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「うんうん。やっぱり私の見立て通り!かわいいー!」
「え、えっと・・・これは…?」
セルクルは上機嫌な様子で胡桃を眺める。
戸惑った表情で、立ち尽くす胡桃が身に着けていたのは、いつもとは違う装備だった。
淡い桃色の素朴なワンピースの上から、苔色の襟付きマントを羽織っている。
胡桃の襟を直しつつ、セルクルはふふふんと笑う。
「これはね、〈賢者エルフの皮衣〉っていう〈制作級〉のアイテム。
〈森呪遣い〉しか装備できないから、持て余してたんだよね。あげる」
急に部屋に呼ばれたかと思えば、「はい、これ着てー」と服を渡された。
この世界は面白くて、最初は大きく感じていたその装備も、着てしまえばぴったりとフィットする。
だからと言って、そう簡単にもらっていいものかと驚いてしまう。
「そ、そんな!こんないい物もらえへんよ!」
「えーでもそれね、私着れないんだもん。持ってても仕方ないし。
だから、私も誰かにあげちゃえって思ってたの。貰ってくれないかな?」
戸惑う胡桃に向かってウィンクするセルクルは、意志を変えるつもりはないようだ。
初心者の頃と同じ装備のままでいることにも、ちょうど不安を感じていた。
これを機会に、装備の一新をしてもいいかもしれない。
彼女はセルクルにぺこりと頭を下げた。
「ありがとう」
「いえいえ。あとは、その他の装備だよね・・・。
今の杖とかじゃ、その皮衣の良さを全く活かせないもん」
引き取り手ができたのを喜びつつ、セルクルは胡桃の装備を見て回る。
ステータスを覗いては、難しい顔をした。
「うち、一応いくつか持ってるよ。今までは相性とか分からんし、銀行に預けっぱやったけど・・・」
「なんだ、あるんじゃん!よし、一緒に装備考えよう!」
「い、今からぁ?」
「いいじゃん。どうせ出かける予定だったんだし!」
胡桃は〈ダザネックの魔法鞄〉を持っていないので、〈ギルド会館〉の中にある銀行までアイテムを取りに行く必要があった。
セルクルと連れ立って出かけると、なんだかくすぐったい気持ちになる。
同世代の、同性と出かけるのは2か月ぶりくらいだろう。
「なんか、久しぶりやな。女の子と出かけるん」
「えー、胡桃も思った?私もおんなじこと考えてた。
装備の変更ってなんか買い物に行くみたい。うちのギルドホール使って着替しちゃお」
「楽しそう!」
決して派手なほうではなかった胡桃も、友達との買い物は好きだった。
同じように、楽し気なセルクルと歩くのは楽しい。
「ねぇ!ていうか、今までその装備でだいじょうだったの?」
「こうなる前はほとんどギルドに籠っとったし、アキバまではうち守ってもらってばっかやったから」
〈ギルド会館〉の銀行カウンターで、受付の女性から使えそうな装備を受け取る。
はしゃぎつつ、〈アキバ動物園〉のギルドホールに向かうと、辺りが騒がしくなった。
何人もの顔色の悪い〈冒険者〉たちが、支えられ、担がれてエントランスに集まってくる。
その異様な光景に、思わず2人も足を止めた。
「なんやろう?あれ?」
「分かんない。・・・とりあえず、ギルドホール行こうか?何かあったら怖いし」
「う、うん・・・」
胡桃は黒髪の小柄な少女が出てくるのを目の端でとらえつつ、セルクルの後を追った。
これが、アキバの今後を大きく変える出来事だと知る由はもなかった。
ギルドホールに着くと、そこはガランとした部屋がいくつもあるだけだで人の気配はしない。
ふと、セルクルの表情にさみしさが浮かぶ。
「みんな、ここにはいないんだよね・・・」
「セルクルさん・・・?」
「ふぅ・・・。じゃぁ、鏡のある部屋に行こうか?性能も大事だけど、見た目も大事だよ!」
「ぅえ?あ、う、うん。そうやね」
胡桃は黙って彼女の後について、いくつもの部屋を通り抜ける。
その壁にはたくさんの、写真が飾られていた。
ギルドホールにはゲーム内で撮影した画像を、掲載する機能がある。
写真には、多くの〈冒険者〉の姿が、召喚生物と一緒に写っていた。
「ここでいいかな?じゃ、早速お着替えタイムいってみよう!」
「あ、うん!えっと、まずはこの杖やな・・・。相性は良さそうやけど」
「うーん。華やかさがない」
「えっと、それやったら、これは・・・」
「性能が微妙だね・・・」
こんな調子で、胡桃が持っている杖やその他装備を、1つ1つ合わせてみる。
セルクルも唸りつつ、いろいろと合わせては外すを繰り返している。
「こんなものかな・・・?MPの補充ができるアイテム、入れれてよかったね」
彼女の思っていたのより地味になってしまったが、やっとセルクルの口からその言葉が出た。
「うん。ありがとう」
「ふふん。その〈森の泉石のかんざし〉と、〈青空の杖〉の色が、緑に映えて素敵だよ。」
「そう・・・かな?えへへ・・・」
宝石のような泉石が散りばめられかんざしは、胡桃の亜麻色の髪の間からキラキラと輝く。
手に持った青い半透明な杖は、空の色を映したように晴れやかな色だった。
苔色の落ち着いたマントには、良いアクセントになっている。
「髪の毛もハーフアップで、いつもとのギャップにドキドキしちゃう?」
「え?・・・ええ?」
セルクルの言葉に、胡桃は赤く染まった頬を両手で包み、目を右往左往させる。
彼女の予想外の反応に、セルクルも頬が緩んだ。
「じゃ、宿に戻ってお披露目といきますか!」
2人はすっかりいつも通りの雰囲気に戻った、ギルド会館を後にした。




