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「なんだ・・・今の声?!」
アキバを取り囲む森に、断末魔の叫び声が響き渡る。
ユニコーンに跨ったパルは、咄嗟に警戒の声をあげる。
「分からない。でもクロノの可能性がある。行ってみよう。」
「雪くんたち!お願い!急いでね!」
「ユニ!僕らも急ぐぞ!」
〈雪狼〉に跨る3人とユニコーンに跨る1人の〈冒険者〉が、森を超えていく。
声の聞こえたほうにかけると、木々の向こうから大きな生き物の頭が覗く。
その姿を見て、パルは再び驚きの声を上げた。
「なんだ・・・!あんな〈召喚生物〉見たことない!」
「あれは・・・〈豪王:虹孔雀〉!クロノはあそこにいる!」
やっと木々を超えると、より詳しい状況が分かってくる。
まず、あの見たことのない生き物。煌めく虹色の瞳をした巨大な孔雀。
そして、それを引き連れているクロノと、その前に跪く〈冒険者〉の姿。
「うっ・・・」
その〈冒険者〉の姿に、セルクルは思わず嗚咽を漏らす。
彼の体は、数十本の刀に串刺しにされ、割れた頭蓋骨からは桃色の脳みそが覗いていた。
そして、その手に握られている刀は、クロノに向けて振り下ろされようとしている。
カツンッと乾いたおとがする。
動けないクロノに当たりかけた刀を、AGEの盾がはじいたのだ。
それを待っていたかのように、刀を振るっていた〈冒険者〉の体に、容赦なく〈孔雀刀〉が突き刺さる。
思わずセルクルは顔を背け、タカムは妹を自分のそばに引き寄せた。
「・・・」
〈冒険者〉が泡と光となって消えたころ、クロノもその場に崩れ落ちる。
ステータスを見ると、HPは残り数百まで削られていた。
最後の攻撃が当たっていたら、彼はきっと〈大神殿〉に送られていただろう。
「と、とりあえず、回復!パルさん、セルクル、お願い!」
「任せとけ!ユニコーンくん出番だ!〈ファンタズマルヒール〉!」
「カーバンちゃん、〈ファンタズマヒール〉お願いっ!」
パルの〈ユニコーン〉とセルクルの〈カーバンクル〉が、クロノの回りをかける。
彼の体が温かい光を放ち、HPのバーが静かに上昇する。
「・・・まったく、俺が間に合わなかったらどうするつもりだったわけ?
〈豪王:虹孔雀〉で動きが制限されるのくらい、自分の武器なんだから知ってるだろ・・・」
AGEは地面に転がるクロノを見下ろした。彼の言葉が届いているかは、定かではなかった。
その間に、タカムは隅のほうで怯えている〈冒険者〉たちに近づく。
彼らが、話に聞いた初心者パーティーだろう。
小柄な少女から、背の高いの青年まで、容姿はまちまちだが一様にレベル50以下で構成されている。
よほどまじまじと見ていたのか、〈守護戦士〉の青年が前に出て仲間をその後ろに庇うような仕草を見せた。
タカムは軽く頭を下げる。56レベル、彼が1番高レベルのようだ。
「友達が迷惑かけたみたいで、すみません」
「こちらこそ、彼には助けていただいた」
青年は見た目より年上のようで、しっかりとした低い声で答える。
口では感謝を述べていえるが、その目は警戒を解いていなかった。
彼の視線はタカムの〈ステータス画面〉にあるようで、視線が合わない。
ハスキーのように目の覚めるアイスブルーの瞳が、タカムを品定めしていた。
「・・・知ってると思うけど、俺、タカムって言います」
タカムも彼の〈ステータス画面〉に目を通す。
「存じてます。ツークフォーゲルと申します」
「どうも。んで、あのでかいのが兄のAGEで、妹のセルクルと、おじさんが知り合いのパルさん」
「おじさん言うな!」
タカムが軽くそこにいる人物を紹介していく。
そのたびに彼は、1人1人を警戒したように見つめる。
セルクルが〈カーバンクル〉を送ってきた時には、武器を構えて追い返してしまった。
「驚かしてごめんなさい。みなさんの回復をしようとしたんだけど・・・」
武器に怯えて帰ってきた〈召喚生物〉を抱きながら、セルクルは謝罪する。
それに対して憤慨したのは、同じ〈召喚術師〉のパルだった。
「おい!〈召喚生物〉の回復を拒否るとか!それはだめだろ!」
「ギルマス!」
「〈召喚生物〉はな、生き物や。拒絶されたら、ショック受けるんだぞ!」
「申し訳ない。しかし、私達の中には他人の〈召喚生物〉にひどい目に合わされた者もいる。許してほしい」
彼が言うことも、理解できるものだった。
レベル85の彼女が連れている〈召喚生物〉は、新人ばかりのパーティーには十分脅威である。
しかし、PKから助けられたということを加味すると、それは過剰反応のようにも取れる。
「助けていただき、感謝する。では、私達はこれで」
タカムたちが何か言う前に、ツークフォーゲルが軽く頭を下げる。
それが別れの合図であることは、なんとなく伝わった。
アキバまでの護衛を申し出ようとしたAGEだったが、その仕草に口をつぐむ。
傷口が塞がり、歩けるようになったクロノを〈雪狼〉に乗せる。
去り際にもう一度AGEが振り返ると、彼らの〈施療神官〉が仲間を癒していた。
〈回復ポーション〉の瓶に口をつけている者もいる。
「本当に大丈夫かな?街の門まで結構距離あるよ?」
「うん・・・。でも彼らが望まないんだったら、仕方ないよ」
「いいやん。いいやん。あんなん放っておき」
5人が去った後、ツークフォーゲルはパーティーの他の5人を駆り立てて森へ入っていく。
その後、彼らの姿を見たものはいなかった。




