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(これは。よくない。・・・というか、やばい)
クロノは正直、ピンチに陥っていた。
目の前にはバランスの取れたパーティーのうち、4人が残っている。
回復職を1人残してしまったので、相手のHPはまだ緑色だ。
それに引き換え、クロノはHPがレッドゾーンに差し掛かっている。
加えて、後ろには初心者パーティーの6人を庇っていた。
その中の1人がヒールを投げてくれるが、レベルの差が大きくタイミングも未熟なため要領を得ない。
「マジか!知らんガキンチョを守るとか!マジか!」
「ねー、もう私飽きちゃった。早く終わらして帰ろうよー」
「これ、やってても埒あかないぞ?もう良くない?」
〈守護戦士〉・〈施療神官〉・〈盗剣士〉の3人が口々に呟く。
彼らは正直、この消耗戦に疲れてきているようだった。
しかし彼らのリーダー的な〈武士〉の男は、そういう訳にはいかないようだ。
「うるせぇ!俺はこいつを絶対倒す!」
クロノを大げさな仕草で指さした〈武士〉の顔は、なぜか高揚していた。
クロノ自身も、なぜ彼にここまで執拗に狙われているのか分からないでいた。
「なーんで、そんな熱くなってるの?あんた?」
「こいつが、〈孔雀刀〉を持ってるからさ。ドロップしたら儲けじゃね?」
その不純な瞳はしっかりと、クロノがまだ抜いていない刀に向けられていた。
「・・・それが君の狙いか」
クロノは小声で呟いた。
目の前の男はクロノの装備した〈孔雀刀〉に狙いを定めているようだ。
(だとしたら、こいつとんだバカだな・・・)
〈孔雀刀〉は〈秘宝級〉のアイテム、一度持ち主が決まると他人は装備できない。
目の前のレベル80代の〈冒険者〉たちは、それを知らないのだろうか。
そんなことを考え出すと、今自分が置かれている状況も忘れて、嘆きの言葉が口をついて出る。
「はぁ、最近の若い子は・・・。
まぁ、レベル上げも簡単になっちゃったしね。レベルと知識が釣り合ってないのかな・・・」
〈孔雀刀〉は、孔雀神社のダンジョンを突破しないと手に入らない。
しかも、その最後にいる〈豪王:虹孔雀〉に〈武士〉が止めを刺して倒さなければならない。
そう易々と彼らに奪われていいものではない。
「うっせ!お前、今の自分の状況分かってねぇの?圧倒的不利だろうが!」
「ふふふ・・・!あっははははは!」
〈武士〉の男の威勢の良い叫び声をよそに、急にクロノが笑い出す。
その異様な姿に不気味さを感じた、〈武士〉の男以外のPKが一歩後ずさる。
「本当は使うつもりなかったんだけど、・・・そんなにこの刀の凄さ、知りたいかい・・・?」
ひとしきり笑ったクロノは〈孔雀刀〉を抜き、その狂気の瞳でPK達をにらみつける。
「なっ・・・なんだこれ・・・?」
「ちょ、ちょっと!あんた詳しいんじゃないの?!何よあれ?」
「わ、わ、わかんねぇ・・・。じ、実際に見たことないし・・・」
状況を把握し、青ざめる〈武士〉に、同じく怯えたような他のPKが問い詰める。
しかし、クロノの放つ禍々しい空気に、全員が動けないでいた。
これも、彼が装備している〈孔雀刀〉の、相手の動きを制限する効果なのだろう。
助けられたはずの初心者たちでさえ、彼の姿に怯えていた。
片唇を歪めたクロノは、その不気味な虹色の瞳を輝かせる。
「僕も、〈大災害〉以降これを使うのは初めてなんだ。
ゲームの時のエフェクトがすごかったから、楽しみだね・・・。〈豪王:虹孔雀〉」
クロノの背後に、大きな孔雀が現れる。鮮やかな孔雀の羽は金色の光を放つ。
そして、クロノと同じ不気味な虹色の瞳は、しっかりとPKたちを映している。
「なんだ・・・あれ・・・?あいつ〈武士〉じゃなかったのか・・・!?
くそっ!〈アンカー・ハウル〉!とっとと倒せよお前ら!」
〈守護戦士〉が仲間に対して指示を出している間に、孔雀の尾羽が1本ずつ〈孔雀刀〉へと変化していく。
徐々に数を増やす〈孔雀刀〉は、孔雀の羽根のように扇状にクロノの背後に並んでいく。
「おいおいおい。やばいぞこれは・・・」
「うっ!あががっ・・・!」
「はぁ?!・・・なんで?・・・俺の〈アンカー・ハウル〉が無視された・・・?!」
最初にクロノの〈孔雀刀〉が襲ったのは、〈施療神官〉の女だった。
回復役から潰していくつもりだろう。1本1本と〈孔雀刀〉が彼女の体を貫く。
みるみる間に〈施療神官〉のHPは無くなり、最後には泡となって消えてしまった。
「僕のサブ職はね、〈紳士〉なんだ。
戦闘でも、レディーファーストだよ。それに、これからのシーンは女の子に見せたくないしね。
でも君たちには、そんな気遣い無用かな?・・・二度と、戦闘にでれないようにしてあげる」
「くっそ・・・!」
〈武士〉の男が、汚い言葉を発している間にも、彼の仲間はクロノの刀の餌食になっていく。
仲間の姿に茫然としていた〈守護戦士〉と〈盗剣士〉が、〈孔雀刀〉の次なる標的となったのだ。
「ぐああっ!いてぇ・・・!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
2人の〈冒険者〉は串刺しにされながら、うめき声をあげる。
〈豪王:虹孔雀〉の攻撃対象は、1人しか選べない。
そのため〈守護戦士〉と〈盗剣士〉は、〈施療神官〉よりも長く苦しむことになる。
〈冒険者〉の体では痛みはそれほど感じないが、それでも串刺しにされる精神的ショックは大きい。
大量に流れる血液や、切り裂かれたのど元から漏れる空気、できない呼吸に苦しむはめになる。
仲間を助けるためなのか、PKの〈武士〉がクロノに切りかかった。
「くふぅっ・・・」
「こ、攻撃中は動けないんだろ?・・・ちがうか?」
ガクガクと震える足で、クロノに刀を構える〈武士〉の表情は、恐怖で染まっていた。
仲間の姿で、自分の行く末が見えたのだろう。それでも彼は、クロノに挑みかかってきた。
防御のできないクロノはそれを受けるしかできない。
しかし、最後のPKの脳天に〈孔雀刀〉が降り注ぐ。
「小賢しいねぇ・・・」
「うぐあぁぁっ・・・!」
戦闘シーンは少な目ですといいつつ、今回はがっつり戦闘シーンを書きました。
クロノの、この装備の戦闘を、書きたくて書きたくて仕方なかったのでございます!
そして、ちらりと彼のサブ職〈紳士〉も登場させました。
いまだ活かせておりません、元王子系プレイヤー設定でございますが、今後少しずつその片鱗がでてまいります(予定です)。
今後とも、脇役〈冒険者〉たちの話をよろしくお願いいたします。




