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71.
「結局、AGEさんたちに相手してもらえへんかったなぁ」
「残念やったね」
AGEたちテンプル兄弟は、朝からバタバタと出かけて行ってしまった。
彼らの行き先が気になりはしたが、取り付く島もない様子に諦めるしか他なかった。
「なぁ。みんな忙しそうに何やってるんやろな?」
「ほんまにな。・・・アニアさんのことかな?」
ふとした疑問を口にした雷牙に、胡桃は心当たりを漏らしてしまう。
アキバ到着時の様子から、2人にもアニアがなにか問題を抱えていることは予想できていた。
ただ、それ以上の詳しいことは、彼らの耳には届いていない。
「また、何か動き出すんかな・・・?」
「そうかもしらんな」
「・・・嫌やなぁ」
しゅんっと顔を伏せた胡桃に、雷牙もかける言葉が思いつかなかった。
朝、食堂でみせた凛とした姿は、今は鳴りを潜めているようだ。
彼女の優しい心は、アニアのほうを向いているのだろう。
それと同時に、またあの辛い、不安な時期への逆戻りを恐れているようにも感じられた。
「やっと、アキバで落ち着いたと思ったんに、また・・・」
「そうやな・・・。でも、俺ら1人やないし!大丈夫やって!」
雷牙は、そう明るく励ますと、話題をさっと変える。
「それに、今日はクロノさんが、パーティーの基礎教えてくれる言うてはったやん?」
AGEたちにふられてがっかりしていた2人の見かねて、クロノが先生役を買って出てくれていた。
午後になったら、彼のほうから2人を訪ねてきてくると言っていたが、まだ彼は現れない。
クロノの訪問の遅れが、2人の暇さに拍車をかけていた。
「やけど、まだ来はらへんなぁ?忘れてんのかな?」
「どうやろう?ちょっと様子見に行ってみる?」
「でも、部屋にはいはらんかったよ・・・?」
「確かに・・・あっ!」
疑問に首をひねってい雷牙の脳内に、念話の呼び出し音が鳴り響く。
相手は話題のクロノだった。
「どうしたん?」
「クロノさんから念話や・・・」
なぜ直接訪ねて来ないのかと、首を傾げながら2人は顔を見合わせた。
『もしもし?・・・雷牙くん、今胡桃ちゃんと一緒・・・?』
念話の向こうから聞こえるクロノの声は、焦っているように聞こえた。
「うん。宿の部屋におるで?どうしはったん、クロノさん?」
『よかった・・・。約束に遅れてて、ごめんね・・・っと!』
「クロノさん大丈夫ですか?・・・なんか、息切れてはる?」
『ちょっと・・・ややこしい・・・ことになってて・・・ぅわっ!』
クロノが驚いて声を上げる。
どう考えても、ちょっとした問題のようには聞こえなかった。
雷牙の表情が曇り、念話の聞こえない胡桃は心配になる。
「ややこしいことって何なんですか?」
『初心者へのPKに巻き込ま・・・れたかんじかな・・・?』
「PKって・・・!クロノさん、今どこに・・・」
『・・・ぐっ!』
困惑する雷牙の耳に届いたのは、クロノの負傷のサインだった。
死しても生き返る〈冒険者〉の体とはいえ、痛みはそのまま感じる。
痛みを感じてもHPが残っているかぎり死なないため、より長い時間痛みに拘束されることになってしまう。
「クロノさん?!ほんまに大丈夫なん?!」
『あー。・・・ちょっとヤバいかもっ。・・・AGEたちに連絡・・・頼んでもいい?』
「はい。今どこいはるんですか?」
『アキバの北のほうのもn・・・うわわっ!』
ぷつりっという音で、クロノの声は切れてしまった。
断片的な話しか分からない胡桃は、半泣きになって雷牙を見つめる。
彼も泣きそうな気分だが、冷静を装うのに必死になった。
「雷牙くん・・・どうしたん・・・?クロノさん何て・・・?」
「と、とりあえず、AGEさんらに連絡とるわ!」
「う、うん・・・!」
雷牙は慌てて、フレンドリストに登録したばかりのAGEに念話する。
ひどく機嫌がよさそうなAGEに、雷牙はまくしたてる。
「AGEさん!クロノさんが、大変です!」
「クロノが大変って・・・どういうこと?」
雷牙の心の中では、クロノの無事を信じる気持と、クロノを案ずる気持がグルグル渦巻いていた。
クロノの頼れる背中を思い浮かべる。そんな彼が、膝をつく姿は見たくなかった
「アキバの北門らへんで襲われてるって念話がありました!」
『襲われてるって・・・それは・・・」
AGEは状況がいまいち呑み込めずに、雷牙の言うことをオウム返ししてばかりだ。
そのことに歯がゆさを感じながら、雷牙は混乱する頭を働かせる。
どうにかしてクロノの状況を伝えたかった。
「なんか、PKにあってて、怪我してて、まだ戦ってって・・・!」
『PK?・・・でもなんで・・・?』
疑問をつぶやきつつ、AGEは考えを巡らせているようだった。
念話の向こうにいる相手に支持を出しているのだろう、声がそっぽ向いていた。
『セルクル!〈雪狼〉召喚頼む。タカムは、パルさん連れ出してきて!
あ、雷牙くん?連絡助かったよ。それ以外にクロノなんか言ってた?』
「あ、しょ、初心者PKに巻き込まれたって・・・」
『クロノらしい・・・。ん、行ってみるよ』
「あの!・・・クロノさん大丈夫ですよね?」
念話を切ろうとするAGEに、雷牙は追いすがった。
AGEの返答にはほんの少しの間があった。
ひどく緊張と不安を掻き立てられる間に、雷牙は息をのむ。
『まぁ、大丈夫でしょう。俺らも行くしね。あんまり心配しないでいいよ』
「は、はい」
念話が切れてから、泣き出した胡桃を慰めつつ、雷牙はちらりと窓から外を見た。
部屋の外には、いつもと変わらないアキバの街が見える。
しかしその向こうでは、クロノが戦闘を繰り広げているのだった。
(こんな時にコンコンさんたちがいれば・・・。おれがもっと強かったら・・・)
部屋からは北門がはるか遠くに見えた。




