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76.
コンコン、丹波、赤司の不在のアキバ。
AGEとクロノ、タカムの3人は、宿の屋根に腰を下ろす。
年少の〈冒険者〉たちに聞かれずに話をするのには、恰好の場所だった。
「別に聞かれて困る内容じゃないけどね」
「でも、あんなに動揺してたし、聞かせたくないんでしょ?」
「違いないね」
PKから受けた痛みの感覚が消えないと言うクロノに答えながら、タカムはその様子を伺った。
女性を侍らしていた頃からのあまりの変貌に、苦笑が漏れるのだった。
その聞かれたくない話題とは、今日出会ったあの初心者パーティー関連の話だった。
「で、なんであんな面倒くさいのに、首突っ込んじゃったわけ?」
「んー?なんか魔が察したって感じかな?」
頭をかきながら答えたクロノに、タカムは呆れたような顔をする。
クロノの表情は、緊張感に欠けるものだった。
「せめて誰かに連絡してからにしなよ・・・」
「だってさ、あのパーティー全体のHPがもう限界って感じで、咄嗟に飛び込んじゃったからさ」
「でも、雷牙君に念話する余裕はあったんだろう?」
横合いから、AGEが会話に加わってくる。
確かにクロノは、雷牙には連絡していた。
応援を呼ぶという観点からは、あまり適した相手とは言えないだろう。
にも関わらず、クロノはケロリとした表情で返答してくる。
「元々、彼に念話しようとしてたんだ。パーティーについて学ぶなら、実際に組んでみたらいいかなって」
「あー、そういうこと。でも、それ危ないから」
タカムの冷静なコメントを食らいつつ、クロノもきまり悪そうな表情をした。
今日のことで、彼も2人を連れ出すことに危機感を持ち出したようだった。
レベルは上がったとはいえ、まだ高レベルプレイヤーには敵わないだろう。
彼らはPKの恰好の獲物になり得るのだ。
「それは、思った・・・。まぁ、咄嗟に、応援要請まで頼んじゃったよね」
「そのおかげで、2人とも超心配してたけどな。泣きそうな声だったし、ビックリした」
「それは申し訳ないと思ってる・・・」
肩をすくめたクロノは、リンゴに一口かじりついた。
この世界で、味のする数少ない素材アイテムだ。
ケガしてるからといって、胡桃が持ってきてくれたのだ。
そしてタカムが、その場にいた全員の気にかかっていたことをやっと口にする。
「・・・彼らは結局何をしてたんだろう?」
「うーん。レベル上げのためだったら、こんな危ないときにするのは無謀だよね」
首をひねる兄弟に、クロノも頷く。
実際に対峙した彼にも、思い当たる節がいくつかあった。
同じことをAGEが感じ取っているということは、きっと気のせいではないのだろう。
「俺もそれは感じた。PKの方も、ただの行きずりって感じじゃなかったと思う。
しつこかったし、戦い方は荒削りだっけど、盾、前衛攻撃・後衛支援・回復ってバランスが良すぎた。
なんていうか、PKの対象を明らかに警戒しているような感じだった。」
指折りをしながら、クロノはPKパーティーの構成を上げる。
初心者狙いのPKなら、もっと相手を痛めつけるようなメンツでパーティーを組みそうなものだ。
「クロノが〈豪王:虹孔雀〉使うくらいだもんな」
「だって、きりがないからさ」
「それにあの初心者パーティー、すっごい俺たちを警戒してた。助けたのに」
腑に落ちないタカムが、唇を尖らせる。
クロノの言ったPK側の異変、初心者パーティーの異変、どちらも引っかかる。
〈クレセントバーガー〉の出現後、PKはかなり減ったと聞いている。
ただの偶然かもしれないが、どこか腑に落ちないところがあるように感じた。
「わっかんないわ。こういうのは、赤司あたりに任せるのが1番なんだよ」
「典型的な脳筋発言だな」
「我が兄ながら、ステレオタイプ過ぎてビビる」
「おいっ!」
「冗談だって・・・。大きい声出すなよ」
3人で笑いながら、夜のアキバを眺める。
真っ暗なため、細かな様子を見て取ることはできないが、とても静かだった。
「そういえば・・・、あのツークフォーゲルって人のギルドタグ、聞いたことないギルドだったなぁ・・・」
タカムがツークフォーゲルの顔を思い浮かべつつ、ふと思い出す。
「まぁ、アキバにはいっぱいギルドあるしな?」
「でも他のパーティーメンバーとは、違うギルド名だった」
「他ギルドの初心者レベルアップに、付いていくか普通?」
「この現状ではありえない。絶対ない」
3人はより一層怪訝な表情をうがべる。
他ギルドの人員強化のために、わざわざ現実化した戦闘に付き合うなんて正気の沙汰ではない。
自分のことでいっぱいいっぱいな人間が多い中、彼はなんの目的であのパーティーを引率していたのか。
互いの顔を見合わせながら、彼らは首をかしげることしかできなかった。
「で?その人のギルドタグってなんだったんだ?」
「たしか、〈バーンホーフ〉だったと思う」
彼らは知らなかった。
ドイツ語で「渡り鳥」の名前を持った〈冒険者〉が、何をしているのか。
そしてもっと上の方で、アキバ全体を巻き込んだ何かが起きようとしていることを。




