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78.
「クロノさん。おはようございます。」
「うえっ?雷牙くんか・・・。びっくりした」
昼前に部屋をやっと出てきたクロノの背中に、少年の声がかかる。
その顔を振り返りつつ、クロノは安堵の表情を浮かべた。
別にやましいことがあるわけではないが、何となく彼の顔を見るのが恐ろしかった。
「今日こそパーティー戦闘の基礎教えてやぁ!」
そんなクロノをよそに、雷牙は彼の周りを飛び回る。
はしゃぐ姿は、昨日の念話で聞いたおびえた声が嘘のように明るかった。
「はいはい。それより、食事を先にさせてもらえないかな?」
「もちろんです」
なぜか自分を慕ってくれている雷牙に、クロノは笑いかける。
昨日は新人PKのゴタゴタに巻き込まれたせいで、結局約束を守ることができなかった。
今日はその埋め合わせをしなければいけないだろう。
そんなことを考えていると、いつも彼の後ろにいる少女の姿が見当たらなことに気が付く。
「あれ?今日は胡桃ちゃんと、一緒じゃないんだね?」
「・・・胡桃はセルクルさんと出かけたよ」
急に淡泊になった対応に、クロノはあれと、首を傾げた。
触れてはいけない話題だったのかもしれない。
少し気が利かなかった自分に苦笑しつつ、やんわりとフォローを入れておくことにした。
「あ、そうなんだ。いいね、女の子同士で話せるのも大事だよ」
「そう・・・ですね・・・。まぁ、おれはクロノさんに戦闘について教えてもらうんで、ええんですけどね!」
「え?・・・うん。そうだね!がんばろう!」
意外な返答に驚いたものの、何故か緩む口元をごまかしつつ、クロノは雷牙に励ましの言葉をかける。
実際に年下の兄弟がいたことのないクロノだが、彼には弟のような愛着を持っていた。
コロコロよく変わる表情や、物の言い方も年相応と言えばいいのか、まだまだ少年らしい。
すっかり大人になってしまったクロノとしては、少し眩しい存在でもあった。
「あー、味のある食べ物もできたんだし、そろそろラーメンとか食べたいなぁ・・・」
「あ、おれ豚骨がいいです!」
ふと漏らした本音に、雷牙は思いのほか食いついた。
「お、若いねー。俺はやっぱり味噌かな」
「うわー!思い出したら、食べたくなってきた!」
味を想像してしまったのだろう、雷牙がのどを鳴らして唾を飲み込む。
クロノも、もうあのふやけた段ボールを食べる気分ではなくなってしまった。
2人の視線は自然と宿の外に向く。
「〈クレセントバーガー〉食べに行こうか・・・?」
「よっしゃー!そうしましょうや!肉食べたいんです!」
クロノの提案に、ガッツポーズまで決めた雷牙は既に注文で頭がいっぱいの様子だった。
喜ぶ彼に、クロノはもう1つ提案する。
この提案も、彼はきっと喜ぶだろう。
「それじゃぁ、着くまでの間に少しずづレクチャーを始めようかな」
「お願いしまーす!」
宿を一歩外に出ると、太陽の光が降り注ぐ。
明るい通りを歩くと、いつもの人だかりにぶつかった。
4店舗目ができ、より活気を得た〈軽食販売クレセントムーン〉の列に2人は加わる。
その列はまだ先が流そうだが、2人はその場で立ち話を始めた。
「雷牙くんは、〈武闘家〉としてどういう道を行きたいわけ?」
「えー?いきなり難しい質問やな・・・。」
クロノにとって、ゲームのことを教えるのは、決して初めての経験ではなかった。
まだ女性を連れ歩いていたころは、彼女たちに手取り足取り・・・、丁寧に教えていたものだ。
まして、雷牙は多少なりともゲームを進めてきた経験がある。
「いや、でもこれけっこう重要だよ?
例えば、僕はソードサムライっていうビルドなんだけど、コンコンさんはどちらかと言えばヴェンジャンズなんだ」
雷牙の頭上には、はてなマークが漂っている。
急に出てきたカタカナの単語にびっくりしたのもあるだろう。
クロノはその様子をみて、ふむっと考え込む。
(うーん。これは教え甲斐がありそうだ。
丹波さんとは本当にレベルあげるための、演習しかしてなかったんだろうな・・・)
「うん。じゃぁ、まずビルドについてから始めようか?」
「聞いたことはあるなぁ」
基本のきからの話になるが、知っておく必要のあることだ。
「うん。職業の中でも、戦い方で細かく分類されてる。それをビルドっていうんだ」
「ふんふん」
「武闘家はカンフーモンクと、キッカーに分かれてる」
雷牙の中でもようやく話がつながってきたのだろう、話を聞く表情がさっきと違ってきた。
クロノは、そのまま雷牙にそれぞれのビルドの簡単な説明を始める。
「移動スキルで攻撃範囲内に入って、コンボ狙をうのがカンフーモンク。
〈ワイバーンキック〉で移動と攻撃を同時にするのが、キッカーって感じかな」
ざっくりとした説明をすると、雷牙はうーんと悩んでから、少し自信なさげに疑問を投げてくる。
なかなか筋のいい生徒のようだ。
「それって、キッカーのほうが強いんやないんですか・・・?」
「そう思うよね?でも、キッカーは柔軟性に乏しいんだ。
だから、パーティー向きじゃないと思う。パーティーの仲間が合わせてくれたら話は別だけど、それは仲間に負担だしね」
パーティーという言葉に反応した雷牙は、より真剣にクロノの話に耳を傾ける。
ビルドを決めるには、自分のメイン職の役割を知っている必要もある。
これは長い講義になりそうだなと、クロノは一人苦笑するのだった。




