結果を予想しとる?」
『アニアたち2人の強行脱出があるかもしらんってことやな。
今は、戦闘系ギルドによる脱出補助が、あっちでビジネスになっとるくらいやからな』
「はぁ。また、ぶんどりそうなビジネスやなぁ」
『ギルドによっては荒稼ぎしとるみたいやで』
何がビジネスになるかを、良く分かっている〈冒険者〉たちは賢く立ち回っているようだった。
そのしたたかさに、丹波は少しあきれた。
たしかに、今の状況ではいくらあっても安心はできないだろう。しかし今がその時とも思わない。
「まぁ、最悪その手段も考えなあかんな・・・」
『そうやな・・・。アニアにも、そのあたりの決断は早いほうがいいとは伝えとる。
連絡も密にとる予定や。あとは、神頼みやなぁ』
「ま、アニアは〈施療神官〉やん?きっと神様がついとるわ」
明るく言ったつもりだったが、赤司のお気に召さなかったらしい。
数秒の沈黙が流れる。
『・・・あほか』
「えー」
念話の向こうから、赤司の大きなため息が聞こえた。
それが何にたいするものかは定かではないが、彼の眉間に刻まれた皺の深さを物語っている気がした。
『はようアキバに帰りたいわ』
「俺も。じゃぁ、また明日」
念話を切ったあと、自分の膝の上で眠るコンコンに気付いた丹波はまたため息をつく。
その泣きはらした目を撫でてから、寝支度を始める。
ミナミの現状を聞き、明日戻るアキバの街を思って丹波は複雑な気持ちになった。




