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73.
ダーシーたちと別れてから、3人はアニアのいる宿に足早に向かう。
彼女は到着の遅い3人を心配していたようだった。
「急に来るっていうから、びっくりしちゃった」
「ごめんねぇ。ちょっと問題がありますねん・・・」
コンコンはそう言いながらも、アニアのことを見つめることができなかった。
そんな彼女に、赤司は視線で喝をいれる。
「問題・・・?なにがあったの・・・?」
「アニア、落ち着いて聞いてほしいんやけど。
中国サーバーのプレイヤーとの交渉は、一回白紙に戻ったって考えてほしいんよ」
コンコンが絞り出した言葉に、アニアの理解が追いつくまで若干の時間が必要だった。
彼女の意図を理解した少女が、求めたのは理由だった。
「・・・なぜ?」
「うちの計画では、彼らの協力が得られない可能性があるねん」
「なんで・・・?」
彼女に向ける顔を、コンコンは持ち合わせていなかった。
苦い表情でうつむく彼女の言葉を、赤司が引き継ぐ。
「ミナミへの遠征に関しても、ちょっと変更があんねん。
遠征は、大幅な変更が必要になった。時間もそれなりにかかるやろう・・・」
「どういうこと・・・?ここの人たちがアキバに来たら、すぐ出発じゃなかったの?」
コンコンのほうを見ながら、アニアの語気が強くなる。
当たり前の反応だが、赤司はあえて冷静な表情で対応する。
「そういうわけにはいかへんねん。計画を修正して、再度交渉しにいかなあかん」
「それには、どれくらいかかるの?
その間、アニアは何をしてたらいいの?あの子は・・・?」
「落ち着いて聞き言うたやろ?アニア?」
赤司は、人に話を聞かせる方法をよく心がけていた。
これには、アニアも口を閉じざるを得ない。
「期間は、正直ようわからん。
相手やって、今まで戦闘してこうへんかったんや、その感覚を養ってもらわなあかん」
「・・・」
「あとは、相手が首を縦にふるだけの条件もいる」
「それは、どんな条件・・・?」
「考え中や」
「そんな・・・」
黙って話を聞いていたアニアは、とうとう泣き出してしまった。
せっかく、ミナミへの道が開けたとおもったら、1日もたたないうちに閉ざされてしまった。
そのショックは計り知れない。
「・・・それでや、アニアにいくつか確認したいことがある。
お前のサブPCやけど、ミナミでの状況を教えてくれんか?」
赤司は、彼女がどうしてそんなにサブPCを迎えに行きたいのか、よくわからないでいた。
大変な計画の前に、例えば危険な状況にあるとか、何か大切なものを預けているとか、理由が欲しかった。
「あの子は私のサポートキャラとして、そのうち公表しようと思ってたの。だから、彼女を知ってる人は少ないはず。
今は、私の・・・サポーターが保護してくれてる。だから安全は安全だけど、不安がないわけじゃない」
アニアは言葉を選びながら、彼女の「半身」の状況を報告する。
その様子に、
「そうか・・・。そのサポーターいうんは、信頼できるんやな?」
「できる・・・と、思う・・・」
「なんや、自信なさげやなー・・・」
歯切れの悪いアニアに、赤司は思わず突っ込みをいれてしまった。
その言葉に、アニアも困ったような表情を浮かべた。
「知ってる人なんだよ!・・・でも、よく思い出せなくて・・・。確かめたくて・・・」
アニアの発言に、その場にいる全員が疑問を抱く。
彼女の言い方では、まるで記憶の一部が欠損しているようだった。
そして、赤司はアニアの気持ちを察した。だからこそ、本当は避けたかったことを伝える。
「アニア、お前は先にミナミに行っとき」
「はぁぁ?!赤司はん、あんた、せっかくアキバまで来たんに、なに言うとるん?」
「お前は、いちいちうるさい奴やなぁ!最後まで話を聞かんかぁ!
問題ばっかり起こしよってから、ほんまに!」
散々な言われように、コンコンも口をつぐむ。
今までたくさん無理難題を赤司に押し付けてきたが、彼がこんなに怒っているのは見たことがない。
少し恐怖を感じながらも、コンコンは押し黙って彼の次の言葉を待つ。
オーディエンスが静かになったのを確認すると、赤司は話の続きを始める。
怒鳴ったせいもあってか、すこし冷静になっているようにも感じられた。
「要は、俺らが迎えに行く手立てができるまでの、時間稼ぎをしてほしいんや。
そのサポーターっていう奴を、アニアが信頼できるなら、頼らん手はない。
有名人なアニアや、一緒にミナミを出る仲間を集めるんは俺らより簡単かもしらん。
もし雲いきが怪しいなったら、2人での強行脱出してもらわなあかんかもしらんけどな・・・」
赤司にしては大胆でおおざっぱな計画だった。
いつもの綿密な計算はどこへいったのか、コンコンは絶句する。
「ちょっとまちぃ。アニアとその子2人でミナミを出るんは難しいで?」
「そんなん分かっとる。そこは、お前の人脈でもなんでも使ってなんとかせぇや」
返す言葉に詰まったコンコンは、口をパクパクさせるだけでやっとだった。
そんな沈黙を、アニアが破る。
「わかった。私・・・アニアは、この後すぐにミナミに向かって出発する」
「何言うてんの、アニア?!」
心配するコンコンをよそに、アニアはにっこりとほほ笑んだ。
「アニアね、何かしてないと、気持ちが落ち着かないの」
「でもあんた上手く動けへんのやろ?」
「コンコンさん。ヒールエンジェル☆アニアを舐めてもらったら困るよ?
この1か月ちょっとで、アニアが何もしてなかったと思うの?大丈夫だよ」
彼女の泣きはらした瞳は、それでも強い光を放つ。
それを止められる人物は、この場にはいなかった。




