72
「脇役〈冒険者〉たちの話」をお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく、天気も温かさを感じられるようになってまいりました。
急な気温の変化には、お気を付けくださいませ。
さて、私事ではございますが、職業柄4月というのは慌ただしい時期でございます。
小説の更新が、不定期になることもあるかと思います。
なにとぞ、ご了承のほどよろしくお願いいたします。
72.
コンコンたちとの会話の後、ダーシーの部屋で2人の〈冒険者〉が書物とにらめっこしている。
ダーシーとメイズは、コンコンたちが残しっていった書物に目を通す作業に追われていた。
膨大な資料の中から、使えるものを選ぶ作業は骨が折れる。
「今日の話、ネイグルさんたちにはどう伝えるの?」
部屋にある唯一の背もたれ付の椅子に、体を折り曲げて座るメイズが尋ねる。
今回の一件に関して、まだあのモンゴル人プレイヤーたちには何も伝えていなかったのだ。
これは大きなわだかまりになってしまうのではないかと、メイズは危険視していた。
「そうだね。もう、ありのままを伝えるしかないんじゃないかな」
「それで納得してくれたらいいけども・・・」
「大丈夫さ。あの2人だって納得してくれるよ」
首をかしげる彼女に、ダーシーはやんわりとほほ笑む。
彼はあの猫頭のモンゴル人が、ただ闇雲に意地悪をしていないと、確信があったのだった。
あくまでもネイグルを擁護するダーシーに、メイズは口をとがらせる。
「そうかしら?」
「大丈夫だよ。ネイグルさんは賢い人だから」
「・・・ふーん」
彼の言葉を受けて、メイズは疑問を持ちつつ納得したような返答をする。
それを知ってか知らずか、ダーシーは話題を変えるために口を開く。
「それよりもさ、今の僕らにはレベル60以上の〈冒険者〉が、47人もいるんだよ、メイズ。知ってた?」
「知らなかったわ。それがどうしたの?」
急にダーシーが、メイズに悪戯っぽい笑みを向けた。
それを向けられた彼女は、首をすくめてみせる。
「赤司さんの話だと、ここからアキバまでは、レベル20以上のモンスターは基本出ないらしい」
「つまり?」
「僕たちがアキバにたどり着くのは、思ったよりも簡単かもしれないよ」
「それはどうかしら?」
最初は自信満々という感じで、話していたダーシーだが、メイズの返答に、がっくりと肩を落とす。
その顔は捨てられた子犬のようだった。
「やっぱりそう思う・・・?」
「私たち、まともに戦った回数が少ないでしょ?きっと大変だと思う」
「それにレベルが一定以上あっても、戦闘できる子ばかりじゃないしな・・・」
ダーシーは参ったというように、頭を抱える。
その様子に、メイズもため息を漏らす。
事実、いざという時にモンスターに立ち向かえる人数は、10人程度しかいないだろう。
その状況で、ヨコハマからアキバに移動することが難しいのは、明白だった。
「熟考の余地ありね。でも、日本人たちに助けを求めるのは・・・」
「そうだね。現状では、抵抗があるな」
「いい人たちって信じたいんだけどね・・・」
ベッドの上に胡坐をかいたダーシーは、肘を付いて考え込む。
そのことに関しては、彼も危惧していた。
ここにいる〈冒険者〉たちのレベルはマチマチで、初心者も数人いる。
それを守るためには、それなりの人数が必要だろう。
だが、アニアの件があった手前、コンコンたちに護衛を頼むのも気が進まない。
「せめて、移動に使える乗り物があったらいいんだけどね。
70人にもなると、それを見つけるだけでも難しいね」
「馬が全員分集められるかも、怪しいもの・・・」
「3、4時間でつけるはずだから、最悪2人乗りも可能だけど」
「タオローは絶対無理!大きすぎるから!」
そういうと、2人は声をあげて笑う。
あの大きくて、頼もしい仲間のことを笑うのはよくないが、とても可笑しかった。
それからダーシーは、見ていた仲間の名簿の文字を指でなぞり始める。
なかには二重線で消された名前も、いくつかあった。
「彼らはどうしているだろうか・・・?」
「分からない。・・・けど生きているのは、確かなんじゃないかな」
消された名前は、ここにたどり着くまでに別れた者たちだった。
戦闘で仲間を庇い死んで中国サーバーに戻った者、移動に疲れて隊を離れた者。
その後の消息は、サーバーを超えてしまった以上、わからない。
「そうだね。人間らしく生きていたらいいね」
「うん・・・」
そういうと、メイズは目を伏せる。
彼女の姿は、まるで絵画のように整っていた。
(あー。きれいだなぁ・・・。元の世界でもきれいだったけど、こっちでもきれいだ・・・。
本当に僕の彼女でいいのかな?)
「メイズゥ・・・」
「珍しく甘えん坊さんね」
不意に不安になって、メイズに向けて両腕を伸ばす。
彼女はにやりとほほ笑むと、その腕に抱かれてくれた。
「君が美人なのがいけないんだよ」
「お上手だ事」
冷ややかな声でもわかる。
真っ赤になったエルフ耳に軽くキスをすると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。
「さて、会議の準備をしなきゃね、メイズ」
「そうねぇ」
「でも、もう少しだけこのままね」
「今夜は徹夜覚悟かしら・・・?」
2人は声をあげて笑う。
そのままの姿勢で、メイズは目の前の資料を手に取った。
赤司の、几帳面に並ぶ文字を読みながら、ふと自分が日本語を読んでいることに気が付く。
その事実に気が付いた彼女は、ぽとりと資料を取り落としてしまった。
「どうしたの?・・・メイズ?」
「・・・なんで?」
本来ならば読めるはずのない文字の羅列に目を落としたメイズから、疑問の言葉が漏れた。
ダーシーはその声にオロオロとするしかなかった。
「なんで・・・日本語が読めるの・・・?」
「え?・・・あっ!そうか・・・」
彼女の疑問を理解したダーシーも、同じように資料に目を落とした。
そこに並んでいるのは、確かに日本語だった。
「僕たちは、・・・本当にゲームの世界に飲み込まれたんだな・・・」
困ったようなダーシーの言葉に、メイズは体を強張らせた。
現実世界との歪みは、2人を不安に突き落とすのだった。




